38、罰の心
「そういえば、地震は大丈夫でしたか? 小さなものでしたが、洞窟だと何か影響が………」
「やはりか。あれは洞窟内で起きた爆発だ。もちろん大きな被害はなかったが、あれで先手を打たれてしまった」
前を歩くハンターと編纂者が、そう会話する。
どうやら、編纂者はあの爆発の振動を地震のものと思っていたらしい。
さすがに地中を走る衝撃を消すのはあの少女でもできなかったようだが、それでも爆音を完全に打ち消すのはエグイとしか言いようがない。
「この子、本当に強かったしね………」
俺の横を歩くタモティナが力なくぼやき、メニコウもそれに賛同するように首を振る。
一度村へ戻った編纂者が持ってきてくれた梯子で全員が洞窟を脱出することができ、夕日が砂漠を橙に染める中、村に向かって盗賊達を連行中だ。空では、カラスが周囲を警戒してくれている。
「メニコウさん、これからどうするおつもりですか?」
「まずはギルドマスターと相談だ。まあ、明日の朝には帰ることになるだろう」
「では、そのときにはまた船を使いましょう。連れ帰らないといけない人数が多いですしね」
「感謝する」
そんなこんなで、星が見える前には村に着き、待機していたギルドマスターと合流した。
しかし………
「おいレルン、これはどういうことだ?」
「おお、盗賊団の壊滅に成功したんですね。おめでとうございます」
「質問に答えろ。これは、どういう状況だ」
無邪気な笑顔で俺達を出迎えたギルドマスターの頬には血が付いていた。しかし、すぐにそれはギルドマスター自身の血ではないことが分かった。
「ゔぁ………………が、あぁ………」
ドーム状の家の片隅、照明が届きづらく比較的暗いところで、情報を聞き出した後は縄で拘束していたはずの男が、全身血塗れで倒れていた。もはや虚ろになった目で、俺達を力なく見つめる。
その惨々たる光景にハンターが息を飲み、編纂者は口を塞いだ。タモティナは唖然とした表情で呆然とし、メニコウは怒気を孕んだ目でギルドマスターを睨む。
「どういう状況も何も、少し拷問していただけですよ」
「少し、だと? これのどこが少しなんだ?」
血に沈んだ男は息も絶え絶えであり、どこからどう見ても瀕死の状態だ。
メニコウは未だニコニコと笑顔を張り付けるギルドマスターを押し退け、タモティナとともに男の治療に当たる。
そのとき、ギルドマスターはボソッと
「殺してるくせに」
他の誰にも聞こえないような、それこそ耳の良いサンドワームである俺しか聞き取れない大きさで呟いた。
そして、俺が居たことに遅れながら気づいたようで、口に人差し指を当てて「黙っていろ」と暗に仄めかす。まあ、そもそも俺は喋れないが。
「ギルドマスターさん、なぜこのようなことを?」
男の治療に当たっているタモティナとメニコウの代わりに、編纂者がそう問いかけた。
「別に、ただの拷問ですよ。こんな子どもが拷問なんて、と思いましたか?」
どこか自嘲じみた薄ら笑いを浮かべ、ギルドマスターは逆に編纂者へ問いかける。
編纂者はそれに対して首を横に振り、真っ直ぐギルドマスターを見た。
「私が言いたいのはそういうことではありません。なぜ拷問したのではなく、なぜこんな考えなしの行動を取ったのかを聞いてるんです」
編纂者の言葉が予想外だったのか、ギルドマスターは目を大きく見開き、
「ふっ、ふふふ、そうですかそうですか」
そう言って、また笑った。
編纂者は何か悍ましいものを見たような表情になり、それ以上口を開くことはなかった。
そして、治療を終えたメニコウが戻ってきた。タモティナはまだ男の様子を見ている。
「レルン、無理しなくていい。話はあいつから聞いた。もう、事情は分かった」
メニコウはそう言ってギルドマスターの頭を撫でると、そのまま一緒に外へ出ていった。
残された者達の間に、妙な沈黙が満ちる。
最初に口を開いたのは、タモティナだった。
「言い訳ってわけではないんですけど、この男は呪詛を唱えようとしていたらしいです」
「じゅそ? それは魔法か何かですか?」
「魔法………まあ、似たようなものです。ただ、魔法とは大きな違いがあって、呪詛を唱えることで発動する『呪術』は、解除しない限りずっと効果を発揮し続けるらしいんです」
タモティナの話に、包帯でグルグル巻きになった男が目を逸らす。良からぬことを考えていたのは確かなようだ。
「どんな呪術かまでは言わなかったんですけど………あそこまでやったからには相当危険なものだったんでしょう」
「私は………私は、それでもあそこまでやる必要はなかったように思います。ましてや、情報を話してくれた方を………」
「はい、私もこれはやりすぎかなって………」
タモティナと編纂者の会話が終わると同時に、メニコウが家に入ってきた。その傍らに、ギルドマスターはいなかった。
家の戸を閉めるや否や、メニコウは深いため息をつき、その場に座り込んだ。
「………あいつは転移魔術で先に帰らせた。このような事態になって申し訳ない」
「あ、頭を上げてください! メニコウさんが悪いわけではないんですから」
編纂者はそう言ってメニコウの頭を上げようとするが、メニコウは頑なに下げ続ける。
「あいつをここに一人にさせたのは私だ。あいつの傷が癒えたと、勝手に思い込んでしまった………」
「傷………ですか?」
メニコウは編纂者の問いにハッとしたような顔を上げ、次いで苦虫を嚙み潰したような表情になる。それでも、その重い口を開いた。
「………あいつは過去に呪術を受けたことがあって………いや、今でも受けていると言うべきか。そのせいで呪術に対して異常に反応してしまうんだ。今回もそうだろう」
「そう………なんですか」
メニコウの話を聞いても編纂者は納得していないようだが、ひとまずは飲み込んだようで、思い悩んだ表情をやめた。
そして、「明日の準備がありますから」と、ハンターとともに家を出た。ハンターは終始無言だったが、ずっと何か考え込んでいたようだった。
また、家の中に沈黙が流れる。ここにいる者は、もはや喋る気力を失ってしまったらしい男と、その傍らで男を責めるように見つめるタモティナ、何かを思いつめるように俯き続けるメニコウ、この場の空気を察してか大人しくしているカラス、未だ気絶したまま家の片隅に放り出されている盗賊達、そして、俺だ。
誰から動いたのか、皆は自然と寝る支度に入り、手持無沙汰な俺は盗賊を見張る役に就く。
カラスも隣で同じように見張ってくれたが、迫る眠気に抗うことはできず、結局二匹してその場で眠ってしまった。
「呑気なものだな」
翌朝、そんな声で目が覚めた。
顔を上げて声のした方を見ると、縄から抜け出した少女が俺の身体をペタペタと触っていた。
「ジャア!?」
「うるさい黙れ。見ての通り枷はかかったままだ。魔法は使えん。それに、逃げる気もない」
その言葉通り、少女の手首には枷が変わらずかかっており、俺に気づかれた今でもまだ身体を触るのをやめない。しかし、この少女は確か、サンドワームが苦手だったはずなのだが………
「あ、サンドワーム、おはよう。カラスに見張らせてるから、変なことはできないはずだよ」
「カア」
どうやら俺以外の皆がすでに起きていたらしく、縄で縛られている盗賊達を外に出したり、荷物を整理してたりと各々行動していた。
家の中は結構ドタバタしていたので、邪魔にならないように外に出る。
太陽はすでに四分の一ほどにまで上っており、ハンター達のあの飛行船が近くに停まっていた。
その飛行船から、こちらを見つけたハンターが降りてくる。
「あのときは助かった。これ、食べるか?」
そう言って差し出されたのは棍棒のような形をした干し肉で、到底人間向けに作られたとは思えないものだった。
ありがたくそれを咥え、口の中でゆっくり味わう。
「おい、私の分はないのか?」
「私を殺しかけたやつに何かあげるとでも?」
「お前はハンターだろ? しかも、こっちは捕虜だぞ。食い物をよこせ」
「これ本当にお嬢様か………?」
なぜか俺についてきた少女が食べ物をねだり、ハンターが渋々といった感じで干し肉の欠片を手渡す。
少女はもっと良いものが貰えると思っていたのか少し不満気だが、それでも文句なく干し肉を噛み始めた。
「砂漠蠕虫、もう少しで出発だそうだ。荷物………はなさそうだから、先に乗っておいてくれ」
「ンジャア」
口をもごもごとさせながら返事し、飛行船に向かう。
そして、なぜか少女がついてくる。ストーカーか何かだろうか。




