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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
踏み折られたギンセイジュ

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35/49

35、揺れる想いは薄羽のように







「よし、ここで間違いなさそうだな」


「ハンターさん、気をつけてください。罠が仕掛けられてある可能性が高いです」


「だから、身の硬い私が先陣を切るのだろう?」


 簡単な腹ごしらえをした後、盗賊団の根城の可能性が高い洞窟を見つけた。

 洞窟は白い岩でできており、ところどころ開いた穴からは砂が垂れ流れている。

 ヒズネと砂漠大鴉は外から新たな盗賊が来ないか見張りをするために入り口に残り、ハンターである私とギンセイジュ団の副団長ハニコウ、団員タモティナ、彼女が手懐けた砂漠蠕虫が洞窟へと入った。


「松明があった跡はあるが、さすがに全て消されているな。少し待っていてくれ」


 メニコウはそう言って立ち止まり、何かぶつぶつと唱える。

 すると、メニコウの目の前に小さな光の球が出現し、周りを明るく照らした。


「これで少しは見えやすくなるはずだ」


「感謝する」


 照らされた洞窟内には木の柱が何本も立てられており、明らかに人の手が入っている。これは、この洞窟が盗賊団の根城で間違いなさそうだ。


「ジャア、ジャア」


 しばらく進んでいると最後尾の砂漠蠕虫が静かに鳴く。

 そのタイミングで、私も前から射す光に気がついた。


「サンドワーム、どうした?」


「………私も気づいた。この先、人がいるぞ」


 くねくねと曲がりくねりながらも比較的真っ直ぐな洞窟の奥に、こちらの光の球とは違う揺れる光があった。

 その光は時たま何かに遮られるかのように明滅しており、明らかに誰かがいる。


「魔法を止めてくれ。砂漠蠕虫、人数は分かるか?」


「ジャ、ジャア」


 メニコウの光の球が消え、砂漠蠕虫が自信がなさそうに私の前に出る。

 しかし、瞬時に尾が動き、砂が溜まった地面に幾つか線を引いた。


「1、2、3………6か。意外と少ないな」


「………いや、奴らは偵察隊だろう」


 暗くて顔は見えないものの、その声色から苦虫を噛み潰したような表情のメニコウが思い浮かぶ。


「偵察が6なら、本隊はおおよそ15人。盗賊団としては少ないが、周囲の状況を考えれば明らかに多いな………」


「団というからには、そのくらいいそうなものだが………?」


「確かに普通ならの話だが。この辺は東と西の交易で潤っている都市が多く、それゆえ交易に悪影響しかない盗賊に関心が高い。だから、盗賊はすぐに撲滅させられる上、盗賊にさせない政策も多くとられている」


「だからここまで集まるのは異常、ということか」


 盗賊は竜と同じく、群れの数が多いことは狩りの成功率が高いことを示す。その数を支えるだけの資源があるということだ。

 しかし、竜は盗賊と違い、装備を着けることはない。少ない人数でも、騎士並みの装備をしていることもある。だから私は対人が苦手なのだ。


「相手の装備が分からない以上、迂闊に手は出せない。そう思っているか、ハンター?」


「え、え? それは、そうだが………」


 思っていることをメニコウに当てられ、少したじろぐ。しかし、メニコウは愉快そうに笑っているような雰囲気を醸し出していた。


「この状況、俺なら突っ込める。そして、タモティナ」


 返事の代わりに、チャキッと微かな金属音が響く。もうすでに臨戦態勢のようだ。


「俺が奴らの目を潰しながら突撃する。その後、お前は目一杯暴れろ」


「ちょ、少し落ち着け! あの人数では安全に制圧できるか分からないだろう!?」


「いや、俺達はできる。一度、奴らと刃を突き合わせた俺達なら」


 暗闇で見えないはずのメニコウの目は、獲物に前にして爛々と輝いていた。








 一度、盗賊を相手にした彼らは、あの盗賊に共通するある癖を見つけているそうだ。

 それは、剣術通りにしか戦わないこと。それも、静と動を極端に使い分けるズリンダ剣術をだ。


 私もハンターになる前にある程度の剣術を学んでいる。その中でもズリンダ剣術は特異なもので、めちゃくちゃに攻め込む技と、自分からは一切動かず反撃を主とする技がある。というか、大まかにはその二つしかない。

 竜相手にはかなり有効な剣術だが、対人にしては読まれやすく向いていない。しかし、それは一対一の状況なら、という前提がつく。


「人数に任せて乱戦に持ち込まれれば、動から逃げた敵が静に向かい、そこで手強い反撃を喰らう。さらにそこに、動から追撃が来る。これが俺達がやられた戦法だ」


 人間、誰しも狂ったように攻撃してくる敵からは逃げたくなる。しかし、逃げたところで準備万端な敵に向かうことになってしまう。

 つまり、正解は………


「動を潰せばいい、ということか?」


「ああ、動の技はそもそも防御を考えられていない。静に向かわせればいいからな。だから、最初に動を制圧する」


 静の技には自分から攻めるものは一切ない。そして、剣術通りにしか攻撃してこないというなら、静から動に切り替えるまで時間がかかるはずだ。

 その点でも、動を制圧する時間は十分にある。


「だが、あの動の技は、正気の沙汰とは思えないほど苛烈だ。それを抑え込める剣術は聞いたことがない」


「だから()()なんだ。俺は魔法で姿を隠せるし、タモティナは遠距離でも攻撃ができる。6人程度、一瞬でやってみせる」


 メニコウはそう言うと、タモティナを連れてどんどん先へ進んでいく。

 私も慌てて追うも、速度に合わせて足音が大きくなるので、ある程度近づくと洞窟奥の光の明滅が止まった。


 そこへ、メニコウとタモティナは躊躇いもなく飛び出す。


「殺せぇ!!」


 盗賊の、おそらく司令塔のような男の声が響く。

 しかし、その後に聞こえてくるのは男達の野太い断末魔だけだった。


「………なあ、ギンセイジュ団って結構物騒な方なのか?」


「ジャ、ジャア………?」


 独り言のような問いに砂漠蠕虫が応えてくれるが、砂漠蠕虫もよく分かっていないらしい。

 ただ、この偵察隊はあの二人だけで事足りそうだ。


 私が洞窟の奥に着く頃には、すでに盗賊の声はなく、咽せ返るような血の臭いが充満していた。

 数本の松明に照らされた洞窟の奥は少し開けており、先ほどまで酒を飲んでいたと思われる盗賊の死体と割れた酒瓶があちこちに転がっていた。

 しかし、死体は6つではなく7つあり、6つの死体は皮でできた胸当てを着た軽装だったが、最後の死体だけ鉄鎧を身に纏っていた。それすらも、血に塗れていたが。


「………タモティナ、怪我はないか?」


「大丈夫………うん、大丈夫………」


 メニコウは息切れ一つしていないが、タモティナは過呼吸なほど息を切らしていた。

 それは、ただ戦闘で体力を使い切ったわけではなかったように。


「………これが、復讐だ。どうだ、味は?」


「………………………」


 メニコウの問いに、タモティナは死体を見る。

 松明の光に照らされても暗いその目には様々な感情が渦巻いており、そう簡単に応えられないようだ。


「………とりあえず、ここの洞窟は終わりか?」


 話題を変えるため、周りを見ながら問う。ここに入ってきた入り口以外、通路は見えない。


「いや、扉はある。そいつの下にな」


 私の問いにメニコウはそう答え、鉄鎧の死体を蹴り飛ばす。すると、死体があった下に木の板があり、ずれた隙間の先には別の光が見えた。


「隠し扉か。用意周到だな」


「ここは突破されてもいい捨て駒達だったんだろう。鎧のやつは念のために配置された、という感じのはずだ」


「えっと、とりあえず砂漠蠕虫はこの先に誰かいないか音を聞いてみてくれ」


 濃い血の臭いに嫌気が差しながらも、砂漠蠕虫に指示する。砂漠蠕虫も臭いが嫌だったのか、先ほどより素早く扉に近寄り、そこで動きを止める。


「とりあえず誰かいるか、何人いるかだけでいい」


 先ほど盗賊は7人だったのを見るに、盗賊の中でも下級上級があり、上級はちゃんと音を殺しているようだ。偵察隊に1人いたのなら、本隊はもっといるだろう。

 なら、砂漠蠕虫による人数特定は意味がないように思えるが、何も聞こえないならもう上級しかいないと考えられるし、下級が何人かいてもそこから上級の人数をある程度予測できる。


「………ん、少し長いな。砂漠蠕虫、何かあったか………」


 先ほどよりも時間がかかっていた砂漠蠕虫にそう問うた、その瞬間だった。


「ジャ、ジャ─────!!」


 突然、砂漠蠕虫が振り向き、声を上げた。

 しかし、間に合わなかった。





 極端に遅くなった世界で、地面に亀裂が走る。

 それは地面から壁、天井まで登り、地面にできた隙間からは光が漏れ出す。


 その光は松明と同じように揺らめいているが、火力が桁違いだった。



 つまり、爆発だ。





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