3、生きることの次
翌日、俺は砂の中で目が覚めた。
どうやら、寝れば元に戻れるというわけでもなさそうだ。
少し腹が減ったので、地上へ向かう。
砂は少し暖かいが、まだ熱いというほどではなく、風はまだ冷たかった。
耳をすまし、周りの音に集中する。
意外と朝に活動する生物は多いのか、俺の周りから多くの足音が聞こえてきた。
早速、一番近くに聞こえた音の方へ向かった。
音の主は、小さなトカゲだった。
特に俺に気づいた様子もなく、ゆっくり歩いては少し止まり、また歩き始めては止まりを繰り返していた。
止まっている最中は警戒していると思われるので、歩き始めたその瞬間に、後ろから喰らい付いた。
「ッキーー!キキーーー!!」
トカゲが直前に気づいたようだが時すでに遅く、トカゲの鳴き声は俺の口の中へ入っていった。
これくらいの大きさなら、丸呑みは可能らしい。
トカゲはまだ腹の中で暴れていたが、お腹に力を込めると、パキパキと小さな音を鳴らしながら大人しくなった。
腹が、満たされた。
さて、ここらどうするべきか。
生きるだけなら、オアシス周辺の岩場には多くの生物がいることが分かっているため、そこまで苦労しない。
しかし、寝床というか、巣は作っておきたい。
まだ俺以外の捕食動物を見ていないが、いざというときの避難場所が欲しい。
ということで、オアシス周辺を泳いで観察する。
それで分かったのは、どうやらここはオアシスではなかったらしい。
あの岩場はオアシスのそばにあるものだと思っていたが、オアシスらしき池はなく、岩場の中に水が溜まっているらしい。
そして、その岩場の中にも入ってみた。
岩場は迷路のように複雑化した空洞が多く、行き止まりと思われるところからはたくさんの足音が聞こえた。
さらに奥に行くと、地面は砂から土に変わっていき、泳ぎにくくなったために引き返した。
おそらく、この土の地面の先に水があるのだろう。
ただ、サンドワームは目が退化しているため、その先の状況は分からなかった。
今日はここまで。
地上付近が冷たくなり始めたので、砂の深くに潜って眠りについた。
この世界に来てから三日目、全身が少しかゆくなった。
この身体になってから痒みを感じるのは初めてだったので、何か毒を食らったかと思ったが、他に変化はなかったのでとりあえず無視することにした。
それはさておき、この日は寝床探しに勤しんだ。
毎回砂に潜るのは時間がかかる上に、さすがに砂中深くとあってか少し息苦しい。
寝る時はちゃんとリラックスできるようにしたい。
というわけで岩場をぐるっと回っていると、なんの音もしない空洞を見つけた。
その洞はちょうど良い大きさで、奥行きもそこそこ、変な匂いもせず、他の生物がいた痕跡もない。
ということで、そこを寝床にした。
その日はちょうど風が冷たくなってきたので、巣に帰宅途中らしいネズミを捕食した。
その後、本当に空洞に他にも生物が帰ってこないか確認したあと、そこで就寝した。
四日目。かゆみが強くなった。
心当たりがないかよく考えてみたところ、全身がかゆくなるイコール脱皮の前兆の可能性を思い出した。
試しに岩場に身体を擦り付けてみると、皮膚がベロンッという感じで剥がれたため、それを全身やるとかゆみが治った。
しかも、体感でしか分からないが、身体に四つの小さな突起が生えたらしい。
その突起は砂中を泳いだり、寝床まで這いずったりするときにちょうど良い感じで引っかかって進みやすくなった。若干ではあるが。
これはサンドワームの成長なのかよく分からないが、俺はまだ成体ではなかったらしい。
今日はかなりの時間を考察と脱皮に費やしたため、小さなトカゲ二匹を喰ったあとに寝た。前日は遅くまで起きていたからか、熟睡とはいかずともかなり深く眠った。
五日目。トカゲの足音が聞こえなくなった。
心なしか、ネズミの活動も小さくなった気がする。
少々獲物を探すのに苦労したが、そもそも岩場の近くは獲物が豊富だったため、走り回っていたネズミを真正面から呑んだ。
そう、呑むことができた。脱皮で少し大きくなっていたらしい。
これは将来的に、新たな寝床を探すことになりそうだ。
ちなみに、砂や岩の大きさから、俺は掃除機くらいの長さ、大きさだ。そう考えると小さいと思っていたトカゲやネズミは結構でかかったのかもしれない。
この日は特にやることがなかったため、寝床を巣っぽくするため石を集めたりしてみた。
しかし、この身体の口は四つに分かれているため、物を咥えて移動しようとすると砂が口の中に入り、石はあまり集まらなかった。
六日目。とうとうネズミの足音も少なくなってきた。
俺が喰いすぎたのかと思ったが、せいぜい五、六匹くらいで、何十匹も大人しくするだろうか。
トカゲは全く見かけなくなり、耳をすましても風の音しか聞こえなかった。
そこで、俺はわざと音を立てたりしてネズミを追い立て、恐怖に耐えれず走って逃げようとしたところを捕食した。
一応、この状況でも狩りはできることが確認できたので安心していると、その音が聞こえた。
最初は、空洞を通る風の音かと思った。
しかし、それにしてはその音は遠く、規則性があった。
やがて、その音がだんだんと大きくなり、バサァッバサァッと聞こえた瞬間、全身に悪寒が走った。
すぐに寝床の奥に退避し、身体を丸めるようにして防御姿勢を取る。
その音は、聞いたことがある。俺ではなく、この身体が。
「カアアァァーー!!」
音の主はカラスらしい。岩場にガツンッと着陸した。音からして、確実に俺よりデカイ。
今、トカゲやネズミがあまり動かなくなった理由が分かった。
その日はカラスがどう動いているのか警戒しすぎて、いつの間にか寝床の奥で寝ていた。
七日目。カラスが巣作りを始めたらしい。
少し岩場から離れたかと思えば、岩場の頂点に何か重い物を落としていく。
おそらくは岩を用いて巣を作っているのだろう。
ゴツゴツした巣になりそうだが、カラスはそれで良いのだろうか。
狩りは控えた方が良いか考えたが、空腹には勝てず、カラスの離れた隙をついて空洞の奥底にいたネズミを捕食した。
カラスが岩場に帰ってくる時間が不定期なため、結構ドキドキした。
しかし、カラスが巣作りしているとなると、この岩場から簡単に出ていかなそうだ。
一瞬、寝床を放棄して別の岩場を探すことを考えたが、岩場がもう一つあるとは限らず、あったとしても餓死する前に見つけれるか怪しい。
勘違いしそうだが、この岩場周辺は水があるから生物がいるのだ。ちょっと遠出したら全くいない可能性が高い。
とりあえずは、カラスを警戒しながら生きるしかなさそうだ。