21、今宵も月夜の
「準備はできたか?」
「うん、大丈夫」
翌日の昼前、宿屋の前でタモティナとメニコウが話す。
周囲には、ギルドマスターの要請で集まったという様々な冒険者がいた。
その中には、前回の捜索隊に加わっていた者もいた。
「サンドワームやカラスには悪いが、君らの食糧は現地調達にしてもらう。どこからか暗号の件が漏れたらしい。この街の住人は籠城するつもりで食糧を出し渋っているようだ。昨日食べた肉で我慢してくれると助かる。その代わり、捜索中に獲物を見つけたらすぐ食べにいってもいい」
暗号とは、あのミミズがのたくったような文字が書かれた紙片だろうか。確か、タモティナがまだ持っていたはずだが、どこから漏れたのか。
「まあ、私のせいだよね。そりゃ、ギルドの受付の前であんだけ喋っていたら、誰かは聞いてるはずだよね。私が軽率だった」
タモティナがそう言って項垂れる。
そういえば、昨日ギルドを出るとき、盗賊の情報を伝えると言ってタモティナだけ受付で長く話していた。そのときに漏れたらしい。
というか、だとしたら話の伝播速度が早すぎる。今は襲撃のせいで混乱状態にあるというが、その影響なのだろうか。
「それについて話していても意味がない。今はテレリーノの捜索に専念する。出発するぞ」
「………分かった」
「では、出発するぞ!西の小門から出て、東の神無塔の根元まで行く!土竜の出現を覚悟してついて来い!」
「「「おおー!!」」」
メニコウが叫び、捜索隊がそれに呼応し、進み始める。
俺とカラスもそれについていった。
「これ、盗賊のじゃないっすか?」
先行していた隊員の一人がメニコウに報告する。
街から出てしばらくすると、盗賊のものらしき服や武器がちらほらと見つかるようになった。
そのほとんどは燃えて焦げていたり、大きく欠けていたりしている。
「使えそうなものが一切ない………すでに回収済みというわけか。面倒なことになりそうだ」
メニコウが苦々しく呟く。
確か、テレリーノ本人かネームプレートを探すために捜索隊が組まれたらしい。
ネームプレートというからには、何かしら金属でできているだろう。盗賊がそれを見逃すとは思えない。
また、しばらく進む。
何度か休憩したり、襲ってきた大トカゲを討伐したりしていると、段々と空が暗くなってきた。
「あの砂丘を越えた先に民殿があるはずだ。今日はそこで夜を明かす」
メニコウの言う通り、あの白い建造物が砂丘の先にあった。
大きさ的に、俺は一度も行ったことのない水殿だ。
民殿に入る前に、捜索隊の数人が慎重に周りをクリアリングする。
どうやら、盗賊が仕掛けた罠があるかもしれないらしい。
「周辺、大丈夫です!」
「こっちも何もなかったっすー!」
報告を受け、次は全員で民殿内のクリアリングをする。
俺とカラスは入り口でお留守番だったが、何回か中から悲鳴が聞こえたあたり、罠があったのは間違いないだろう。
しばらくして、タモティナが民殿から出てきた。
「もう罠はないみたい。入っても大丈夫だよ」
民殿の中は崩壊箇所が多く、見た目より広くなっている。水溜まりがそこかしこにあり、低い草が鬱蒼と茂っていた。
十分休めそうなところだが、床には何人かの隊員が倒れており、苦しそうに呻いている。
「種類は?」
「おそらく麻痺の類いです。そこまで強くありませんが、今晩は絶対安静ですね」
呻く隊員の横でメニコウと隊の医療係が話している。
どうやら、盗賊の罠で麻痺毒を喰らってしまったらしい。
よく見れば、倒れている隊員全員の身体が小刻みに震えていた。
「………………見張り用の人数が足りんな。元から人数がギリギリだというのに………………そうだ」
大変そうだなーと、麻痺に苦しむ隊員を他人事のように見ていると、メニコウが呼びかけてきた。
「サンドワームとカラス、見張りの代わりをできるか?」
メニコウの言葉に俺とカラスは顔を見合わせる。
サンドワームは基本的に不明だが、カラスはどうだっただろうか。
まあ、これまで夜間に行動したこともあるし、大丈夫だろう。
ということで、メニコウに頷く。
「そうか、感謝する。時間になったら呼ぶ。それまで何か食べておけ」
そういってメニコウはどこかを指差す。
その方向を見ると、大荷物を抱えた隊員が大量の食糧を広げていた。他の隊員がそれを自由に取っていく。
それとは別に、少し離れたところに日中に討伐した大トカゲの血抜き済み生肉がどっかりと置かれていた。
おそらく、それが俺達用の食糧なのだろう。
見張り中に眠らないため、満腹にならないように注意しながら腹に詰めていく。
やがて、隊員が一人また一人と横になり、メニコウが俺達を呼んだ。
「君達にはそれぞれ東と西を見張ってもらう。異変があっても、こっちに向かってこなければ警戒しなくていい。逆にこっちに向かってくるようなら大きな音を出して皆を起こせ。可能なら、そのまま迎撃もお願いしたい。できるか?」
「ジャア」
「カア!」
メニコウに頷き、民殿の上に移動して指示された方向につく。俺は西、カラスは東を見張る。
夜の砂漠の風はかなり冷え込むものの、民殿の中から持ってきた大きな葉を身体に乗せることで体温を維持している。
カラスにも必要かと思ったが、羽毛があるからか葉は持ってこず、それどころか時たま羽ばたいている。まあ、暇なのだろう。
星がゆっくりと回り、月光が傾いていく。
もうそろそろ交代の時間のはずだ。
しかし、異世界といっても何かしらおかしなことが起きるわけではないらしい。
月に晒される砂漠に変化はなく、それゆえに俺以外の見張りの人間も眠そうだ。
と、民殿を登る音が聞こえてきた。
足音から察するに、メニコウだろう。交代を言うために登ってきているはずだ。
ということは、もうすぐ眠れる。
そう考えて安心したその瞬間、遠くの砂丘が盛り上がった。
すぐに眠気が吹き飛び、異変を注視する。
盛り上がった場所はしばらくランダムな方向に進んでいたが、こちらには向かずに砂丘の向こう側へと消えていった。
あの盛り上がり方は見たことがある。
円盤型の魚が襲ってくる直前に見たモンスターの通り道だ。
あれが過ぎ去った後にタモティナと出会ったことを考えるに、タモティナの隊が壊滅した一因かもしれない。
「よくやってくれた。交代の時間だ。もう下で眠っていいぞ」
「………………………」
伝えるべきか否か、いやもちろん伝えた方がいいのだが、伝える手段がない。
「どうした、何かあったか?」
「………ジャア」
首を横に振り、下に降りる。
結局こっちに向かってこなかったので、別にいいだろう。
隊員が熾した焚き火の横で、見張りを終えたカラスとともに眠りにつく。
あの盛り上がりは気になるが、伝えられないものは伝えられないし、覚えておくに留めておいた方がいいだろう。
カラスの羽毛に顔を埋めながらそう考え、意識を手放した。




