37、ヒメゴト
「大いなる風に命ずる! 敵を切り裂く旋風となれ!」
「させない!」
魔術を詠唱しようとした少女の、こちらに向いた目に向かって砂を投げる。
こんな手は初めてだったのか、少女はそれをもろに食らい、慌てた手が上に向いてそのまま魔術を放った。
ゴウッ!!とおおよそ風とは思えないほどの音が鳴り響き、松明の火が一瞬弱くなる。
「今! 捕まえて!」
そう叫ぶも、ハンターはまだ立ち上がれそうになく、メニコウは魔術の余波で押し流され、サンドワームは目を押さえて暴れる少女相手に攻めあぐねていた。
「クソッ! そうだな、お前らはこんな手も使ってたな!」
どうやら初めてではなく、一度うちの団員の誰かにやられたらしい。
まだ目が痛むのか涙目になっている少女は再度手のひらをこちらに向け、口を開いた。
「大いなる風に───!」
「ジャア!」
サンドワームが少女に飛びかかるが、少女は詠唱を止めてそれを回避する。それも、大袈裟なほど大きく。
「サンドワームが苦手か。外国の奴らによくある反応だ」
「チッ、それがなんだ!」
メニコウに図星を当てられたのか、突然激昂した彼女は手のひらをメニコウの方へと向ける。
しかし、怒りで周りが見えていなかったその手は、私が絡め取った。
「な、なんだお前!」
「あなたを、捕まえる!」
そう叫び、腰のポーチから『魔喰い枷』を取り出す。
『魔喰い枷』とは、かけられるとその者の魔力を吸い取り、魔術を強制的に使えなくする拘束具。
魔術師にとって天敵と言える代物で、これがなければ通常の拘束など意味を為さない。
今回、メニコウが念の為と、私に持たせていたものだ。
「クソッ!」
「あっ───!?」
暴れる少女の手首に枷をかけようとしたら、振り回された手に当たって『魔喰い枷』を手放してしまった。
枷はゆっくりと飛んでいき、サンドワームの目の前に落ちた。
「サ、サンドワーム! それ取って!」
「させるか!」
少女の手のひらがサンドワームに向き、私はその手を必死に違う方向へと向ける。
しかし、この少女、異常なほど力が強いので、事前に強化魔術を使っているのかもしれない。
サンドワームが小さな枷を拾おうと奮闘している間、私も少女の手のひらが誰かに向かないよう、少女の手首を握り続ける。
しかし、少女の怪力は徐々に強くなっていき、ついに私の両手が振り解かれ、突き飛ばされた。
「大いなる風に命ずる! 奴らを吹き飛ば───!?」
少女の詠唱が途中で遮られる。
見ると、私との揉み合いの隙に後ろに回っていたらしいハンターが、少女の口を押さえ、さらに筋肉質な腕で華奢な首を締めていた。
「ぐうっ、うう………!」
少女は呻き暴れるも、さすがにハンターを振り解くほどの力はないらしく、段々と動きが鈍くなっていく。
「タモティナ! 受け取れ!」
口が大きく枷を扱えないサンドワームに代わって、メニコウが枷をこちらに投げた。
私はそれを受け取り、力が弱くなった少女の手首にかける。
「なめ………るなぁ!!」
しかし、最後の力を振り絞った少女が私を蹴り飛ばし、ハンターに向かって手のひらを突き出す。
ハンターはさらに力を強めるが、間に合わなかった。
バンッ!!と大きな音が響き、ハンターと少女の姿が掻き消える。
一瞬遅れて舞い上がった砂塵の先には、洞窟の壁に叩きつけられて動かなくなったハンターと、ハンターの拘束から脱した少女が立っていた。
やはり、あの魔術の威力からして、この少女は相当な魔力持ちだ。それも、名のある家の出だろう。
それなら、『無詠唱』を習得していても不思議ではない。
「はあっ、はあっ、殺して、やる………!」
未だ立ち曇る砂煙の中で、少女が両手のひらをこちらに向けた。
「タモティナ、避けろ!」
「ッ───!!」
「ジャア!」
メニコウの言葉通りすぐさま地に伏せる。
メニコウも岩陰に隠れ、サンドワームも私と同様に地面に伏した。
しかし、魔術は来なかった。
「お、おいなる………か………ぜ………」
顔を上げて少女の方を見てみると、先ほどの魔術の衝撃で頭を回したらしく、ふらふらとこちらに歩んできていた。
しかもその手首には、私がかけた枷が壊れることなくかかっていた。
「よ、良かった………」
「脳震盪と『魔力枯渇』か。あと少ししたら気絶するはずだ。それまで気を緩めるな!」
メニコウに注意され、気を引き締める。
少女はまだふらふらと揺れていたが、私の前まで来ると、突然糸が切れた人形のようにこちらに倒れてきた。
「わっ!? っとと………」
硬い地面に顔を強打する前に、その小さな身体を受け止める。
少女はまだ少し何かを呟いていたが、やがてその目をゆっくりと閉じた。
「タモティナ、大丈夫か?」
「う、うん、私は打撲くらいかな」
「そうか、枷はちゃんと両手にかけて拘束しろ。街に連れて帰るぞ」
「うん、分かった」
片方の手首にしかかけられていなかった『魔喰い枷』をちゃんと両手首にかけ、未だ気絶している盗賊の縄の一員に少女を入れる。
これで、捕縛は完了だ。
「少し、奥を調べてくる。タモティナはハンターの調子を見ていてくれ」
「わ、わかった」
メニコウが奥の通路に行くのを見届け、ハンターの方へと走り寄る。
ハンターは頭から血を流して気絶しているものの出血量は大したことなく、治療すればこの場ですぐに起き上がりそうだ。
「我、魔力を糧に、命の芽吹きを欲さん、『治癒』」
そう唱えると、ハンターの頭にかざした手から光でできた小さな葉が落ち、ハンターの傷を癒していく。
「ん、んん………?」
「あ、気づきましたか?」
傷が治った瞬間にハンターは目覚め、戦闘でいくつか松明が消えてしまった洞窟を見渡した。
「そうか、終わったか」
ハンターの安堵するような言葉に、頷きを返す。
すると、ハンターは今度は私を見て、フッと笑った。
「え、えっと、何か………?」
「いや、暗い目をしなくなったな、と」
「………そう、ですね」
あの少女を見たとき、私の中で何かが壊れた。
だから、今の私は一見良い状態に見えても、中身はそうでもないのかもしれない。
自分自身なのに、自分のことが分からない。
「もう一人はどこへ?」
「あ、奥の方を調べに行きました」
「なら、私達で上へ戻る手段を探すか」
まだ傷が癒えたばっかりだというのにハンターはふらつくことなく立ち上がり、暗くて天井の見えない上を見上げた。
「入り口はあそこだけということはないはずだ。どこかに出入りできる通路があるはず………」
そう言いながら洞窟の壁面を撫でるハンターに倣い、私も壁を触って隠された通路がないか調べる。
ちなみにサンドワームは、何もすることがないからか、つまらなさそうに尻尾を振りながら盗賊達を見張ってくれている。
しばらくして、メニコウが戻ってきた。
その手には何枚もの紙が握られていた。
「あのお嬢ちゃんの出が分かった。どうやら、ウィンダリア家の四女らしい。四女に宛てられた手紙が何通もあった」
「え、ウィンダリア家って、あの司貴家!?」
「し、しきけ?」
司貴家とは『ネテリウネス魔術学国』の貴族家で、その国においてそれぞれ一つの属性を司っている。ウィンダリア家はその中で風属性を操る司貴家だ。
身内にかなり厳しく、それゆえにそれなりの数の離脱者がいるらしい。この少女は、その中の一人だろうか。
「と、とりあえず、名家の出、ということか?」
「名家どころじゃない。魔術学国は司貴家に王位継承権を与えている。それも、家出した者も含めてな」
「家を捨てた者にすら王になる資格があるのか………」
「どれだけの魔力と知識を持っているかがあの国にとっての一番の優先事項だ。下手すれば、どこぞの誰かも分からない奴すら王になる。今の王はそうだった」
「な、なんと………」
ネテリウネス魔術学国は、力を第一とする獣人の国々によく似ている。学国の人にそう言えば、それを猛烈に否定するそうだ。
「まあ、その話はこの洞窟を出てからだろう。上への道は見つかったか?」
「い、一応なんだが………」
ハンターが言いづらそうに、頭上を指差す。
その先には、穴の途中くらいにある外れかかった松明があった。
そして、その松明の周りだけ、壁が少し凹んでいる。
「多分、あれが通路の跡だ。あそこまで登れば、人が一人休めるくらいの隙間がある、はず」
「………さすがに無理だな」
一人一人、ということなら良かったが、今は捕虜がいる。いつ目を覚ますか分からない彼らを背負って登るというのは、いくらなんでも危険すぎる。
「………もっと安全な道がないか探そう。その間、何かしら大きな音を立てて上に知らせるか試してみるか」
「了解した。私はもっと細かく休憩できるような隙間がないか調べてみる」
「え、じゃ、じゃあ私は………」
そこまで言いかけて、私達のではない音が響いているのに気づいた。
すぐにサンドワームを見て、その反応を確かめる。
「………………ジャア」
サンドワームはどことなく嬉しそうに、上を見上げた。どうやら、敵ではなさそうだ。
穴の上にある松明が揺らめき、人影が現れた。
その影から聞いたことのある声が響く。
「皆さーん、大丈夫ですかー? すごい風の音がしたので、来ちゃいましたー!」
「ヒズネか! 何か丈夫な縄を持ってきてくれ!」
「分かりましたー!」
人影はそう応えてから消え、代わりに人ではないものの影が壁に映る。
その影は大きく翼を広げると、そのままこちらに向かって落ちてきた。
「カアー!」
暗闇でも映える砂色のカラスは地面に当たる前に羽ばたき、サンドワームの前に着地した。
「カア!」
「ジャア?」
カラスは困惑するサンドワームに顔を近づけて擦り付け、心配したという感情を出していた。
しかし、私を一瞬だけ見た時、復讐に駆られた私と同じくらいの暗い目を向けてきた。
「………え、なんで?」
その問いの答えを考える間もなく、メニコウとハンターの会話が耳に入る。
「おかしい。風の音はしたのに、爆発は聞いてないようだった」
「風を巧みに操る竜は、その風をも利用して咆哮を遠くへ届けるという技を持っている。それを逆にすれば………?」
「犯人は嬢ちゃんか。手紙には『出来損ない』と書いていたが、こんな芸当ができる奴は、それこそ学国にすら数人といないだろう」
メニコウにつられて、私もあの少女を見る。
少女の服は砂埃で汚れていたが、学国の一員、そしてその階級を示す黄銅のブローチは、毎日磨かれていたのか汚れ一つなかった。




