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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
幕間

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44/48

44、意味と意義









「んん………………んぅ?」


「あ、起きましたか? 気分はどうですか?」


 目を覚ますと、ギルドマスターの心配そうな顔が視界に入る。今の俺は横向きに寝ているようで、少し離れたところに本が乱雑に積まれた机が見えた。


 ギルドマスターの前で寝たままはマズイ気がするので、少し鈍痛が残る身体を無理やり動かして上体を起こす。


「お、起きて大丈夫ですか? どこか痛むところは?」


「えっと、全身が怠いというか、打撲したみたいな痛みが、あります」


「おそらく、筋肉痛でしょう。あれだけ動いていたのなら、これからもっと酷くなる可能性があります」


「筋肉痛………?」


 運動した記憶はない。それどころか眠った記憶もない。

 確か、図鑑を読んでいるときに急に身体が熱くなって………


「あ、あの人は大丈夫ですか………!?」


「秘書のことでしょうか? 安心してください。ただの魔力切れの気絶で済んでいます」


 あの人の手を握り、そこから何か吸収していたところまでは覚えている。ほとんど無意識的な行為だったが、それでも縋るように掴んでしまったのは失敗だった。


「いえ、もしかしたらそうではないかもしれません」


「え?」


 影を見たのか、ギルドマスターは俺の考えを否定する。

 それに困惑していると、ギルドマスターが説明を始めた。


「魔物の進化には方法問わずある程度の魔力が必要です。しかし、進化条件を満たしているにもかかわらず魔力が足りなかった場合、周囲から半強制的に吸収します。今回はそれと同じことが起きてしまったんでしょう」


「え、でも、食べないでも何日かは大丈夫なくらい魔力があるって………」


「ええ、そうです。貴女には確かにそれほどの魔力がありました。ですが、それでも足りなかったのです」


 ギルドマスターは静かに俺の背後を指差す。

 それにつられて視線を回すと、見慣れた尻尾がゆらゆらと揺れていた。


「え、は、えぇ?」


「大量の進化の秘玉が大量にあったあのときと違って、今はその残りかすだけです。その状態で元から骨格の違うものを生やせば、当然のように魔力は枯渇するはずです」


 尻尾はサンドワームのときのように自由に動かすことができるが、なんというかこう、髪の毛のように根元しか感覚がない。

 尻尾が変形するくらい押せば、押された筋肉でさらにお尻が押されて触られていると感じるが、指で突っついただけでは何も感じない。


「おそらく進化したばかりだからでしょう。神経がうまく繋がっておらず、麻痺に近い状態なんだと思います」


 そう言われてみると確かに、麻酔をかけた歯茎と似たような感覚だ。集中してみると、若干痺れているような感じもする。


 自分のものでありながら感覚がない尻尾をいじっていると、ギルドマスターが話し出す。


「先ほど、魔力の枯渇のことを話しましたね。進化の途中で魔力が枯渇すると、中途半端なところで止まってしまうと聞いたことがあります。そうなってしまうと生物として歪な形になり、最悪死ぬ可能性もあると」


「………………魔力枯渇は、してたんですよね?」


「ええ、貴女の進化に必要な魔力は本当は足りなかったはずです。しかし、そこへ僕の秘書がやってきました。なぜこの部屋に入ったのかは分かりませんが、そのおかげで秘書の魔力を吸った貴女は、無事に進化を果たすことができた。それが僕の考えです」


 つまり、俺は魔力がないのに進化が始まってしまったが、秘書へのマナドレイン的なものを本能的に行い、難を逃れたと。

 ということは、秘書は俺の命の恩人だ。今は俺のせいで気絶してしまっているみたいだが。


「それで秘書は気絶してしまいましたが、命に関わるほど深刻ではないので、あまり気にしないでください。元より、僕の言葉を無視して入った結果でもあるので」


 そう言うギルドマスターの表情は、安堵というか落胆というか、複雑な感情が入り混じるように少し歪んでいた。

 何か言葉をかけてあげたいが、そもそもギルドマスターのことをよく知らない。


「大丈夫ですよ。これは僕と秘書の問題なので。貴女は、進化に続く進化で大きく変わってしまった自分の身体に慣れることに専念してください。尻尾が生えたので、バランスも変わっているでしょう」


 俺の顔を見たギルドマスターがそう言い、扉へ向かう。まだやることがあるらしい。

 しかし、ちょうどそのとき、扉が勝手に開いた。


「………レルン様、ここにおりましたか」


「ま、まだ寝ていた方が………」


「いえ、もっと大事なことがありますゆえ」


 部屋に入ってきたのは、ブロンドの長髪を靡かせるクール系の女性だった。スーツに似た黒い服が、女性の冷ややかな雰囲気を増幅させている。

 その女性は、俺が勝手に掴んでしまった手首の主だ。


 その凍て殺すような眼力が、俺の方を向く。

 そして、そのままギルドマスターの制止を突っ切り、俺の胸元に手を伸ばした。


「え、あ、ちょっ!?」


「………レルン様、これはどういうことでしょうか」


 女性は殴られると思って頭を防御した俺の襟元を掴み、ベッドから引きずり落として胸を露わにする。

 普通に恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じたが、この場の雰囲気には全く不釣り合いだった。


「サンドワーム云々はもういいです。レルン様の暴挙には幾度となく頭を悩まされてきましたから。しかし、これは、これだけはいけません」


 押し黙るギルドマスターに、女性がキツく言い当たる。

 何をそんなにと思って自分の胸元を見てみると、そこだけ黒く日焼けしたように刻まれた竜の紋章があった。

 いつの間にこんなものが、と思う暇もなく、さらに襟元が引っ張られる。


「レルン様のご活躍は、ギルドマスターになる前から方々の噂でよく聞いていました。だからこそ、その不安定さとの落差を知ったとき、私はずっと支えていこうと、そう決めたのです」


 女性の視線が俺の胸、もとい竜の紋章に向けられる。

 その目には、怒気や殺意、嫌悪、厭悪、憎悪………全ての不快感を煮詰めたようなどす黒い感情が渦巻いていた。

 自分に向けられたものではないと分かっていても、背筋に冷や汗が走る。


「ですが、これはなんですか? 貴方様が忌み嫌い、仕事上での付き合いしかしてこなかったサイルガ家の所有物を、なぜ匿うのですか」


 いつの間にか女性の手に握られていた短剣が、俺の首に当てられた。

 そこまで鋭いわけではないようで血は流れていないが、それでも冷たい感覚が命を刈り取れる場所にあると嫌でも理解させられる。


「ま、待ってください! 確かにサイルガ家には関わりたくないと心の底から思っていますが、人助けが悪いことではないでしょう?」


「人助け、ですか? こんな尾を持つ者を、それでも『人』と呼ぶと?」


 短剣が、さらに首に食い込む。まだ、血は流れていない。

 助けを求めてギルドマスターを見るが、ギルドマスターもかなり苦しそうな表情をしていた。


「で、ですが、それならばなぜ貴女はこの部屋にいたのですか。彼女を助けるためにではなかったのですか?」


「ええ、そのときはまだ尻尾も生えていないただの女性に見えましたから。ですが、これとそれとでは全く話が異なります」


 命の恩人に命を消されそうになっている。そう考えるとなぜか急に他人事のように思え、少し落ち着くことができた。

 話を整理すると、どうやらこの竜の紋章は『サイルガ家』の所有物を示すものらしく、サイルガ家そのものを嫌っていそうな女性は、俺を匿ったギルドマスターに怒っているようだ。

 対してギルドマスターは、その理由を言いあぐねている感じだ。いや、こちとら殺されかけているので早く言ってほしいのだが。


「レルン様、私が納得できるような説明を、お願いします」


 女性はそう強く言い放つが、短剣がわずかに震えているのを感じた。治癒士の端くれと言っていた記憶があるので、命を奪うことに抵抗があるのかもしれない。


 女性の言葉を聞いたギルドマスターは、意を決するように、静かに口を開いた。



「彼女は、僕と同郷の可能性が、あるんです」



「………は?」


 今度は大きく短剣が揺れる。

 まるで、信じられないとでも言うように。


「いや、そんな、まさか………」


「なぜ今になってかは分かりませんが、そう考えれば色々と辻褄は合うと思います」


「で、ですが、あのときの生き残りは、レルン様お一人だけだと………」


「サンドワームの姿ですから、見逃しがあったのかもしれません」


「し、しかし………」


 やがてゆっくりと、女性の短剣が離れていく。何の話か全く分からなかったが、一応納得はしてくれたようだ。


 ギルドマスターは動きを止めた女性に近づき、そっと短剣を取り上げ、俺の襟元を元に戻す。女性はそれに全く抵抗せず、ただギルドマスターを見つめているだけだった。


「僕はまだ、あの事件のことを追っています。どれだけ時間がかかろうとも、僕は責任者を見つけ出し、必ず報いを受けさせます」


「………………まだ、共に歩んでくれないのですか」


「大丈夫です。しっかりと、終わらせますから」


 ギルドマスターの言葉を聞いた女性は少し俯いていたが、急に吹っ切れたように顔を上げた。

 その顔に先ほどの猛烈な敵意はなく、淡々と仕事をこなすようなクールな表情になっている。


「では、私も今まで以上にそのお手伝いをさせていただきます」


「ええ、これからも、よろしくお願いします」


 どこか晴々としたような雰囲気の女性は、今度は俺に向いて頭を下げた。


「突然の愚行、誠に申し訳ありません。これからは、誠心誠意貴女の世話を務めさせていただきます」


「え、いや、その役は僕が………」


「………まだ信用したわけではないのです。この女性も、貴方様の言葉も」


「………分かりました。しかし、何か異変があればすぐに僕に報告してください。くれぐれも、独断専行で動くことがないように」


「ええ、重々承知しております」


 会話を追っていると、なぜか俺の世話係がこの女性に決まった。

 命を救われたと思ったら急に殺されかけたので、心境的にはかなり複雑だが、もうしないと言っているので心配することはない………はず。


「では、これからよろしくお願いします」


 そう微笑んだ女性の笑顔は明らかに営業スマイルで、こちらのことを全く信用していないのがひしひしと感じられた。





















「はい、そこで振り下ろす! 声も忘れずに!」


「や、やあっ!」


 あれから数週間後、もはや俺専用となってしまった部屋の中で、なぜか木製の斧槍(ハルバード)を持たされていた。

 外は周嵐で大荒れの雨で、時折強く吹きつける風が窓をガタガタと鳴らす。


「まだ踏み込みが浅いです! 全体ではなく、先端で斬りつけるように意識してください! はい、もう一回!」


「やあっ!」


 ギルドマスターの秘書らしいセーネインという名の女性のおかげでリハビリが大きく進み、今では尻尾を第三の足のように使えるまで回復した。

 だが、俺に全く戦闘能力がないことが発覚し、「それではいけません!」と稽古をつけられている。斧槍を使っている理由は、俺が憧れていた、それだけだ。


 普段は冒険者ギルド横の戦技場を少しの間貸し切って稽古するのだが、今は周嵐のためそこそこ大きいここでやっている。

 ちなみに、この周嵐はタモティナ達が出発してから二回目のものらしい。つまり、すでに二ヶ月ほど経過している。一、二ヶ月で帰ってくると思っていたが、アマノボリまでは普通に月単位でかかるらしく、帰ってくるのは最短でも二年後らしい。




「ここで少し休憩しましょうか」


「や、やっと………」


 やっと休憩の許しが出て、尻尾を椅子代わりにその場に座り込む。

 セーネインさんは勝手に作った特訓表に何か記入しており、難しそうな顔をしている。

 秘書がこんなところでこんなことをしていいのかと思うが、今は周嵐のせいで依頼もなく、そもそも来る冒険者がいないそうだ。


 汗で濡れた服を扇いでいると、ベッド横の姿見の中の自分と目が合う。ギルドマスターが自分の姿を確認できるようにと置いていったものだが、枠が金で装飾されており、明らかに高級品だ。

 そんな鏡の中にいる俺は、動きやすいように纏められた黒髪、インドアだった前世よりも白い肌、砂色の瞳、身長の半分と同等の長さの尻尾を持ち、女性とも少女ともとれるどっちつかずの端正な顔立ちをしている。

 身長は前世と同じくらいの165cmほど。胸は、まあ、手の平で包めるくらいだ。




「鏡の中の自分に見惚れている場合ではないですよ。休憩は終了です。次は私と手合わせしてみましょう」


「え、えぇ………」


 そう言って木剣を構えるセーネインさん。

 この人、本当に秘書なのか怪しいくらい動きが素早く、剣と斧槍では全くリーチが違うにもかかわらず気づけばいつも懐におり、毎回顔への寸止めで終わる。

 しかし、俺も成長しないままではないのだ。


「声出しは徹底してください!」


「せいっ!」


 喋りながら突っ込んできたセーネインさんに向けて一突きを放つ。しかしそれは悠々と避けられ、懐に入られた。


「まだまだ動きが───なッ!?」


「やあっ!」


 木剣の一撃が来る前に、斧槍の石突で素早く突きを放つ。

 それも避けられたが、予想外の反撃にセーネインさんは大きく後退した。

 初めて見たときは自分でも驚いた二重瞳は、セーネインさんの動きを捉えるのにかなり役に立つ。それでも視界外から一撃が飛んでくるのだが。


「ようやく戦闘を分かってきましたか。攻撃に使える部分は刃だけではありません。武器全体を使うのです」


 そう言いながら、また突っ込んでくる。

 それに対して、今度は下がりながら斧槍横薙ぎに大きく振った。が、


「単調な攻撃は読まれやすいです」


「へ?」


 セーネインさんはそう軽く言い放った瞬間、斧槍が大きく跳ね上がる。

 俺が体勢を崩した隙に、セーネインさんの木剣が俺の顔の前で止まった。


「な、なにが………?」


「簡単です。斧槍の先端に別方向の力を加えて、貴女の力の向きを変えて弾き飛ばしただけです。戦術的には、パリィと呼ばれています」


 すまし顔で木剣をいじるセーネインさんは、簡単そうにそう言った。

 某死にゲーのプレイヤーでもある俺は、パリィという技の圧倒的な難易度を知っている。普通、相手の技のタイミングを熟知した上で使うものだが、先ほどの攻撃は初めて出したものだ。それをいとも簡単そうに初見でパリィを決めた。

 ………この人、なんで秘書なんかやっているのだろうか。


「息が上がっていますね。今日はここまでとしましょうか。あとで食事を持ってきますので、これで汗を拭いておいてください」


「あ、ありがとう、ごさいます………」


 セーネインさんから手渡されたタオルで全身を拭いていく。

 同じ女という性別であるからか、セーネインさんも遠慮なく服をたくし上げて汗を拭いている。ただ、こちとら中身は男子高校生である。もはや美形しかいないこの異世界で、下着がチラ見えしようものならすぐに顔を逸らすしかない。


「………優しい方ですね。そう配慮することでもありませんのに」


「そういうわけでは、ないんですがね………」


 ちなみに、この世界のブラジャーというかその辺りの下着はかなり高級品らしく、普通はさらしという布で胸を押さえつけている。

 胸が大きくなるほど巻かなければならない回数が多くなり長いさらしが必要になるそうだが、逆に小さければ数回で済む。

 その観点で言えば、セーネインさんのさらしはかなり長い。下心で見たのではなく、さらしを解くときのシュルシュルという音が異様に長いのだ。俺の場合は、巻くどころか短い布を後ろで結んでいるだけだ。

 ………悔しくなんてありませんとも。




「では、私はここで」


 汗を拭き終わったらしいセーネインさんが部屋を出る。

 そのまま足音は小さくなり、やがて雨の音で掻き消された。


「………はぁ」


 小さく溜め息が出る。

 セーネインさんがこうして稽古してくれるのは、俺に身を守る術を教えるためだろう。

 それはありがたい。ありがたいのだが、戦う力をつけるということは、戦うという選択肢が生まれるということに他ならない。

 俺自身は、すぐに逃走を選択したいというのに。


 俺は、ただの男子高校生だ。それを忘れてはならない。

 いかにゲームでレベルやプレイスキルを上げようとも、現実には全く意味を為さない。

 サンドワームのときは、あの霞のような希望に縋りついていられたが、今は大体ではあるものの人の身となった。その状態で同族や大トカゲ、砂割竜相手に同じことができるかと言われれば、間違いなく否と答えるだろう。


「………………怖い、な」


 しかし、魔物蔓延るこの世界では、戦いを避けることは不可能だろう。必ず、この身で戦わねばならないときが来る。

 もうサンドワームの厚い皮をあてにすることも、砂中での機動力を活かすこともできない、この身体で。


「………ステータスオープン」



〈名前〉ファドマ・レニア


〈種族〉亜人種・ワーム族・ワーマー


〈スキル〉咬合Lv2・消化Lv3・飢餓耐性Lv4・翻訳Lv4


〈称号〉翻訳者



 ようやくシステムが俺をイレギュラーと認めなくなったのか、エラーが消えてちゃんと種族が表示されている。こちらとしてはかなりイレギュラーな進化でエラーが消えるとは、システムどういう基準で動いているのだろうか。まあ、結局何の役にも立たないが。

 また、尻尾のせいでもはや砂を泳ぐことができなくなったのか、『砂泳』が消えている。その代わりというように『咬合』のレベルが上がっているが、原因は尻尾が生えたときの進化だろう。

 あのとき口内も一緒に変化したようで、歯が全て獲物を捕らえるためのギザ歯になっていた。

 サンドワームの捕食方法を考えれば、これは全く不自然ではない。丸呑みからの強力な胃酸で溶かすので、歯はただ単に逃がさないよう鋭くあればいい。

 喉も強くなったようで、噛み砕けずに飲んでしまったとしても全く痛くない。これで敵に噛みつけとでも言っているのだろうか。



 こんな風に、戦闘に役立ちそうなスキルはなく、逃走を補助してくれそうな『砂泳』は消えた。

 ………この先、生き残れるか不安だ。






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