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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
幕間

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41/46

41、胡蝶の白昼夢








まれー? 早く起きてー!」


 いつもの母の声で目覚める。アラームは鳴っていたものの、やはり母の声の方が目覚めやすい。


 まだぼやける意識のまま洗面台に向かい、顔を洗って強制的に覚醒する。

 鏡の中の俺は、身嗜みをあまり気にしていないために冴えない姿の、いつも通りの顔だった。

 なぜかそれに安堵感と、少しの落胆を感じる。あのおかしな夢のせいだろうか。


「夢………………なんだっけ」


 なにか色んなことをしたような夢だったが、それはもう意識の霞の中へ隠れてしまった。

 まあ夢はそういうものだろうと気にせず、ダイニングへ向かう。


「ほら、早く食べて。また夜更かししたでしょ」


「ゲームのアップデートがあったから………」


「今日は0時までには寝てよ?」


「はーい………」


常音とこねもよ? あんたまたスマホ見ながら寝落ちしたでしょ」


「ごめんなさーい」


 ダイニングでは、母が忙しなく動きながら朝食を用意しており、弟の常音は食パンを咥えながらスマホを見ていた。


 俺も食卓につき、蜂蜜が塗られた食パンを口に運ぶ。

 なぜかその騒がしさが懐かしく思え、今が遠い過去を見ているような気分になる。

 そんなはずは、ないのだが。


「もう8時よ! はいはい早く行ってきなさい!」


 時計を見ると、確かにあと5分ほどで長針が真上を指そうとしていた。

 食パンを無理やり口の中に押し込んで自分の部屋に戻り、咀嚼しながら着替える。

 食パンを嚥下すると同時に着替え終わり、同じように着替えた弟とともに玄関に向かった。


「出発するくらいはスマホ仕舞えば?」


「学校は持ち込み禁止だもん。今くらい使わせてよ」


 弟は中学生であり、携帯持ち込み禁止の学校が多い。なので歩きスマホはできないが、将来的にはやってしまいそうだ。


「またお父さんに取り上げられるよ?」


「見てないから大丈夫でしょ」


 父は出勤先が少し遠いために、すでに家を出ている。

 小言が多い父であるが、進路先やバイトについて色んなアドバイスをくれる。が、まだバイトに踏み切れてはいない。





「いってきまーす」


「いってらっしゃーい!」


 玄関の扉を開け、陽の光を浴びる。

 その光がいつもより弱い気がして、不思議な感覚に包まれる。

 今は冬に差し掛かった秋の終わり。夏の暑さに、懐かしさを感じているのだろうか。


「早く行かないの?」


「ん? あ、うん、行く行く」


 スマホを玄関に置いてきた弟の言葉で思考を中断する。

 自分のスマホで時間を確認すると、少し電車の到着時刻に遅れそうだった。


「じゃ、お兄ちゃん、いってきます」


 律儀に俺にもそう言い、弟は俺の通学路とは反対の道へ進む。

 俺も電車に間に合わせるため、早歩きで駅へと向かった。



 駅はいつも通り混雑しており、人が多い。

 列に割り込むような無神経な人間がいないか警戒していると、どこか見たことのあるような人影が見えた。


「………?」


 それは社会人や高校生が多い朝の駅にしては見慣れない、金髪の長い髪を持つ少女だった。

 通勤・通学ラッシュの時間帯を知らない外国人かと思ったが、それにしては服装が、なんというか野外向けだ。

 登山しに行くのかと思って見ていると、その子と目が合い、思わず目を逸らした。

 ただ、その子にはどうにも既視感があった。知り合いではない。しかし、その特徴的な髪は………


『…番線、間も無く到着します。黄色の線までお下がりください』


 アナウンスが俺の思考を中断する。

 もしかしたら、あの子に似たゲームキャラクターを見たことがあるだけなのかもしれない。

 まだ気になってもう一度見ると、その子はもういなかった。








 人に押されながら、電車に揺られる。

 スマホの画面では、SNSアプリが色んな情報が流していた。


 そのとき、ふいに電車が一際大きく揺れる。

 ぶつかってきた隣りのサラリーマンが申し訳なさそうに小さく頭を下げるのが見えたので、俺も同様にした瞬間、そのサラリーマンのさらに向こう、隣接する車両に、短く切り揃えられた灰色の髪の女性が見えた。


「あ………ん?」


 知り合い。その女性を見た瞬間そう感じたが、俺の記憶の中にその女性に関する情報は一切なかった。

 なら、この猛烈な既視感は一体、何なのだろうか。


「─────」


「───、─────」


 ゴトゴトとうるさく鳴り響く電車の音の中で、女性がその隣りにいる青色の髪の男性と何か話している声が聞こえた。

 男性の方には既視感はないものの、女性とはかなり親しげに話している。どうやら夫婦らしい。

 それよりも気になるのが、その女性と男性の二人ともがあの少女のような野外向けの服装をしていることだ。もしかすると、あの少女の家族なのだろうか。




 ここで、不満そうにこちらを見るサラリーマンが視界に入った。

 慌てて視線をスマホへ移すと、画面がすでに暗転していたので画面をタップして再度SNSアプリを表示させる。


 もう一度だけチラッと女性の方を見ると、まだ男性と楽しそうに会話していた。

 なんだか、少し意外に思った。


 数瞬の後にそう思うこと自体がおかしいことに気づき、首を傾げる。やっぱり、ゲームキャラクターに似ているのだろうか。









 改札を通り、学校へと向かう。

 ここらへんは他学校も多く、学生を狙ったコンビニやカラオケ店などが軒を連ねている。

 それが有名なのか、ちょくちょく外国人を見るので慣れたと思っていたが、あの夫婦と少女には不思議な感覚がしたので、思い違いかもしれない。

 そう思う一因には、交差点の向こう側を歩く一団も含まれていた。


 外国人、というには少々奇抜な髪色、街中ではまず着ない独特な服装をした四人が歩いていく。

 先頭の男性二人は何か言い合っているようで、その一歩後ろを歩く長身の女性はそれを見て微笑んでおり、さらに後ろを歩く小柄な女性は不安そうな顔で長身の女性の影に隠れていた。


 不安を取り除こうとしたのか、急に辺りをキョロキョロと見回した小柄な女性と目が合う。

 すると、その女性は長身の女性の服を引っ張り、俺の方を指差した。

 長身の女性はこちらを見るとその微笑みを深め、軽く手を振ってくる。

 別に知り合いでもない俺に振っているとは思えないため、視線を外して足を早めた。









「おはよう」


「ん、おはよう」


 席に着くと、隣りの席の初葉はつはが声をかけてきた。

 人と話すことが苦手な俺の唯一の友達だ。


「あれ見た? アップデートのエリア拡張」


「砂漠エリアだから、復活モンスターとか来るかね」


「PV見る限りサンドワームみたいなのは確定みたいだけど、他モンスは遠目からのばっかりだからねぇ」


「あの大きさって、やっぱりボスかな? でかすぎるからギミックボスかな」


「初見クリアするなら少し調べた方がいいかも」


 そんな会話をしている最中、チャイムが鳴って先生が教室へと入ってきた。

 課題も宿題もすでに終わらせており、特に心配することはない。楽な一日になりそうだ。










「………んあっ?」


 気づけば、教室の外から夕陽が差していた。

 生徒の大半は帰ったようで、残っているのは俺一人だけだった。しかし、ところどころに鞄は残されているので、戸締まりはしなくていいだろう。

 それにしても、授業中の記憶が曖昧だ。まるで都合の悪い嫌な記憶だけぼかされたようだ。


「………まあ、いいか」


 すでに帰り支度されていたリュックを背負い、教室を出る。

 初葉はすでに帰ったようで、鞄もなかった。こちらにとっては唯一だが、あちらにとっては大勢の中の一人に過ぎない。一緒に帰ったことなど、ない。




 朝とは全く違う、夕陽に照らされた帰り道を歩く。

 駅で電車を待ち、着いたらそれに乗り込む。朝とは違って、不思議な外国人は見なかった。


「………………デジャヴって、ストレスを感じてるときに起きやすいんだっけ」


 テストが近いこともあって、特徴的な外国人がそう見えただけかもしれない。

 そのまま人混みの中で十数分揺られ、家に近い駅で降りた。





「────」


 もうすぐ家に着くという頃、通りかかった公園から声が聞こえた。

 反射的に視線を向けると、朝に見た外国人が全員いた。


「───、─────。────」


「─────」


「───────、─────」


 外国人達は金髪の少女を囲むように集まっており、中心の少女は串に刺さった肉にかぶりついていた。

 周りの外国人達はそれを微笑ましく見ており、男性の一人が少女の頭をくしゃりと撫でている。

 灰色の髪の女性と青色の髪の男性は追加の串を大量に持っており、長身の女性は男性の一人と少し会話しているようで、小柄な女性はカオスな状況にオドオドしている。



 ただ、不思議な人達だなと、そう思った。


 そう思った、だけだった。



 早く家に帰って宿題を終わらせ、ゲーム内で装備を整えなければ。大型アップデートは一週間後に迫っている。


 不思議な集団から視線を外し、家へ急ぐ。

 俺の取り柄と言えば、ゲームくらいしかないのだ。







「ご飯できたよー!」


「はーい!」


 ゲームを一時中断し、食卓につく。

 今夜の夕食は、カレーだ。


「あれ、また常音はスマホに夢中なの?」


「さっき見たときはイヤホンしてた。聞こえてないんじゃない?」


「また取り上げか」


 母が弟を呼びに行き、父は少し行き過ぎたことを言う。

 取り上げに踏み切らせる常音も悪いっちゃ悪いが、だからといって取り上げは性急すぎるとは思う。まあ、言わないが。


 カレーは飲み物と言うように、まるで呑むように腹の中へと流し込んでいき、すぐに満腹になる。こんな美味しいの料理はいつ振りだろうか。


「………あれ」


 料理なら、毎日食べているはず。どこからそんな感想が出たのだろうか。

 自分でも、少しおかしいと感じてきた。今日はさっさと寝た方がいいだろう。


 俺が食器を片付けたタイミングでようやく来た常音が父から小言を言われているのを尻目に、自分の部屋に戻る。

 付けっぱなしだったゲームを終了させ、寝支度をする。睡眠は最高の休憩法だ。明日にはこのデジャヴも、この家に対する謎の懐かしさも消えていることだろう。


 布団に潜り込み、アラームをかけようと枕元のスマホに手を伸ばす。すると、スマホではなく一枚の長い布に手が当たった。

 不思議に思ってそれを目の前まで持ってくると、金色の不思議な紋様の刺繍が施された藍色の布が見えた。こんなもの、持っていないはずだが。


「………まあ、いっか」


 どことなく誰かの大切な贈り物だった気がするので、手首に軽く巻いておく。

 そして、アラームをセットし終わり、目を閉じる。


 装備はどうしようか、あのクエストは終わらせた方がいいか、スキル構成はどんなものを組もうか、そんなことを考えながら、眠りに落ちる。



















 知らない天井が、見えた。






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