24、砂窟の奥にて数多の命を
「はああぁ!!」
「ギュルアッ………!」
カラスを咬みに行こうとしたサンドリザードの首を壊刃で刎ね飛ばす。
しかし、仲間の死体すら踏み台にして別のサンドリザードが迫ってくる。
それはカラスが体当たりして防いでくれた。
「はあ………はあ………」
ダメだ。明らかに数が増えているし、通路もどんどん狭くなっていっている。このままではジリ貧どころか5分と待たずに防ぎ切れなくなる。
「う、上を崩落させて塞ごう!」
そう言ったはいいが、現実的ではない。
砂窟の壁はかなり硬く、壊刃を投げるだけでは意味がない。
カラスが思いっきり体当たりしてくれれば崩れそうではあるが、すでに5体を相手にしているカラスにそんな余裕はない。
「もっと狭いところ行くよ! 死体で道を塞げば、なんとか………!」
さらに後退し、通路の狭さを活かして正面の敵を減らす。それしか、できない。
「誰か、誰か来てくれれば………!」
「ジャア!」
「なんだ? 何か見つけたのか?」
明らかな戦闘音。
そしてあの羽ばたく音は、カラスのものだ。
「あ、おい! 潜れたのか!?」
身体をねじるように進むのではなく、ドリルのように回転させて地面に潜る。これなら土のように硬い砂でも掘り進める。
さすがに進みは遅いものの、這って移動するよりかは速いはずだ。
しかし、目の前の音は、大量の足音は。
「おい、この死体の数は………」
後ろからアスアサの困惑した声が聞こえる。
アスアサの言う通り、徐々に狭くなる通路には夥しいほどの大トカゲの死体が転がっていた。
だが、俺はそれを気にする余裕はない。
なにせ、向こうもそんな余裕はないはずだから。
「………く! だ………か!」
かすかに聞こえたタモティナの声を頼りに、最短距離を掘り進める。
すると、人一人がようやく進めるほどの通路の天井付近に出た。
下では大量の大トカゲの屍が壁を作っており、興奮している大トカゲとタモティナ達を分断していた。
「さ、サンドワーム!? って私がテイムした子か!」
「カアア!」
一瞬、タモティナから武器を構えられそうになったが、俺と分かってくれたみたいだ。
ざっとタモティナ達を見ると、傷の跡こそあるものの、血は出ていないようだった。
問題は、あの量の大トカゲだ。
仲間を殺されたことで興奮しているのか、その仲間の死体でできた壁すら仇のように攻撃している。
あの壁が破られるのも時間の問題だろう。その前になんとかしなくては。
とりあえず大トカゲをタモティナ達から引き離すため、大トカゲの群れの最後尾に顔を出す。そして、
「ジャアアアァァ!!」
思いっきり叫んだ。
しかし、たった一匹がこちらをチラッと見ただけで、誰も俺の方に着いてこなかった。
「お、おい、叫んでたが、一体何が………って、うわぁ………」
やっと追いついてきたアスアサが、目の前で蠢く大トカゲの群れを見て大きく引いた。
だが、叫んだ俺にヘイトが向いていないのを見て何かを察したのか、アスアサも剣と鞘を打ち鳴らし始めた。
「おら、こっちだ馬鹿野郎ども!」
すると、高い音が癪に触ったのか、ぞろぞろと大トカゲがこちらを向いた。
この人、今まであまり関わってなかったけど、結構優秀だ。
「これでいいんだろ、サンドワーム!」
「ジャア!」
アスアサとともに、すぐに踵を返して脱兎の如く逃げる。
とにかく今は、タモティナ達から大トカゲを引き離す。
あとは俺が天井を崩すなりなんなりすれば、簡単に閉じ込めることができるだろう。
「はあっ………はあっ………もういいんじゃないか? さすがに私が持たんぞ………!」
回転する視界で目の前を走るアスアサを見ると、だいぶキツそうだ。
俺もだいぶ気持ち悪くなってきたので、今度は地面ではなく壁を掘り進み、意図的に穴を開けるように大きく動く。
質量の圧力で固まった砂でもそこら中に穴を開ければ、あとは簡単に崩壊する。
「そういうことか!」
アスアサは、背負っていた荷物から何か黒いモノを取り出し、それを俺の後方へ放り投げる。
すると、凄まじい閃光と衝撃、轟音が通路内を駆け抜けた。
どうやら、なんらかの爆発物のようだ。
そして、それが引き金となった。
ゴゴゴ………と通路が揺れ、直後に後ろの天井が崩れ始めた。
だが、大トカゲ達はそれを意に返さず、何匹かは砂塊に押し潰されながらも、砂色の群れは俺達目掛けて口を開いた。
その直後だった。
「ッ!? 奴だッ!」
通路の一部の壁が大きく盛り上がる。
そして、
「デュルバアアァァ!!」
あの特徴的な巨大な口が砂色の群れに突っ込んだ。
「「「ギャルアァ!!」」」
大トカゲ達は一斉に咆哮し、砂割竜へと襲いかかる。
しかし、砂割竜は再び壁に潜り、群れを回避した。
かと思えば、再度壁から出てきて群れに突っ込む。
「チッ、遊んでやがる………!」
アスアサが忌々しげに舌打ちをする。だが、今がチャンスだ。
ここまで来れば、通路はかなり広い。カラスが群れの上を飛べるくらいには。
「カアア!!」
俺の考え通り、砂割竜と大トカゲの乱戦を飛び越えてカラスがこちらに向かってきた。その足には、タモティナがぶら下がっている。
「援護する!」
アスアサはそう言いながらその辺の固まった砂塊を拾い、タモティナに喰らい付こうとした大トカゲ目掛けて投げつける。
なかなかに投球の才能があるのか、狙いは寸分違わず大トカゲの顔に直撃し、群れの海へと落ちていく。そこへ、砂割竜が何匹かを咥えながら横切った。
もはや通路は地獄の様相だ。
タモティナ達が作り出したであろう死体もさることながら、現在進行形で新たに作り出される死体が千切り乱れ、肉を、血を、骨を、そして鉄の臭いを撒き散らす。
この状況を作っている張本人たる砂割竜は、その血こそ喜びと言うかのように、狂ったように群れの中心で暴れている。
「あとちょっと………………………抜けた!」
血みどろ溢れる戦場からようやく脱出できたタモティナは、崩れ落ちるようにアスアサへとダイブする。
………カラスが無造作に落としたように見えるのは見間違いだろうか。
「カア!」
カラスはカラスで俺の目の前に着地し、ところどころ羽毛が抜けた頭を擦り付けてきた。
それがくすぐったくて、また温かみを感じて、自然とカラスの頭を尻尾で撫でる。
しかし、ここはまだ戦場の隣だ。安心するのはまだ早い。
「ギュルア!!」
地獄から抜け出してきた大トカゲの一匹が、こちらへと向かってくる。
地獄で鳴り続ける聞きたくない音と視界を塞ぐカラスで察知が遅れた。
が、
「ギュボッ!」
車輪のように地面すれすれを飛んできたタモティナの武器が、口を開けた大トカゲの首を刎ね飛ばした。
「早く逃げるよ!」
タモティナのその一言で全員が走り始める。
血が舞い散る音はどんどんと遠くなっていき、通路が響く振動も弱まっていく。
それでも、皆は俺を見てまだ走り続ける。
この中で一番感覚器官が鋭いのはサンドワームである俺だ。その俺があの地獄を感知しないところまで逃げたいのだろう。
やがて、音は完全に聞こえなくなり、振動も消えた。
「もう………もう、いいんだよね………?」
「ジャア」
タモティナの問いに頷く。すると、皆は一斉に力を抜いた。
「サンドリザードに囲まれて死ぬかと思った………」
「まさか、あの量がいるとはな………………いや、ソレが目的なのか………?」
意味深なことを呟くアスアサに、俺と同じ疑問を抱いたタモティナが問う。
「………ソレって?」
「そもそも、奴はこんなところにいる竜じゃない。奴はもっと東にある竜巣にいるはずだ」
「じゃ、じゃあ、なんでここまで?」
「分からない。ただ、竜巣で何かあったことは間違いないだろう。それで興奮状態のまま棲家を追われた。そして、おそらくは獲物を確保するために、砂蜥蜴どもを引きずりこんだ」
「でも、あんな量は必要ないんじゃあ………」
「言っただろ? 興奮状態だって。今、奴は棲家を追われた苛立ちを格下相手にぶつけているんだろう。私達はその中に落ちてしまったわけだ。いや、もしかすると罠を張っていたのかもしれない。あのネームプレートをわざと置いて」
「………………えっと、つまり、あの砂割竜は私達を弄ぶために引き摺り込んだと?」
「………その可能性は、否定できない」




