34、人はかくも脆き
「さて、私が紙を拾ったのはこの辺り、ちょうど竜巣とこの村の中心だな」
ハンターが寝泊まりしているという白いドーム状の家の中で、みんなで一つの地図を囲む。
地図は大きく二つのエリアに分かれており、村を含む砂漠と、ゴツゴツとした白い岩山が描かれ、そのちょうど境目をハンターが指差す。
「その紙はまだ持っていますか?」
「すまない、解読が終わった後に風に飛ばされてしまった。運が良ければ、また見つかるかもしれないが………」
「探すのは現実的ではないですね。とにかく今は、村人への聞き込みと紙の発見場所周辺の調査ですね」
「村人への聞き込みは私達に任せてほしい。長らくここにお邪魔させてもらっているから、情報も聞きやすいはずだ」
ギルドマスターと話すハンターはそう言って胸を叩き、横にいる編纂者もうんうんと頷いている。
「分かりました。では、我々冒険者は竜巣と村の境目を調査しましょう。何か、注意するべきことはありますか?」
「いや、大型竜はそこまで降りてこないから、あまり警戒しなくていい………はずだが、例外がいるのは重々承知しているな?」
「ええ、我々はその被害者ですから、身にしっかりと刻み込まれています」
例外、あの砂割竜のことを指しているのだろう。
竜巣は、そんな奴らが普通に闊歩している環境らしい。あんな強力なモンスターが闊歩しているとは、どれだけ魔境なのか。
方針が固まったハンターとギルドマスターが立ち上がり、それぞれの準備にかかる。
「話は聞いていましたね? 我々は竜巣と村の境目を調査することになりました。ハンターの話によれば比較的安全そうですが、油断しないでください」
「分かっている。タモティナも………タモティナ?」
「………………………………」
「はあ、タモティナは俺と同行させる。サンドワームとカラスはレルンを守ってやってくれ」
タモティナは甲板にいるときとは打って変わって、どこも見ていない暗い目をしていた。いわゆる、躁鬱状態なのだろうか。
とりあえずメニコウに指示に従い、短剣一本しか持っていないギルドマスターについていく。
「久々の砂漠の日差しは熱いものですね」
ドーム状の家を出たレルンはそう言いながら太陽を仰ぎ見る。
天高く上った太陽は、遮るものがない者達へ容赦なく熱を直射していた。
「さーて、早速調査に行きましょうか。ギンセイジュ団相手にあそこまで被害を出した盗賊団ですから、すぐにボロを出すとは思いませんが、見落としがないようにしましょう」
「「「………………………………」」」
ドーム状の家の中で、気まずい沈黙が流れる。
皆は中心に一人の男を置いて囲んでいた。
男は黒い外套で身を包み、これまた黒い布を口に巻いて顔を隠している。そして、両腕を太い縄で縛られていた。
「なあ、ギルドマスター」
「なんですか?」
「私は自分の組織以外あまり良く知らないのだが、『普通』とはこういうものなのか?」
「………いえ、通常の盗賊団であれば、組織の情報が流れるのを大袈裟なほど恐れます。ですが、構成員がこう簡単に見つかるとは………」
出発した後、10分も経たないうちにメニコウの方でコソコソしている男を見つけたらしく、話を聞こうとしたら逃げようとしたので捕縛したらしい。
そして、調査を手伝ってくれている村人の連絡を聞いた俺達が到着するまでの尋問で、男がギンセイジュ団を襲撃した組織の構成員であることは突き止めたみたいだ。
「お、俺は何もしてねぇ! ただあそこで散歩してただけだ!」
「ですが、村人は誰もあなたのことは知りませんでしたし、私達も見たことがありません。装備からして冒険者ということではないようですし、ましてや商人を名乗れるほどの荷物は持っていないようです。つまり、最近外部からやってきたのではなく、軽装でも十分な範囲に根城を構え、そこから活動していると思います」
「私もヒズネと同意見だ。この装備であそこを闊歩できるのは、すぐに逃げ込める安全地帯があるからだろう」
編纂者の言う通り、男は水筒すら持っておらず、その状態で『砂漠を散歩』は怪しすぎる。
編纂者とハンターの言葉に男は目が泳ぎ、何かを探すように視線をぐるぐると回す。
そのとき、男の視線と俺の目がかち合い、男が「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げた。
「………ふむ、サンドワームさん、ちょっといいですか?」
何か考えがあるのか、レルンは聴覚が敏感な俺にだけ聞こえるように微かな声を発した。
「どうやら、あの方はサンドワームを恐れているようです。まあ、それが普通の反応なのですが。それはひとまず置いておき、今から僕は演技をしますが、その最中におけるあなたへの指示は全て無視してください。あなたはただ、あの方を見つめていてください」
レルンはそう言うと、俺が頷くのを見ずに男の前へと移動した。
「な、子どもが何の用だ! って、気持ち悪い目だな………」
「まずは一つ、質問します」
男の言葉に全く反応せず、冷たい雰囲気を纏った少年が言葉を紡ぐ。
「あなた方の拠点はどこですか?」
「拠点? んなもん知るかよ! 俺はあそこを散歩してただけだ!」
「なるほどなるほど。あなたはその姿勢を保つんですね? 分かりました」
そこでレルンは俺に視線を向け、男も釣られて俺を見る。
そして俺は、レルンの言葉通りに男へ目を向け続けていた。
「あのサンドワーム、実は本当にテイムできたかどうか怪しくてですね」
「おい、何を言い出す………かと思ったが、確かに確証は得られていないな」
状況が分からなかったメニコウがレルンに反論しようとしたが、レルンの目配せで全て察したのか、すぐさま演技に乗ってきた。
タモティナは暗い目で彼方を見つめて話を聞いておらず、ハンターと編纂者は目を丸くしているが、このまま見守るのか話には入ってこない。
「ええ、今も『待て』の指示を出していますが、本当に待ってくれているのか、いつまで待ってくれるのか………」
「………なんだ、なにが言いたい?」
「さて、僕は『待て』の指示を出していると言いましたが、何を待てと言ったか………お分かりですか?」
「ああ? んなもん知るわけねぇ………………って、おい、まさか!?」
「さてさて、砂漠の悪魔とも称され、その無数の鋭い歯によって咬まれた者は多大なる苦痛を味わうと言われているサンドワーム………………獲物を目の前にして、人間の指示なんか聞きますかねぇ?」
「おい待て! 分かった! 分かったからそいつをどっかにやってくれ!」
男の態度が急変し、レルンは俺に向けて頷いた。おそらく、男の言う通りにしろということなんだろう。
ここは従ってドーム状の家から出る。ここでも、中の話は聞こえるから問題ない。
「………それで、話してくれますか?」
「分かった、分かったよ! くそっ、俺は確かに盗賊団の一員だ。だが、あんたらの言うぎんせいじゅ?なんか襲ってねぇ! 俺らはただ、言われた通りノドルゴの近くにいた旅団を襲っただけだ! だけど、ああクソッ! あの竜が邪魔しやがった! あいつのせいで、何人もの仲間が………!」
ノドルゴ、確かあの焦茶色の尖塔のことのはずだ。つまり、この男が所属する盗賊団がギンセイジュ団を襲ったのは間違いない。しかし、当の本人達は誰を襲ったのか知らなかったらしい。
「ふむふむ、それで、あなた達の拠点はどこですか?」
「あ? 言うかよそんなこと! ただでさえ仲間が少なくなったんだ、これ以上減らしてたまるかよ!」
竜への怒りで態度も大きくなり、俺を使った脅しを忘れ始める。
中に入って口の中でも見せようかと思ったら、急にレルンの優しい声が聞こえた。
「その竜は、そこのハンターさんが討伐してくれました。人を喰った冒涜の竜に相応しい、残酷な死に方をしたと聞いています」
「え? あ、ああ、そうだ。やつの頭蓋を切り開いて脳の欠片を振り撒いてやったぞ」
ハンターはレルンの急な振りに驚きつつもしっかりと乗る。
そんなことしたとは聞いていないが、まあ十中八九嘘なのだろう。なんせ、声が少し震えている。
「ほ、本当か? 仲間を喰ったあいつを、やってくれたのか?」
「ああ、確かに息の根を止めたぞ」
「そう、か………」
男が深い息とともに少しの間黙る。
そして、口を開いた。
「場所は………さすがに言えないが、入り口は教えてやる。あの岩山の麓、小さいオアシスと山の間の洞窟だ。それ以上は言わん」
「まあ、いいでしょう。そこからは自力で調査しましょう」
「小さいオアシス………あそこですね。確かにあそこは大きな岩が多く洞窟も点在しています。あのうちの一つでしょうか」
「まだ時間はありますし、このまま壊滅させましょう。この男は僕が見張っておきます。皆さんは盗賊団の捕縛をお願いします」




