46、かくして舞台は整えり
「ぐあっ!?」
視界の先に、ライムが飛んできた。
その身体に外傷は見当たらないが、ハンターを吹き飛ばせるほどの魔法を持つライムが逆に吹き飛ばされているのは、かなり衝撃的だった。
思わず顔を後ろに向けると、今度は小さい何かが飛んでくる。
それと、目が合った。
「「え?」」
ニャテルさんと声が被る。
その小さな顔は、ネキフェンさんのもの。その目は、信じられないというように大きく開いていた。
そのまま、首から血を撒き散らしながら砂に音もなく落ちる。どくどくと血を流し続けるソレは、全くもって本物そっくりだった。
(違う。これは本物だ。本物の、首だ)
「ね、ネキフェンさん? ネキフェンさぁん! 返事をしてください!」
いつの間にかニャテルさんが俺の手を放し、ネキフェンさんだったものに駆け寄る。
今はそんなことをしている場合じゃないと、再度手を引こうと近づいた。
その前に、
「ね、ネキフェンさん! ネキフェ───ぶっ」
ニャテルさんまであと少し、というところに、横から大きな何かが飛んできてニャテルさんを押し潰した。
本能的にそれを見てはいけないと感じたが、それでも顔をソレに向けると、真っ赤な人影が見えた。
いや、違う。わずかに見える鎧から見て、これはハルゴールさんだ。
前半分が綺麗に切り取られ、断面からは半分になった胃や心臓、腸などの内臓がぶち撒けられる。頭からは、後ろ半分の脳がするっと頭蓋から抜け出した。
「あっ、ニャテルさん!?」
もう何が何だか分からなくなった状態で、血で手が汚れるのを厭わずにハルゴールさんの死体をどかす。
その下にいるはずのニャテルさんは、
「つ、ぶれてる………」
運悪くハルゴールさんの鎧が直撃してしまったのか、血と骨と肉が混ざり合ったナニカになっていた。
不思議と吐き気はないものの、普通は見るのも嫌なはずのその凄惨な光景から、目が離せない。
「惚けるな!」
凛とした声とともに、一筋の風が駆け抜ける。
見れば、ライムがその右手に何かを持つような体勢で神無塔へと突っ込んでいった。
そこで、初めて敵の姿を見る。
端的に言えば、大きな白いブロックだ。
大人三人分くらいの立方体の白い身体に、蜘蛛のような鋭い脚が四本ついている。立方体の中央には、神無塔の影によって強調された赤い光が、ポツンと輝いていた。
そのブロックのようなロボットの前には、ハルゴールさんの前半分と思われる肉塊が落ちている。
『──────!』
声なのかよく分からない甲高い音ともに、ロボットが一歩踏み出した。
その瞬間に、見えない壁が動いた脚に激突し、ロボットの体勢を崩す。が、ロボットはすぐに踏み止まり、ライムの方を向いた。
「見た目とは違って軽いんだな! 中身はおもちゃ箱か!?」
ライムは軽口を叩きながらも、その表情に余裕はない。
手は何回も振られ、その度にロボットの身体が少し揺れるが、それだけだ。全くダメージになっていない。
「お前は早く行け! 御者が待っている!」
どこかふわふわしたような感覚のままライムの言葉に従い、少し遠くに見える馬車へ走り出す。
細かい砂で足を取られても、とにかく走り続ける。
ただ、ライムにそう言われたから。それだけの理由で特に考えることはせず、走り続ける。
そして、馬車の扉に手がかかった。
そこでライムはどうなっているか振り返ると、ぴちゃっと何か生暖かいものが頬についた。
「え、あ、これ………?」
拭った服の袖についていたのは、赤黒い液体。
その主がいるはずの方向を見ると、あのロボットが変わらず佇んでいる。
しかし、そのロボットの右前脚。そこだけ、真っ赤に染まっていた。
「ひ、ひいい!!」
「え、あっ───」
ついに感情の堰が決壊したのか、俺が乗る前に御者が馬車を走らせた。
手綱で命令を受け取った鳥達は懸命に足を動かし、俺から離れていく。
「ま、待って………!」
声をかけても、御者はもはや狂ったように手綱を振るい続ける。
しかし、御者の望みは叶わなかった。
『──────』
空中に一筋の赤い光が煌めく。
一瞬だけ視界に映ったそれは、真っ直ぐ馬車に向かっているように見えた。
直後、轟音とともに馬車が爆炎に包まれ、鳥や人間の血、馬車の残骸と砂が降り注ぐ。
遅れて、ビームらしきものを撃ったのだと、理解した。
「な、なんで………」
俺がすぐに離れなかったからだろうか。それとも、あの赤いウィンドウが出た時点でこの展開は決定づけられたのだろうか。
振り返ると、赤い光が視界いっぱいに見えた。
その上にある小さなカメラの黒いレンズが、目まぐるしく回転しながら拡大と縮小を繰り返す。
何も聞こえなかった。いつ、奴が近づいてきていたのか全く分からなかった。
そのロボットが半歩下がる。
そして、砂や髪が付いた赤い脚をゆっくりと変形させ、その鋭い脚先を俺に向けた。
「ひっ………」
本能の警鐘に従って斧槍を前に出すのと同時に、ロボットの脚も動いた。
「ぐ………が………」
びちゃびちゃと音を立てて、ロボットのカメラに血が落ちていく。
ロボットはそれを意に介さず、じっと俺を見つめていた。
腹部を貫かれたまま持ち上げられる俺を。
死に瀕した脳の機能か、スローモーションで見えたのは、それでも目に留まらぬ速さで突き出される脚と、その軌道上にあった斧槍が呆気なく折られる光景。
そのあとの瞬きの間に、自分の腹に異物が突き込まれるのが分かった。
「はや………すぎだろ………」
脳の防衛本能か痛みはなく、しかし明らかに致命だと確信できる異物感が全身を苛む。
すでに赤く染まっていた脚が、今度は自分の血で塗り替えされていった。
「んぶっ………ごほっ、がはっ………」
潰れた胃の中から這い上がってきた血が口から漏れ出す。
それは煙を伴ってロボットのカメラへ落ち、ジュッと音を立てた。
『─────!?』
急にロボットが動き出し、俺を払い落とす。
脚から抜けて砂の上に転がった俺の視界に、目視で分かるほど溶けたレンズが見えた。ロボットはそれに慌てふためいているようにガシャガシャと動き、砂が舞う。
そして、溶けたレンズに遮られて半分になった赤い光が、俺を照らした。
(報酬金、前払いで助かった………)
ロボットが一歩ずつ近づいてくる。
そのカメラにロボットの思惑など見えはしないが、殺すために近づいているのは分かった。
太陽がロボットの影で隠れ、高く掲げられた脚の鋭い先は俺の顔を向く。
(腹刺す前にやってほしかったなぁ………)
風邪にかかったときのように重い瞼を閉じる。
もう音も、砂の感触も、何も感じなくなった。
静寂の暗闇の中で一人、浮いたような感覚で時を待つ。
走馬灯などなく、ただ眠るようにして倒れていた。それだけだった。
「ふん、やっぱりお前も訳アリじゃないか」
永遠に明けないはずの暗闇の中、聞いたことのある声が響く。
そっと目を開けると、ライムの顔がこちらを覗き込んでいた。
「あ、あれ………?」
「とりあえず、何かの襲撃を受けたようだ。私が起きたときには全員気絶していた」
砂塗れの身体を起こし、お腹をさする。
しかし、そこに死の痕跡はなく、服すら新品のように汚れていなかった。
「ふん、相手は何がしたいか分からんが、自分の荷物は確認したらどうだ? もっとも、お前はその斧槍しか持っていないようだが」
ライムにそう言われて斧槍を探すと、自分のすぐそばにあった。折れていない斧槍が。
「ど、どうなって………夢………?」
いや、あんなリアルな血の温かさとぬっとりとした感触は絶対に現実のものだ。
夢だと思いたかったのに、そう思えないことが苦しかった。
なのに、なぜライムは無事なのだろうか。
直接その瞬間を見てはいないが、俺と同じようにあの細く鋭い脚に貫かれたはず。
「ああ、チッ………私はいつ魔力を消費した?」
しかし、目の前のライムはピンピンしており、傷一つない。
まさかと思い辺りを見渡すと、夕陽に照らされた赤い砂漠には戦闘、もしくは蹂躙の跡はなく、三つの人影が倒れているのが見えた。
「全員、無傷………?」
無傷どころか、あのロボットに出会ってすらないように思える。
もしや、夢とかではなく、幻覚を見せられたのだろうか。
「惚けるのは後にして、その尻尾をどうにかしろ。先に目覚めたのが私だけでよかったな」
「え? え、なんで………」
ライムに言われて自分の尾を見れば、少しきつくなるほど巻きつけた布がほとんど外れており、根元だけがまだ辛抱強く残っていた。
慌てて布を巻き直し、今度はもっと強く結んで解けないようにする。あとで後悔するかもしれないが、バレないことが大事だ。
もっとも、ライムにはもうバレたようだが。
「終わったか? とりあえず全員を起こすぞ。一人一人から状況を聞く」
どうやら、ライム自身は俺をただの亜人だと思っているらしい。あとで問い詰められそうで少し怖いが、とりあえずは助かった。
なぜか場に慣れていそうなライムの指示に従い、まずはハルゴールさんを揺する。
なんとなくではあるが、的確な意見をくれると思ったからだ。
「ん、んん………………ファドマさん、ですか? これは失敬。騎士でありながら危険極まりない砂漠で寝てしまうなどと………」
ハルゴールさんは紳士的にそう言い、全身の砂を落とす。
しかし、やはり違和感はあるようでどこか怪訝な表情をしていた。
「おい、下っ端騎士。お前は何か覚えているか?」
「私刑囚からそう言われるのは初めてですよ。しかし、覚えていることですか………………おそらく皆さんと同じようなものでしょう。ただ、魔力が少しおかしいですね………」
「やはりお前もか」
二人して手を握りながら首を傾げている。
どうやら、あの戦闘を忘れているせいで、魔力が消費されていることに疑問を感じているようだ。
「ネキフェンさんも起こしましょうか。彼女の方が魔力の扱いに長けているはずです」
ハルゴールさんの言葉で、次はネキフェンさんを揺り起こす。
目覚めたばかりの彼女は機嫌が悪いのか、鋭い目つきで俺達を睨んだが、ハルゴールさんを見ると途端にシャキッと覚醒した。
「ハル? あれ、ボク寝てた?」
「正確には気絶していた、ようです。覚えていることはありませんか?」
「覚えていること………………ごめんなさい。分かんない、覚えてない」
「謝ることではありませんよ」
ネキフェンさんはあの様子だと瞬殺されたようなので、もし覚えていてもよく分かっていなかったかもしれない。
それを言うなら、ハルゴールさんやライムも無惨な殺され方をしていたが。
「あ、でも………………魔力が、なんか変。ボクの魔力に、別の魔力が混じってる。結構上手く真似してるみたいだけど………」
「お前は分かったか。私もだ。まだ水が残っている壺に汚水を入れられた気分だ」
「お、私刑囚なのに例え方上手いじゃん。私もほぼ同じ感じ。ぶっちゃけ気持ち悪い」
「………魔力に長けているお二人はそう感じるのですか。私も精進あるのみですな」
消費した魔力ではなく、それを埋めるようにして現れた別の魔力に疑いを持っていたようだ。
つまり、魔力はあの戦闘で確かに消費されていたのだ。
ということは、あの惨劇は、グロテスクでスプラッタな映画のような光景は、本物………?
「んぷっ………」
「ファドマさん、大丈夫ですか? 魔力酔いでもしましたか?」
「だい、じょうぶ………です………」
正直言って、かなりキツイ。
あの光景が現実感を持ったせいで、思いっきり腹パンを食らったように吐き気が込み上げてきている。
騎士が見ている中で吐くのは危険すぎる。だが、もう抑えきれないほど胃酸は喉元まで来ていた。
「………………皆さん、私達はニャテルさんを起こしに行きましょう。ファドマさん、ゆっくりで大丈夫です」
「無理しないでねー」
騎士達はそう言うと、「そんなこと気にするのか?」とほざいていたライムを引っ張ってニャテルさんのところへ向かう。
俺は騎士が十分離れたことを確認したあと、すぐに穴を掘ってそこに口を開けた。
「ん………おぶぇ………」
朝食は消化されたらしく残っていないが、その分胃酸が多く吐き出され、砂をジュウジュウと白煙を上げて溶解していく。
俺はそれにすぐさま砂を被せ、軽く手を振って煙を霧散させる。
チラッと騎士達の方を見たが、誰もこちらを見ていなかったのでバレていない………と思いたい。
念のため砂をてんこ盛りにして煙が出ないようにし、騎士達の元に戻る。
そのときちょうど、誰に襲撃されたのかについて話していた。
「戦ったのは確実だろうな。魔力は消費されている」
「でも、その分の魔力は別の魔力で埋め直されてる………………襲撃者は戦闘を無かったことにしたいのかな」
「それでも、戦闘跡を綺麗さっぱり消し去るのは不可能なのでは? ライムさんはウィンダリア家ですから、風の魔術は範囲が広いはずです」
「この馬鹿者め、私が使ったのは魔法だ。魔法と魔術は明確に区別されている。だが、その着眼点は良い。私の魔法なら、一ヶ月は残る爪痕を作れるだろうな」
確かに、砂漠に戦闘の跡はない。
ただ、今思い返せば、全員が死んだ場所で倒れていた。
つまり、神無塔で何かあったわけではなく、神無塔から離れてから事は起こったわけだ。
その『事』の詳細を知るのは俺だけだが、内容を話したところで理解されるどころか、受け入れさえしてもらえないかもしれない。
凄腕の護衛のはずの騎士が瞬時に殺され、少し持ち堪えたライムも潰され、そのどさくさの中で依頼人は騎士の鎧に潰された。そんな惨劇は、聞きたくもないだろう。
「ん、んん………」
思い出したせいで吐き気が戻ってきてしまった。先ほど吐いたのでしばらくは大丈夫なはずだが、もう思い出さない方が良いだろう。
ただ、俺が言えることは、「ここから離れた方がいい」、それだけだ。
「うーん………もう陽が沈みそうですし、その話は一旦切り上げて、街へ帰りましょうか」
「そうですな。夜の砂漠はよく冷えると言います。建物がない中での野宿は自殺行為にも匹敵しますし、明るいうちに帰還しましょう」
俺が言い出す前にニャテルさんがそう言い、馬車へ向かう。
周りの砂丘の位置関係から見て、馬車はビームで爆破されたところにいたが、元気に手を振る御者は一ミリも覚えていなさそうな笑顔だった。
馬車に乗り込むと、置いた話を早速ライムが再び広げた。
「全員記憶がないのは確認した。気絶していたことから、私達は戦闘に敗北したのだろう。しかし、相手がなぜそれを無かったことにしたいのかが分からん。勝者はそれを誇り、刻み込もうとするはずだ。ウィンダリア家の端くれとはいえ、私に勝ったならなおさらな」
ライムのその言葉を聞いて、俺は首を傾げる。
ライムは全員から記憶がないことの確認を取ったと言うが、俺はそんな話されていない。
突っ込まない方が、いいだろうか。
「でも、私達全員に怪我はないし、御者くんも何も見ていないみたい。あれじゃない? 獲物を気絶させて魔力だけ吸い取る魔酔鼠の亜種がいたとか?」
「で、でも、魔酔鼠は熱に弱くて、暗く湿気の多いところを好みます。亜種と言えど、そう大きく生息域が変わることはかなり稀です」
「ニャテルさん物知りだねー。あ、御者くーん、もう少し待ってくんなーい? おじさんがまだ乗ってないからさ」
なぜか少し遅れたハルゴールさんが最後に乗り込み、馬車は動き出す。
街に着くまでの間、ずっとその話でライムとネキフェンさん、ハルゴールさんが意見を出し合い、時折り補足するようにニャテルさんが豊富な知識を披露する。
俺はというと、なぜ俺だけが覚えているのかという疑問に頭を埋めつくされ、ずっと考え込んでいた。
それのおかげであまり酔わなかったが、ハルゴールさんの視線に気づかなかったのは痛手だった。
じっと見つめるような、何かを探るような鋭い視線に。
「では、私達以外から見て私達は正常なのか調べてみましょうか。門の前で降りて検問を受けてみましょう」
「………………あ、え?」
「賛成だ。これが幻覚系の魔導だったら、私達全員騙されてノコノコと街へ舞い戻ってきたことになる」
「ボクも賛成。見えなくされているだけで、実は怪我してましたーは嫌だもんね」
「拡大器について説明は必要でしょうけど、騎士の方々がそうおっしゃるのでしたら、私もそれに従いましょうか」
まずい。急に雲行きが怪しくなった。
ギルドマスターが言っていた通り、今の俺は密入国者と同等だ。検問で身元不明だと判明すれば、さすがのギルドマスターも庇いきれないだろう。
俺にとって不利なことを言い出したハルゴールさんは、凍りつくような笑顔で俺を見ていた。
「ファドマさんも、ご協力お願いします」
「は、はい………」
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
死にかけた、というか死んだと思ったけど無事だったのに、また窮地に立たされている。
しかも、今度はギルドマスター達にも迷惑がかかる方向で。
最悪、俺が逮捕されるのはいいが、この依頼の受注の許可をしたのはギルドマスターだ。芋づる式にバレるのは目に見えている。
やがて街の外壁が見え、すぐに門の近くへと着いた。
「さて、降りましょうか」
反対意見はなく、皆は馬車から降りていく。
ここで降りないのはさすがに怪しすぎるので、渋々降りると、最後に降りたハルゴールの手が見えた。
ハルゴールは黒い革の手袋をつけているが、その皺の中に細かい砂が残っている。
「え、いや、まさか………」
俺の吐瀉物を調べたのだろうか。
少し遅れて馬車に乗ったのも、それが原因………
「さあ! 今日は疲れましたし、異常がないのを確認してすぐに休みましょうか」
俺の思考を中断するように、ハルゴールの声が響く。
騎士がいることもあってか、冒険者でいっぱいの検問とは別の、もう一つの空いている検問に通された。
最初はネキフェンさん、次にニャテルさん、その次にライム、そして俺だ。ハルゴールは俺を警戒してか、一番最後に通るつもりのようだ。
「騎士様、異常はございません。検問へのご協力、ありがとうございます」
「はいはーい」
ネキフェンさんの検査が終わり、次はニャテルさんの検査に入る。
しかし、ニャテルさんは荷物が多く、門番が見たことのないような物を持っているらしいので、説明のために長引くはずだ。
その間に脳をフル回転させる。
「えっと、これはですねぇ───」
ここから検問を回避するのは無理だ。
今から馬車に乗るのは不自然すぎるし、それはハルゴールに後ろめたいことがあると言いふらしているのも同じだ。
だからといってこのままでは時間の問題なのは確実。検査は受けるが、何も異常がないようにするのが一番だろう。
「あ、それはこうなっていまして、こう使うので───」
だが、先ほど言った通り、俺は密入国者と同じだ。
つまり、身分証がない。前は書類を掲げて入れたが、それはあくまでサンドワームのときの話。人型の今では通用しないだろう。
なので、身分証がなくても良いことにしなくてはならない。
「検問へのご協力、ありがとうございます。次の方どうぞ───って、私刑囚?」
「なんだ、私が珍しいのか?」
「いえ、少し待ってください。今、確認を取ります………」
ライムは何も持っていないのですぐ終わるかと思ったが、私刑囚だったおかげで長引くらしい。
正直助かった。まだ何も思いついていない。
とりあえず、尻尾は酷い怪我をしている、で乗り越える。目も、そういう魔術があることにする。
胸の紋章は、ネキフェンさんやニャテルさんが服の中まで見られていなかったので大丈夫だろう。
やはり、一番の問題は、身分証がないことだ。
ネキフェンさんもニャテルさんも、まず最初にカードのようなものを出していた。ライムは出していないが、私刑囚なので没収でもされているのだろう。
この身分証をどうにかしない限り、初手から詰む。
いっそ、ライムと同じように囚人だったことにした方がいいだろうか。
いや、それはダメだ。俺は一番重い刑を聞いただけで、司法に詳しいわけではない。何の罪で捕まったか、答えられない。
ギルドマスターには申し訳ないが、胸の紋章でワンチャン通れるかどうか………
「確認が取れました。検問の通過は許可されているようです」
「うん? 検査はしなくていいのか? 私刑囚だぞ」
「私刑囚の権限の一切は被害者、もしくはその遺族にあるのですが、貴女の場合は特殊でしたので、同行していた騎士様に確認を取りました」
「それでか。まあいい。お前らから見て異常がないなら、そうなんだろう」
「はい、検問へのご協力、ありがとうございます。次の方、どうぞ」
ライムが街の中へと入る。
次は、俺だ。
「それでは、身分証の提示をお願いします」
「私は───」
もう諦めて、胸の紋章のことを言おうとした、そのとき。
「ファドマさーーん!!」
「え?」
遠くから、聞いたことのある声が響く。
その声の主は門に着くと、その驚異的な素早さを発揮して門番の制止を振り切り、俺の両肩を掴んだ。
「せ、セーネインさん!?」
「今、ギルドに行ってはダメです!」
止めに入った門番達が、その大きな声で一瞬怯む。
その間に、セーネインさんは肩で息をしながら言葉を紡いだ。
「今は、サイルガ家が来ています!」




