30、討伐依頼前半・砂中の暴君に手向けの花を
「よし、今日はここでキャンプしよう」
「分かりました。皆さーん、今日はここまででーす!」
ヒズネの声に、隊員たちが水殿の中へ一斉に腰を下ろす。
しかし、その顔に疲れが見えても、目は爛々と輝いている者が多い。今回の砂割竜『ダランディルス』は相当に恨まれているらしい。
だからこそ、私が狩り、被害を食い止めなければならない。
「ハンターさん、周囲の状況が分かりました。どうやら、ここは砂割竜の活動が活発なエリアのようです。砂面の凹みからあちこちに移動用の通路が張り巡らされていると考えて良いでしょう」
周りの偵察を終えたヒズネがそう報告する。
編纂者としての技量もさることながら、周りの状況を瞬時に判断できる偵察者の適性も高い。
「分かった、ありがとう。なら、一度爆弾か何かで地面全体に衝撃を与えなければ、まともに戦えそうにないな」
「そうですね。幸い爆薬は大量に持ってきていますし、その、言いにくいですが、爆破用員もいることですし………」
爆破用員。いわゆる自爆者。
それは、私達についてきた小さな犬の獣人だ。
言葉を喋れない個体が多いが、人の言うことを理解し、共に戦うことができる。しかし、大きさの関係上、ダメージになり得る武器は持てないため、深い毛を利用した自爆特攻が主流だ。
本人も自爆によるダメージは少なく、『役に立っている』ということこそが報酬であるとかなんとか
言う者もいるため、ヒズネのように気にする必要はない。
「まずは響音罠を仕掛け、その周りに爆薬を仕掛けるか」
「そうですね、警報代わりになるでしょうし、ついでに場面整理もできて一石二鳥ですね」
「その、あらーむ?というのは?」
「あ、その、警報………いわゆるモンスター接近の大笛のようなものです………」
ヒズネはときどき、よく分からない言葉を使う。
私が知らないだけで、王都では普通なのだろうか。
「えっと、その、爆薬を仕掛けてきますね………」
「あ、ああ、気をつけてくれ………」
ヒズネは爆薬を積んだ木箱を軽々と持ち上げ、そそくさと水殿から出ていく。
ヒズネは『ハンター』出身ではないが、ハンターと同じような訓練を受けてきたため、そこらの冒険者よりも格段に強い。仮に砂割竜の奇襲を受けても、確実に生き残れるだろう。
「あ、あの、その、ちょっといいですか?」
「ん? なんだ?」
後ろから声をかけられ振り向くと、隊の中では一際若い冒険者がいた。冒険者ギルドの高報酬依頼に釣られた若手だろうか。
「じ、自分、ラフルーガって言います。その………前の捜索隊で、兄が………砂割竜に、やられて………」
彼の言葉はそこで止まりかけるが、涙を湛えた目を真っ直ぐ私に向けた。
「ヤツの弱点を教えてください! 今すぐにでも砂漠を走り回ってヤツを探したいですが、兄のためにも二の舞にはなりたくないんです!」
それは、復讐の声としてはあまりにも力強かった。殺して終わりじゃない。生きるために殺すのだと。
その瞳は、かつて歴戦のハンターに縋りついた少女の目と酷似していた。
「………分かった。だが、無理はしないでくれ」
「分かってます!」
「あー、すまん。少しいいか?」
新たな声に振り向くと、今度は壮年の冒険者がいた。筋骨隆々のその身体には、真新しい包帯が巻かれている。
「その話、俺も聞かせてくれないか? いや、ハンターさんの力の前では、俺達なんてちっぽけだ。だが、だからといって何もしないのは阿呆のすることだ」
「あ、お、俺にも聞かせてくれ!」
「私も!」
気づけば、疲れて座っていたはずの冒険者達が私の周りを囲っていた。
目は怒りの火に燃え上がっているものの、誰一人として死ぬつもりはないようだった。
「………すまない。私は貴方達の覚悟を侮っていたようだ」
「いや、それは仕方ねぇことなんだ。実際、俺達がヤツの弱点を知ったところで何かできるわけでもねぇ。だけど、ヤツを殺したい気持ちは全員一緒なんだ」
「分かった。全員に話が聞こえるよう、場所を変えよう」
「まず、砂割竜の生態から知っておいた方がいいだろう。
砂割竜は砂中の奥深くを高速で移動し、獲物を見つけると下から一気に跳び上がる。
耳は砂漠蠕虫よりも良い上に、砂を割って進むため音も少ない。
さらには、砂割竜の上半身の甲殻には微細な逆棘があり、そこに砂が積もることで硬い鎧となる。
だが、逆棘のない下半身は比較的柔らかい上、大きな音を聞くと驚いて地上まで跳び上がる習性がある。
今回は、その弱点を突く」
水殿中央の広間で、冒険者達に砂割竜の説明を終える。
すると、あの若手の冒険者が手を挙げた。
「あ、あの! 下半身が柔らかいって言ってましたけど、属性は何が効くんですか?」
「雷だ。何回も受ければ麻痺状態にもなる」
「か、雷か………使い手はそうそういないぞ………」
私達ハンターは魔法を使えないため実感がないが、雷魔法を使う人は相当に珍しいらしい。習得の難しさもあるが、一番は適性の影響を受けやすいことだとか。
「まあ、そこは安心してくれ。私が持ってきた大剣は斬雷竜の素材でできている。属性のことは気にすることなく攻撃してほしい」
「ハンターさんは当たり前のようにスゴイ武器を持ってるな………」
私の背にある大剣を見て、冒険者達がため息をつく。
どうやら外の世界では、属性付きの武器は魔法を付与することでしか作れないらしく、魔法付与できる職人が少ないのも相まって非常に貴重だそうだ。
「ま、まあ、それは一旦置いておいて、ハンターさん、罠の設置が完了しました」
「ありがとう、ヒズネ」
空になった木箱を抱えたヒズネが帰ってきた。
そばには砂塗れになった犬の獣人がいる。響音罠の設置で大量の砂を掘ったのだろう。しかし、当の本人は掘り欲を満たせたようでどこか晴れやかだ。
「響音罠は計3個、爆薬は罠それぞれの周りに20個仕掛けました。罠の方は任意でも発動できます」
「分かった。では、その罠の発動とともに攻撃を………」
ッキイイイイィィィン!!!
水殿の外から、特徴的な甲高い音が響いてくる。
その後、耳をつんざく爆音とともに地面が揺れ、冒険者達の間にどよめきが走った。
しかし、これは………
「わ、罠の発動です! 砂割竜が罠に引っかかりました!」
「準備を整えろ! 砂割竜が混乱している時間は少ない!」
冒険者達は何が起きているのか分からなかったようだが、あの若手の冒険者が私の言葉を聞いていち早く動いたことで他の冒険者も動き出し、各々の得物を準備する。
私はすでに準備を終えていたので、そのまま水殿を飛び出した。
その後をヒズネと獣人が追ってくる。獣人の方はすでに爆薬を積んだ樽を掲げていた。
「ヒズネ、位置は!?」
「そのまま真っ直ぐです!」
ヒズネの言葉通りに走っていると、地盤沈下が起こったかのように周囲より一段沈んでいる場所があった。
その中心に巻き起こっている砂埃の中で、大きな影が蠢いている。
「これが、今回の討伐対象………」
「中々に大きく成長している………」
影は明らかに通常種より大きく、元々の生息地では支えきれないほど成長していた。
「………では、これより砂割竜の討伐依頼を開始します。狩猟、よろしくお願いします!」
「了解した。ヤツは必ず仕留める!」
私は大剣を抜きながら影に向かって走る。
この地の生態系を守り、バランスを保つために。




