33、忘却は此処に
「つまり、竜巣のそばの村で見つけた紙を片手間で解読した結果、簡単に読めるようになったと?」
「か、簡単というわけではないが、古代語よりかは早く読める、と思う」
窓から差し込む光は消え、月光だけが照らす夜。
先ほどまでのどんちゃん騒ぎから一転、部屋の中はシリアスな雰囲気で包まれた。
「ハンターさんは、解読士の才能をお持ちのようだ。それも、類い稀なる才能を」
「えっと、私はそれがなんなのか分からないから、才能と呼ばれても………」
「………まあ、狩りを生業とする者に解読の才など不必要でしょう」
どうやら、ハンターは解読困難な暗号を簡単に解くコツを発見していたようだ。
「誰でも容易に作れるのなら、鍵さえ分かれば誰でも解ける、ということか………」
「よ、よく分からないが、私の知識が役立つ、のか?」
「ええ、それはもう。さらに、大まかな場所も判明したのですから」
竜巣のそばの村。俺達がハンターと最初に会ったときのあの村だ。
その村に、ギンセイジュ団に牙を向いた盗賊の一味がいる可能性が高いらしい。
「それは………我々も害される可能性がありますね」
「明日、すぐに帰ろうか。それと………」
「ええ、我々も村へ同行させてはもらえないでしょうか」
「それはこちらとしても願ったり叶ったりだ。事情を知っている者がいると調査が捗る」
「ですが、こちらも人員不足………調査に出せるのは、メニコウとタモティナ、テイムモンスターぐらいですね」
「それだけあれば十分だ」
なんか確認もせず調査に同行することになった。
メニコウとタモティナはそれでいいのか気になって見てみると、タモティナは暗い目で大きく頷き、メニコウはそれがさも当然かのように黙って話を聞いていた。
文句を言おうかと思っていたが、二人がやる気なのと、こちらとしてもある意味匿ってもらっている立場のため、声を出すのは控える。
「さて、ここで飲みは中断して、明日に備えましょうか」
「ああ、こちらも準備がかかる。ヒズネ、どれくらいで出発できそうか?」
「元々明日で帰還する予定でしたから、かなり早く出発できると思います。少なくとも、明日の昼には行けそうですね」
「ということらしい。その時間、門の外で合流しよう」
「了解しました。では、解散ということで」
ガノパの言葉で皆がテキパキと片付けを始め、あっという間に酒瓶やツマミの皿などが消えた。
ハンター達と編纂者は貰った高級酒を持って帰り、ガノパは空いた酒瓶を抱えて部屋を出ていく。
「よし、それじゃあタモティナはもう寝ておけ。君達には少し話がある」
「………分かった」
タモティナはメニコウの言葉に従って部屋を出て、俺達はその場に残る。
メニコウはタモティナが出てドアが閉まるのを確認してから、話し始めた。
「………話、とは言ったが、どちらかというとお願いになる。どうか、タモティナが暴走しないように見張っててくれないか。砂割竜討伐であまり発散できなかったみたいだからな。勢いのまま敵陣に突っ込むのはごめんだ」
「………ジャア」
「そうか、それはよかった」
俺が頭を縦に振ると、メニコウは肩の荷が少し下りたような笑顔を浮かべ、部屋から出ていった。
しかし、俺達の飼い主とはいえ、タモティナが俺達の方を見てくれるだろうか。まあ最悪、ボディブロックすればいいのだが、大トカゲに両断する武器を持った相手に前を塞ぐのは怖い。
「カア? カア!」
「………ジャジャア」
カラスが俺の不安を感じ取ったのか、慰めるように俺の身体を翼で包み込む。
確かに、俺は一人じゃない。俺はどうか分からないが、さすがにカラスには刃を向けないだろう。
思考が一段落つき、ちょうど眠気も迫ってきたので、割り当てた部屋に行き、カラスとともに夜の冷たさから逃れて眠りについた。
「やはり、飛行船は速いですねー!」
「ここまで近ければ大声でなくとも聞こえる。そんなことより、なぜお前がここにいるんだ?」
空飛ぶ飛行船の甲板の上で、楽しそうに目を細める少年に問う。
しかし、少年は何も問題がないかのように澄ました表情になった。
「僕ができる事務系の仕事は終わらせましたし、それ以外は秘書に投げました。これで晴れて僕も外を歩けるもんです」
「そう簡単じゃない気がするが………」
今にでも船から放り出してギルドの机で書類と睨めっこさせてやりたいが、年相応の無邪気な顔を見るとそんな気も失せてくる。
「それに、あんな楽しそうなら、乗ってみたくもなります」
レルンの視線の先を見てみると、手すりに乗りかかって長い髪をたなびかせながらはしゃいでいるタモティナがいた。そばにカラスもいて一緒に叫んでいる。
「うわー! 速いねぇ!」
「カアア!!」
だが、俺にとってそれは不安材料の一つにしかならない。出発前は誰がどう見ても復讐者にしか見えなかった。なのに、今はもうコレだ。
「早くこの一件を終わらせて、ちゃんと休ませないとな」
タモティナがこの調査に選ばれたのは、残存団員の中で一番強いからだ。あの歳で、騎士に匹敵する力を持っている。
しかし、若年だからこそ、まだ内面が伴っていない状態だ。そんなときに団が襲われ、一番仲の良いミルナを殺された。その他の団員も、そしてアスアサも。
「それで考えるのは復讐………自然な流れだ。この世界ではありふれている。だが………」
だからといって破滅の道を進むのを黙って見ているのはごめんだ。
復讐自体はいい。だが、復讐そのものを生きる目標にしてはダメだ。目標が果たされたとき、生きる意味を失ってしまう。
「ミルナの墓でも見せるか………」
テレリーノの捜索のときに遺物は回収できた。
しかし、あのときのタモティナの頭の中には、ミルナはもう入っていなかった。
そして、今も失くしたものから目を背けて、飛行船の上を楽しんでいる。
「さっきから何ぶつぶつ言っているんですか? 機械化飛行船なんて大変珍しいんですから、ここは素直に楽しまないと」
「そう言ってサンドワームに釘づけなのはどこのどいつだ? サンドワームも、タモティナのところに行かないのか?」
「ジャー………………ジャジャア」
サンドワームはタモティナのところには行かず、俺の足元で風を避けている。感覚器官が敏感なため、こういううるさいところは苦手なのかもしれない。
「中に入っていてもいいんだが………まあ、そこまでは、か」
「ジャア」
サンドワームの視線は常にカラスの方に向いている。手すりから落ちないか心配なのだろう。カラスは落ちても自力で飛べるとはいえ、飛行船には追いつけまい。
さすがに、タモティナと一緒にいてもそこまではしゃぐわけではないだろうが………
「念のため注意してくる。お前は一応サンドワームを見ててくれ」
「言われずとも」
レルンにサンドワームの監視を任せ、俺はタモティナの肩に手を置く。
「わ、わぁ!?」
「はしゃぐのはいいが、落ちないようにな」
「分かってるって!」
タモティナは笑顔でそう応える。
それが、どことなく壊れている気がしてならない。
長年一緒に暮らしているとはいえ、タモティナの気持ちを全て理解しているとは言えない。
この子がどう考え、どう感じているのかも、分からない。
俺はただ、信じるしかない。




