20、祝ノ呪
『来てくださり、ありがとうございます』
『い、いえ、お礼を言うのはこちらです。捜索隊の援助の件、本当にありがとうございます』
『お礼は言わなくていい。どちらかというと、取り引きのようなものだからな』
女性についていった先には、様々な調度品が置かれた執務室のような小部屋があり、中には先ほどの男性と少年がいた。
部屋の中央には机があり、その机を挟んで少年がこちらを見ている。
『さて、こちらの要求は一つ。そのサンドワームにラ・イの呪いを受けさせることです』
『そう、それだ。なぜ、ラ・イの呪いなんだ?あれははっきり言って意味のないものだぞ』
『ふむ、少し説明しましょうか』
少年は俺の目の前に移動し、顔を覗き込んでくる。
『副団長様にはもう話していますが、私の目はあらゆるモノの影を見ることができます』
『か、影、ですか?』
『影はその人の真実を写す、と言うように、私は影を見ればその人の本質が分かるのです』
『ということは、このサンドワームに何か………?』
『………これはもう、サンドワームではありません』
『それは、どういうことだ?』
男性が一歩踏み出し、俺と女性の間に立つ。
男性の俺を見る目は、かなり冷たいものになっている。
カラスもそれに対抗しているのか、男性を睨んでいた。
『サンドワームの影に、いくつかの人間の手や足が見えます。肉付きからして、成人直後の男と華奢な女性のものが………』
『それは、喰われた者たちのことなのか?』
男性の手が腰の短刀に触れる。
俺はさすがにマズイ雰囲気を感じ取り、少し男性と距離を取ってカラスのすぐそばまで移動した。
少年は俺から目を離さず、喋り続ける。
『いえ、そうではありません。これはどちらかというと………融合です。複数のモノが、強引に一つにされたような………』
『つまり、危険性はあるのか?』
『ない、と思います。基本はサンドワームなので安心はできませんが、そのサンドワームを縛り付けるように人間の手足がへばりついています。おそらくですが、通常のサンドワームのような凶暴性がないのはそのおかげだと思います』
少年の言葉を聞いた男性が、短刀から手を下ろした。
『はあ………それで、それとラ・イの呪いがどう繋がってくるんだ?』
『一つ、思いついたんです。確か、カラスよりも言葉が通じにくいだとか』
『え?あ、はい。確かに、カラスはすぐに従ってくれますけど、サンドワームの方は動きを交えて説明しないと理解できないみたいで………』
『それです。仮に、サンドワームが言語を理解できない理由が、知能の低さだけではなかったとしたら?』
少年の言葉に反応したのは、女性ではなく男性の方だった。
『ということはなんだ?このサンドワームは転生者か何かだと言いたいのか?』
『それを確かめるために、ラ・イの呪いを受けさせたいのです』
『だからそれに着地するのか。ただ、それでいいのか?援助といっても、いろいろな根回しが必要だっただろう。それを、サンドワーム一匹に呪いをかけるだけでチャラにしていいのか?』
『………はい』
男性の言葉に、少年が少し逡巡して答える。
少年の応えを聞いた男性は大きくため息をつき、女性の方を見た。
『タモティナも、それでいいか?』
『う、うん、ラ・イの呪いってあれでしょ?創世の一柱のラ・イが、人間と仲良くする部下に呪いをかけて、人間が本当は何を言っているのか分かるようにしたっていう………』
『その通りだ。だが、実際にはその部下が言語の意味を理解することができたからであって、そこらのモンスターにかけてもあまり意味がない。ただ、指示を聞き取りやすくなるぐらいはできるらしいな』
『なら、こっちにも得しかない………………え、本当にこれが援助の対価でいいんですか?』
『はい、僕がそれを望んでいます』
『わ………かりました。ギルドマスターがそう言うのなら』
『ありがとうございます』
少年は女性に深くお辞儀し、再度俺の方に向く。
その小さな手にはいつの間にか木彫りの小さな白い杖が握られていた。
『では、早速やりましょうか』
少年のその一言で部屋中に妙な空気が張り詰め、思わず唾を飲む。
少年は目を瞑り、杖を指揮棒のように振り始めた。
少年が杖を振るう度に、身体に奇妙な感覚が混じり込んでくる。
チラッとカラスの方を見ると、そこまで心配している様子でもないので、おそらく身体に害はないのだろう。
しばらく、少年の杖が風を切る音だけが部屋に響く。
やがて、少年の手が止まった。
「………改めて見ても、加護持ちには敵対したくないな」
「祝福ではなく呪いのようなものですがね」
一瞬、反応が遅れた。
そして、すぐにステータスを確認する。
〈名前〉ファドマ・レニア
〈種族〉%%%%・%%%%・%%%%
〈スキル〉砂泳Lv3・咬合Lv3・消化Lv2・飢餓耐性Lv3・翻訳Lv1
〈称号〉翻訳者
新たなスキルと称号が追加されている。
おそらく、この翻訳スキルのせいだろう。
彼らの言葉が分かるのは。
「でも、本当にいいんですか?これだけで、あんな金額の報酬金と人手まで………」
「いいんです。僕も、ギンセイジュ団には大いに助けてもらいましたから。それよりも、改めて彼らに自己紹介してはどうでしょうか」
少年がそう言うと、女性が先に話し始めた。
「え、ええっと、私の名前はタモティナ。こっちの副団長はメニコウ、あなたの目の前にいるお方は冒険者ギルドマスターのレルン様です」
「少しでも危害を加えようとすれば、斬る」
「レルン・アメドと申します。よろしくお願いしますね」
女性はタモティナ、男性がメニコウ、少年がレルンという名前らしい。
というか、メニコウは開幕物騒だし、こんな少年がギルドマスターとはさすが異世界というより他ない。
「さて、僕も貴女に同行してサンドワームを観察したいのですが、僕は他の仕事があります。ですので、何か変わったことがあれば受付へ報告しにきてください」
「あ、はい。わかりました」
「もう遅い時間のはずだ。宿屋に戻るぞ。あそこは貸し切りだから、無闇に騒がれることもないだろう」
男性はそう言って部屋を出る。
女性も後を追って部屋を出たので、俺も女性についていった。
「いやはや、僕も衰えましたかねぇ」
部屋を出ようとすると、後ろから声が聞こえた。
思わず立ち止まると、また言葉が紡がれる。
「サンドワームにばかり気を取られていましたが、その隣にも、特異な者がいたとは」
その声を無視して、部屋から出る。
最後にまた、声が聞こえた。
「僕はこの通り、未だ育ち盛りです。特に知識欲に関しては、とめどなく大きくなっています。あなたのことはずっと見ていますよ」
部屋の外で待機していた人間がドアを閉める直前に、私は後ろを振り向いた。
そこには、紅い果実のような瞳を持つ少年が、含みのある笑みを浮かべてこちらを見ていた。




