32、人の性
討伐隊出発の次の日の昼、なんとすぐに帰ってきた。
組み立て式の荷車の上には砂割竜のものと思わしき甲殻やヒレがあり、あれだけ強力な砂割竜をたった一日で討伐していた。
街は一気にお祭りムードになり、俺が外に出てもそういう視線が明らかに減っていた。
「あ、サンドワームにカラス。ただいま」
「ジャ、ジャア?」
討伐隊の一員だったタモティナは、なぜか雰囲気に飲まれずに落ち込んでおり、宿屋に着いた瞬間に部屋に入って眠ってしまった。
「あ、おいサンドワーム、まだテイム認可書がないから動き回るなと言ったはずだが………ああ、タモティナが気になるのか」
周りとの落差が酷いのが心配でタモティナの部屋の前でうろうろしていると、メニコウに見つかった。
「どうやら、自分の武器がヤツに通用したことと仇討ちで息巻いていたんだが、戦闘中は目立って活躍していないらしくてな………気にすることはないって言ったんだが、この通りだ」
なんか、分かる気がする。
明らかな強敵に自分だけがダメージを与えれていたのに、再挑戦のときに別の人がもっとダメージを与えていたときはなんか、萎えるからな………
「今はそっとしておいて、あいつが話しかけにきたら応えるくらいでいい。あいつには、休息が必要だ」
確かに、タモティナは砂割竜に襲われた数日後に討伐隊に参加したので、心体ともどもかなり疲労しているだろう。
大人しく元の部屋に戻り、やることなくぐでーっとする。
しばらくして、メニコウに呼ばれて宿屋の一際大きい部屋に移動した。
そこには、同じくメニコウに呼ばれたらしいタモティナと、タモティナが所属するギンセイジュ団の団長であるガノパ、そしてなぜかハンターと編纂者もいた。
「これより、会議を始める。この場にいない者は別の要件をこなしてもらっている」
全員で丸テーブルを囲んでいる中、ガノパが話し始めた。
「まずは、礼を言わさせてもらいましょう。砂割竜の討伐、ありがとうございます」
「い、いや、あれは私だけの力ではない」
ハンターはガノパのような男性を相手したことないのか若干緊張気味で、編纂者もどことなくぎこちない。
それに対してタモティナは明らかに無気力で、片手にある紙片をぼーっと眺めている。
「討伐隊の援護もあった上、何よりすでに体力を削ってくれていたおかげだ。貴女が、あの赤い亀裂を作ってくれたから、私の一撃がより深くに突き刺さった」
「………………え、私?」
急に話を振られたのに驚き、タモティナは紙片をテーブルの上に落とす。
しかし、タモティナはそれを気にすることなく、怪訝な表情になった。
「えっと、赤い亀裂なんて、私は知り………ません。それは私がやったことではないです」
「ん? そうなのか? では、目が潰れていた形跡があったのは?」
「あ、それはアスアサがやりました。そういえば、アスアサは最期に何かやっていたような………?」
「その何かとは?」
「………すみません、暗くてよく見えなかったんです。サンドワームなら見えたかもしれないですけれど………」
「砂漠蠕虫か。ええっと………体で表現できないか?」
ハンターの要望に応え、体を上に伸ばして口を開き、アスアサが咲かせたあの赤い大輪を表そうとする。
しかし、ハンターにはいまいち伝わっておらず、ただグロイ口内を見せつけただけだった。
「そ、そのくらいでいい。だが、サンドワームが表現しようとする辺り、そのアスアサさんが赤い亀裂を生み出したと見ていいな。しかし、それほどの実力者を失くすとは………残念だ」
「ええ、将来は私の座を継がせてもいいと思うくらいには、良い冒険者でした」
ガノパの言葉にタモティナがギョッとして、すぐにメニコウの方に向く。
しかし、メニコウは特段気にした様子はなく、ガノパとハンターの話を見守っていた。
「ですが、今はその話はやめましょう。早速ですが、本題に入らせてもらいましょう」
「ああ、そうだ、なぜ私達を呼んだんだ?」
「ほんの、お礼ですよ」
ガノパはテーブルに両手をつき、そして頭を下げた。
「砂割竜を、奴を討伐していただき、感謝します………!」
ガノパから、滲み出るような低い声が響く。
その言葉に込められた想いはタモティナやメニコウを動かし、二人ともガノパ同様にハンター達に頭を下げた。
「え、いや、あ、頭を上げてくれ。私はそこまでのことは………」
「ええ、1日で帰ってきたのを見る分に、苦戦はしなかったのでしょう。しかし、貴女が砂割竜と対峙するまでに、多くの者が奴によって命を落としていきました。我々ギンセイジュ団の団員も、犠牲者の中の数人になりました………」
ガノパの話が進むにつれ、頭を下げ続けるタモティナから小さな嗚咽が聞こえ始める。
すでに頭を上げたメニコウも、声はないものの目尻が赤くなっていた。
「だからこそ、お礼をさせてほしいのです」
ガノパは急に頭を上げると、どこからともなく取り出した酒瓶をドンッとテーブルに置いた。その酒瓶には高級そうなラベルが貼られてある。
「我々の財産の4分の1を持って購入した、30年物のアルケイルです」
「な、そこまでしなくても、報酬で十分なお金は………」
「それはお金でしょう。これは、気持ちです」
ガノパは素手で酒瓶のコルクを引っこ抜く。
その瞬間、辺りに芳醇な葡萄の香りと仄かなアルコールの匂いが満ちた。
「これは、か、かなりの高級品ですね………」
「ええ、これを貴女達へ。そして、我々も、飲んで次に行くとしましょう」
アルケイルをハンターに渡したガノパは、さらに別の酒瓶を何本もテーブルの上に置く。その酒瓶にはラベルは貼られておらず、先ほどのものよりかは安いようだ。
「さあ、宴にはまだ早いですが、たんと飲みましょう」
そこから、緊張していた雰囲気は一気に和やかななものになり、皆はガノパが用意していたツマミを食べながら酒を呑んでいく。
そして、そこからしばらく経ち、窓から差し込む陽光がオレンジ色になった頃。
「わ゛た゛し゛か゛こ゛ろ゛し゛た゛か゛った゛ぁ!」
「そうだな、俺も奴に一泡吹かせたかった………」
「あ、あの、止めないんですか………?」
「今は吐き出させるのが良いでしょう」
「そうだぞ! 酒は万病の薬だ!」
「ハンターさんも悪ノリしないでください!」
タモティナがメニコウと肩を組んで酒をどんどん呑みながら騒いでおり、ハンターはその背後で叫びながら酒瓶を振り回している。
ガノパはそんな3人を見ながら静かに呑み、唯一酒を呑んでいない編纂者は騒ぐハンターを見てオロオロしていた。
そして俺はというと、
「あ、あの、サンドワームさん、止めるの手伝ってくださーい!」
「………ジャア」
「ちょ、無視しないでください!」
さすがにサンドワームの俺に酒を与えることはなかったものの、中々大きい燻製肉をもらったので、それをチビチビ食べている。ちなみに、カラスはタモティナに酒を飲まされて一緒に騒いでいる。
「ハ゛ン゛タ゛ー゛さ゛ん゛強゛い゛ぃ! わ゛た゛し゛、何゛も゛て゛き゛な゛か゛った゛あ゛ぁ!」
一番大きな声で叫ぶタモティナの言葉は、ハンターへの嫉妬を如実に表していた。
「いや、君の攻撃は確かなダメージを与えていた。だがな、少し遅すぎたな!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ!!」
「そうだなそうだな。もっと切り刻んでやりたかったよな………」
「メニコウさん! しんみりしながらがぶ飲みする高等芸能を披露しないでください!」
もう部屋の中はカオスだ。しかし、俺は我関せずを貫き肉を食べ続ける。
そのとき、大半が肉で占められた視界に白い何かが映った。
尻尾でそれを目の前まで寄せると、ミミズがのたくったような文字が書かれた小さな紙片だった。
「サンドワーム! お前も呑んでみるか!?」
「ジャア!?」
紙片をよく見ようとすると、アルコール臭いハンターがこっちに絡んできた。
即座に編纂者に視線を向けて助けを求めるが、編纂者はついに酒の誘惑に負けたらしく、ガノパの隣でチビチビと飲んでいた。
「おい、私を無視するな!」
「ジャア………」
ハンターの最初の印象はかなり冷静そうな人だと思っていたのだが、素はそうでもないのかもしれない。
俺の尻尾を掴んでその先っぽを振り回されたり、口の中に酒を入れられそうになったりしていると、ハンターの動きが急に止まった。
「………ジャア?」
不思議に思ってハンターを見ると、ハンターの視線はテーブルの上にある紙片に向けられていた。
「これは………」
赤い顔をしながら無表情になり、先ほどの騒ぎようが嘘のように静かになる。
少しふらついているハンターの手は紙片を拾い上げ、じっとそれを見つめた。
そして、
「『陽、頂きに上る時、嵐が大木をへし折り、砂漠に出た蟻どもは蠍に喰われる』? なんだこれ?」
すらすらと読み上げた。




