28、誰と見るか
「ということで、カラスにこの書類を届けてほしいのだが………」
「カア!」
街に帰還した翌朝の宿屋で、メニコウが糸に巻かれた紙と方位磁石のようなものを持ってきた。
文字は当然読めないが、明らかに良い紙が使われており、かなり重要なものというのは分かる。
「これは、了承でいいのか?」
「カア!」
「了承したのならこの紙を足につけるぞ。あと、導針器を嘴の上につけておく。この針の赤い方が少し右を指す方向に飛んでくれ」
「カア!」
「ある程度進んだら、砂に埋もれた巨大な岩山が見えてくるはずだ。その麓にある村に届けてくれ。『ハンター』という人がそれを受け取ってくれるはずだ。それと、そこに着くまでは2、3日かかるはずだ。用心しろ」
「カア!」
「………本当に分かっているのか?」
「カア!」
メニコウはカラスに紙と導針器を付け終わると、カラスを外に出す。
俺も出発を見届けるため、それについていく。
「よし、大体覚えたな? なるべく早く戻ってこい。仇討ちしたいやつはわんさかいるんだ」
「カア!」
カラスは一鳴きして飛び立ち、上空をぐるりと一周する。
そして、
「ジャ、ジャア!?」
「お、おい、それじゃ遅く」
「カアア!!」
カラスはぼーっとしていた俺の尻尾を掴んだ。
そのまま上空に舞い上がり、呆気に取られているメニコウが、街がどんどん小さくなっていく。
「ジャア?」
「カア」
なんで?という意味を込めて鳴いてみたが、カラスは空返事するだけでこちらを見すらしない。
暴れて落とされたら堪ったものではないため、大人しく宙吊りにされておく。
そのまま下の地面が流れていくのを見る。
しばらくすると、カラスが高度を下げ始めた。
不思議に思って進行方向を見ると、ある水殿が見え始めた。
遠くには神無塔と言うらしい尖塔も見える。
「ジャア………ジャ?」
民殿に降りて中で獲物を探していると、その中が妙に既視感に溢れている感じがした。
なぜかすでに構造を把握している………どこに何があったのか分かる。
そこまで考えて、ようやく気づいた。
ここは、タモティナと会った水殿だ。
「ジャア?………………ジャア!?」
この水殿は導針器が指した方向より少しズレているはずなので、それをカラスに聞こうとすると、カラスはなぜか身体を震わせて紙や導針器を外そうとしていた。
慌てて尻尾でカラスの動きを封じる。
カラスは困惑も対抗もせず、こちらを見るだけだ。
分からない。なぜカラスが人間の意に反するようなことをしようとするのか。
確かに、人間と会ってから様々な出来事に巻き込まれているので、それを嫌がってなのかもしれない。
カラスは、澄んだ目で俺を見つめる。
もしかすると、独り立ち………なのだろうか。
このタイミングで?とはなるが、人間から離れてちょうど良いと思ったのかもしれない。
そして、俺はただの親代わりだ。無理やり止める権利なんて、ない。
するりと、尻尾を解く。
そもそもカラスがこんな大きさになるまで俺にべったりなのがおかしい。
一人で飛べるなら、一人で生きていけるはずだ。
カラスの目を見つめ返す。
もう一緒じゃなくてもいい、と。
「………………カアァ」
………なんか、ため息をつかれた気がする。
カラスはふいっと顔を背け、水殿の奥へと歩いていく。
すぐ飛んでいくと思っていた俺は考えが外れて思考停止してしまうが、すぐに我に返ってカラスを追いかける。
その後、普通にネズミやカエルを狩った後、またカラスは俺を掴んで飛び始めた。
(………………思春期?)
「カア!」
一瞬カラスに落とされかけたので、もう余計なことを考えないようにしよう。
それから何度か水殿に寄ったり、そこで夜を越えたりして、ついに地平線に突起が見えた。
それはみるみるうちに大きくなり、巨大な白色の岩山となる。
その麓に、人工物らしき白い建物群が見えた。カラスはそれに向かって高度を落とす。
その村は、街とは違ってかなり質素だった。
白い石を塗り固めたようなドーム状の家が立ち並び、小さな畑らしきものがいくつか、牛に似た家畜が数十頭いる。
また、細かな岩が対戦車障害物のようになっているため街のように高い壁はなかった。
白い布を包帯のように巻きつけた住民の一人が俺達に気づき、周りにどんどん知らせていく。
すると、その中の一人が一際大きいドームに入り、中から別の格好をした人を連れ出した。
その人だけは他の住民と違い、前世の世界と大差ないゆったりとした洋服を着ている。
その人は空中を旋回する俺達を見つけると、大きく手を振った。
カラスはその人の前に降りる。
「砂漠大鴉は連絡用として分かるが、なぜ砂漠蠕虫が?」
その人はどうやら女性のようで、どことなく鋭い雰囲気を感じる。
だが、敵意はないらしく、ただただ困惑しているだけだ。
その女性の後ろから、別の女性が現れる。少しピシッとした格好からして事務系だろうか。
「凶暴ではないようですから、人に飼われているのでは?」
「はあ? あの砂漠の悪魔を?」
事務系の女性の言葉に、住民があり得ないという風に反応する。
まあ、サンドワームは前世の世界でも恐ろしいモンスターとして表現されていた。それが現実となつた世界では、こんな反応になるのも当然だ。
「まあ、いい。私はこの村で調査拠点を構える『狩人』と言う者だ。こっちは調査結果を纏める編纂者のヒズネだ」
「カラスさんとサンドワームさん、よろしくお願いしますね」
「して、その手紙は誰宛てなんだ?」
カラスは足に巻きつけられた書類を器用に嘴で外すと、それをハンターと名乗る女性に渡す。
ハンターは差出人を見たのか、少し真剣な面持ちで書類を広げた。
それを、編纂者はハンターの肩越しに見る。
「これは………我々の方でも問題になっていた砂割竜の討伐依頼ですね」
「棲家を投げ出していたのは分かるが、なぜそんな遠いところまで?」
「それは別の調査隊に任せて、私達は依頼人の方へ行きましょうか」
どうやら、依頼を受けることは決定事項のようだ。
ハンターは書類を編纂者に渡し、準備するべくドームの中へと戻っていく。
その途中、俺達の方を振り向いた。
「そうだ、君達も乗るか? さらに速い速度を体験できるぞ」
「カラスさん、楽しそうですねー!」
風の音がうるさい中、編纂者が俺にそう叫ぶ。
カラスは船首に立ち、その烈風を一身に受けていた。
「あと数時間で着くそうだ。今のうちに楽しんでおいた方がいい」
ハンターの声は、この強風の中でもよく通る。
編纂者はハンターの近くに行き、何か話し始めた。
ここは、鉄製の船の甲板。しかし、進んでいる場所は海でも、ましてや砂漠でもなく、空だ。
上を見ると、そこにはジェットエンジンのような機構とガスでの浮遊機能を組み合わせた気球がある。
燃料がある限り、どんなところでもひとっ飛びできるほどの速度があるらしい。
なので、俺達が3日ほどかけて飛んだ空路をたった半日ほどで踏破し、その日のうちに街へと帰ってきた。
「いや、もう2、3日かかると思っていましたが………まさか飛行船を使うとは」
「すでに甚大な被害が出ていると聞きました。我々の管轄下で起き、尚且つそれほどまで大事になったのはこちらの責任です」
「いや、相手は自然です。それを制御できないのは、ハンターギルドの方がよくご存知でしょう」
「だからこそ、その自然の一部である我々人間が、バランスを保たねばいけないのです」
飛行船は街の外に着陸したあと、ギルドマスターが出迎えに出てきて、編纂者と話している。
一方、俺とカラスはというと、
「よくやってくれた。一応、礼としてこれをやろう」
ギルドマスターと一緒に出てきたメニコウが、俺達に向けて何かを差し出す。
それは、深い蒼色の水晶玉で、とても貴重そうなものだった。
「ギンセイジュ団家の片付けが終わったんだが、報奨金代わりに貰った物をしまっておいていた部屋が崩壊して、さらなる後片付けに追われている。だから、その一環として貰っておいてほしい」
と言われても、こちらとしても貰っても意味がない。と、思っていたら。
「どうやら、これは大量の魔力を内包してるらしい。報酬としてくれた人いわく、魔物がこれを食えば、必ず『進化』するほどの力を持っているらしい。まあ、眉唾物だがな」
そういうことならと、尻尾で受け取る。
すぐさまカラスの目の前に出してみるが、カラスは首を横に振って拒否した。カラスの進化先を見てみたかったのだが、まあ本人が拒否するなら仕方がない。
水晶玉を口に咥え、力を入れる。
すると、水晶玉はパキッと小さく鳴り、その瞬間に砂のように口奥へと流れていった。
そして、ステータスを見てみる。
〈名前〉ファドマ・レニア
〈種族〉%%%%・%%%%・%%%%
〈スキル〉砂泳Lv3・咬合Lv3・消化Lv2・飢餓耐性Lv3・翻訳Lv1
〈称号〉翻訳者
変わってなかった。経験値が足りなかったのだろうか。
「ん、まあ、噂モノだからな。あまり気にしない方がいい」
少し落ち込んでいると、メニコウからそんな励ましの言葉が来た。
まあ、サンドワームの進化といえば脱皮のはずなので、時間が経ったら進化するのかもしれない。




