40、成長痛
「ようこそ、冒険者ギルドへ。そう睨まないでください。僕だってギンセイジュ団がアマノボリに行くことは知らなかったんですから」
翌日、取引通りに、俺はギンセイジュ団から冒険者ギルドへ寄贈された。
今は執務室で、ギルドマスターを睨んでいる。
「………お詫びといってはなんですが、お風呂を用意することはできますよ。まあ、費用はそちらで用意することになりますがね」
実質入れないのと同義だ。この少年はいったい何が言いたいのやら。
「ですから、その費用を稼ぐ方法をお教えしようかと思いまして。興味はありますか?」
なんか話の入り方が違法っぽいのはやめてほしい。
しかしまあ、一応はギルドマスターなので、そこまでヤバイものでもないだろう。
「乗り気で助かります。というのも、寄贈といった形でこちらに来ていただいたのに申し訳ないのですが、冒険者ギルドも何かと金欠でしてね。まあ、金欠の理由はあなたもご存じでしょう。あなたには、少しばかり稼いできてほしいのですよ。こちらからも報酬を出します。あなたにとっては大切なものを」
本当、喋るたびにどんどん怪しくなるのをやめてほしい。
その胡散臭いギルドマスターの話だと、ギルドが金欠だから稼いで来いというものだが、モンスターの、しかも毛嫌いされているはずのサンドワームの俺に、そんな大金を稼げるとは到底思えない。
「そこは多分大丈夫です。あなたがそうありたいと思っているのなら、すでに存在しない問題と言えるでしょう。仕事も、音に敏感なあなたならきっとこなせるはずです」
ギルドマスターから出る言葉は、どれも直接的な表現を避けるような、どこか遠回しな物言いだ。
それと、さっきから俺の思考を読まれているようで落ち着かない。
「読んでいるわけではありませんよ。すでに言ったかもしれませんが、僕は『影』が視えるんです。その影を介したあなたは………実に分かりやすい」
やはり、ギルドマスターの紅い宝石のような目は特別なものらしい。しかし、影が視えるとはどういうことなのだろうか。
「これは他人に説明するのは難しいですね。まあ、それは重要なことではありません。これからよろしくお願いしますね」
強引に話を切り上げられた。目については、あまり触れられたくないのだろうか。
あれから四日後、元ギンセイジュ団がアマノボリへ出発する日になった。
俺はギルドマスターに執務室で冒険者ギルドの役割や、この世界の地理を教えてもらいながら、ほとんど他人に会わずに過ごした。
元ギンセイジュ団もあれから準備に追われていたらしく、タモティナやカラスが会いに来ることはなかった。
「無用な混乱を避けるため、あなたを外に出しませんでしたが、流石に今日はお別れを言いに行きましょうか」
そうギルドマスターに連れられ、外壁の門まで行く。
久しぶりの昼の陽光に身を焼かれながら辺りを見渡すと、俺と同じように見送りに来たであろう人々の分厚い壁ができていた。
「やはり、ギンセイジュ団は慕われていますね。実は、テレリーノさんの遺品捜索隊に出したお金のうち、四分の一ほどは地域住民からの寄付なんですよ。本人達が気づいているのか分からないですが、彼らは彼らが思う以上にこの街を助けていたんです。もちろん、僕もその中の一人です」
俺の横でそう語るギルドマスターは、見送りの声と激励に包まれる馬車群を見つめる。
その馬車の窓からはタモティナが乗り出しており、嬉しそうな、楽しそうな表情で手を振っていた。
そのタモティナと、目が合う。
「サンドワ………じゃなくて、リムー!」
俺を見つけたタモティナはさらに乗り出し、身体のほとんどが馬車の外に出ながらも大きく手を振る。
俺もなるべく尻尾を高く上げ、それを横に振った。
「………そういえば、カラスさん………ルメスさん、でしたか? 顔を出しませんね」
ギルドマスターの言う通り、カラスの姿が見えない。空にもいない上、タモティナはしきりに馬車の中に話しかけているようなので、もう乗っているのかもしれない。
最後に顔を見れないのが残念だが、それがあの子の選択なら、俺はそれを尊重するだけだ。なぜ見せてくれないのかは、分からないが。
やがて出発時刻になったのか、馬車がゆっくりと進み始める。
さすがに危険と思われたのか、タモティナは馬車の中から出てきた手に掴まれて引き戻された。
「少し、寂しくなりますね」
「………ジャア」
馬車が小さくなるにつれて人だかりも小さくなっていき、最終的には俺とギルドマスターだけになった。
夕方の傾いた陽によって、一人と一匹の影が真っ直ぐ伸びる。
「そろそろ帰りましょうか。明日、少し話があるので、今日は早めに就寝してください」
「ジャア」
コツコツと、ギルドマスターが硬い足音を鳴らしながら歩いていく。
これでしばらくカラスやタモティナと会えないことは寂しいし、少し心細いが、二度と会えないわけではない。この街で過ごしていれば、一、二ヶ月で帰ってくるだろう。
ただ、このときの俺は考えるべきだったかもしれない。ギンセイジュ団存続の見返りが俺だけだったことに。
「さあ、こちらの部屋です」
翌日、昨日言われたとおりにギルドマスターの話を聞きに行くと、なぜか地下室へと案内された。
地下室は依頼の対象となった魔物などを生きたまま置いておくのに使われるらしく、薄暗い石造りの廊下に牢屋がいくつも並んでいる。
その牢屋のどれもが空っぽで扉も開かれていたが、一番奥の一番大きい牢屋の中にはいくつかの人影があった。
「皆さん、主役が来ましたよ」
ギルドマスターの声に呼応するように、人影が動き出す。
近づいたことで薄っすらと見えるようになった人影達は、ここ数日執務室に出入りしていた冒険者だった。
俺はこの一週間のほとんどを執務室で過ごしていたが、そのときに何度か冒険者がギルドマスターと話をしに来ていた。そのときの冒険者達が、なぜか牢屋の中にいる。
「これからすることを考えれば、経験豊富な冒険者は必須。さらに言えば、外部への漏洩を防ぐには、この牢が適任でした」
ほとんど影など見えない暗い廊下で、ギルドマスターはまた俺の思考を読んだかのようにそう言う。
そして、子どもの体躯から出ているのが不思議なくらいの怪力で冒険者が入っている牢屋に押し込まれた。
「やっとお目付け役がいなくなったんです。好き勝手するとしましょうか」
ギルドマスターも牢屋に入り、カシャンと扉の鍵がかけられる。
半端なく怪しい雰囲気を纏う冒険者達とギルドマスターから逃れるために牢屋の奥へと退避すると、何かが尻尾に当たった。
「魔物が進化することは知られています。進化条件が、短期間のうちに大量の魔力を得るか、濃密な戦闘経験をするかの二つであることも。しかし、その進化先についてはまだまだ未知が多いのです。特に、その生態から研究者さえ忌避し、進化することさえあまり知られていないサンドワームは」
俺の尻尾の先には、仄かに光る水晶玉が山のように転がっていた。それは、前にメニコウから貰ったことのある進化できるあの水晶玉だ。
「実は、金欠の原因の大半がこれなのですが、まあそれは問題ではありません。あなたにしてもらいたいのはもちろん、この『進化の秘玉』を全て食べることです」
ざっと見ただけで、百数十個はある。たった一個で進化できるほどの魔力を含んだ水晶玉が、だ。
この量は、マズイ。
直感的にそう悟り、ギルドマスターに視線を向ける。
しかし、ギルドマスターはにっこりと不気味に笑っていた。
「あなたに紹介すると言った仕事ですが、これをこなさない限り遂行不可能でしょう。それではお金を稼げず、我々とともに共倒れです。あなたはそこまで薄情者ではないでしょう。それに………」
ギルドマスターはそこで言葉を切り、こちらに歩み寄ってくる。
そして、俺の目を見据えて囁いた。
「あなたも、人間に戻りたいのでしょう?」
どうやら、すでに見破っていたらしい。
だからどうしたという話ではあるが、ギルドマスターが俺の何を知っていて、何を知らないのか、それが分からないのが怖い。
この少年は、俺の中をどれだけ覗き見たのだろうか。
「そう怖がらないでください。僕とあなたとの利害は一致しているはずです。あなたは人の姿を、僕はその過程の研究を。それだけのことじゃないですか。………まあ、研究結果で一稼ぎするかもしれませんが」
通りで、冒険者達が紙とペンを持って俺をガン見しているわけだ。記録係なのだろう。
その冒険者の探求心溢れるキラキラとした目を見れば、どうにも断りづらくなってくる。この水晶玉を食らえば、命の危険があると分かっていても。
「ジャア………」
よくよく考えれば、タモティナ達は俺を手放したし、カラスも独り立ちなのか別れの時に顔を見せなかった。
俺が消えて困るのはギルドマスターだけで、その本人からGOサインが出ているのならもう従っていいだろう。
まあ、一番の理由は、アレコレ考えるのが面倒になっただけだが。俺は元から頭が良いわけじゃない。
「お、ようやく乗り気になってくれましたか。さあ、善は急げです。たくさんありますから、思う存分食べてください」
目の前に水晶玉が差し出される。
ただ魔力を含んでいるだけと思っていたその水晶は、暗闇の中では深蒼色に小さく輝いていた。
おおよそ食べるものではないそれを、口の中に入れる。
やはり無味無臭で、砕けた破片は溶けるように消えていった。
「さあさあ! これでは終わりません。大枚はたいた分だけの結果は見せてください!」
ギルドマスターはもう次の水晶玉を持っていた。
ちらっと水晶玉の山を見る。
当然のごとく山は全然減っていない。この量を食べなければならないと考えると、気が遠くなりそうだった。
だが、地獄は始まったばかりだ。
身体が熱くなってきた。
お腹を壊したときにギュルギュルとなる感覚。それが全身で蠢いているようで、若干の吐き気も催している。
だが、水晶玉の山は全く減っていない。
「ん~、あまり変わりはないですねぇ」
もう噛むのも辛い俺の口に水晶玉を放り込みながら、ギルドマスターはそんなことを言う。
冒険者達も退屈してきたのか、欠伸をしている者までいる。俺が体調不良を起こすのは想定済みのようだ。
「ほら、進化の秘玉はまだまだ残っていますよ」
水晶玉を砕いたそばから、新たな水晶玉が口に入れられた。
その水晶玉の破片が溶けるたびに、身体の熱の温度が高くなっていく。
このままでは、自分も溶けてしまいそうなくらいに。
そして、そのときは来た。
「ジャ………………ジャグジュガゲ?」
口の中に違和感を感じた瞬間、胃の中のものを全て吐き出した。
朝から何も食べていなかったので、それはただの胃酸だったが、この世界に生まれて一度も排泄していないほどの消化力を誇るサンドワームの胃酸は、目の前にあった水晶玉の山を片っ端から溶かしていった。
「あ、ああ、進化の秘玉が………!」
胃酸を軽々と避けたギルドマスターは俺の心配はせず、もうドロドロになってしまった水晶玉の山を悲しそうに見ている。
しかし、それはギルドマスターにとっては幸運なことだった。
「ん? お、おお! 皆さん、見てください!」
涙で歪む視界の中、興奮したように声を張り上げるギルドマスターの視線を追うと、あの溶けた水晶玉の上にたどり着いた。
そこには、水晶玉から漏れ出た魔力らしき蒼白い光がゆらゆらと揺れており、不運にもそれら全てが俺の身体へと吸収されていく。
身体の熱はさらに高くなり、もう一歩も動けない。
「こ、こんな現象は見たことがありません! 進化の秘玉の効果か、はたまた魔物が進化のための魔力を求めているのか………!」
誰も、俺の心配をしてくれない。
まあ、そこはあのギルドマスターとそれに呼ばれて来た冒険者なので期待はしていない。
ただ、これはかなりマズイかもしれない。身体は動かないのに、自分とは別の意思があるように勝手に動き出している。
それはまるで、何かから羽化ス、るよう………ニ?
「せ、背中が割れました! あの色は───!?」
急激に、視界が暗くなる。身体の感覚は遠くなり、何も聞こえない。
何もない、真っ暗な世界。
ただ、そこに熱の苦痛はなかった。
(少し、眠るか………)
疲れすぎてしまったからか、その空間に何も疑問を持たず、ただ苦痛から解放された安堵感に包まれたまま、深い眠りへと落ちていった。




