19、曇りなき玉は時として濁り
『おいおいおい、砂蛇がこんなとこに何の用だぁ?』
『ギンセイジュ団サマはそこまで偉くなったのかよ?』
大きな食堂のようなところで、街中では見なかった様々な装備を着ている男たちが何か言っている。
受付のようなところが複数あるため、冒険者ギルドみたいな仕事斡旋所だろうか。
『………テイムの受付は右の方だ。俺は左へ行く。くれぐれも騒ぎになるなよ。なったらなったですぐに外に出ろ』
『………分かった』
男性と女性が何か囁き合い、二手に分かれた。
俺とカラスは女性の方へついていく。
『ここがテイム受付ですか?』
『は、はい、そちらのモンスターでしょうか………?』
女性の問いかけに、受付の男性が俺を見て応える。
若干声が震えていたので、やはり俺はイレギュラーなのだろうか。街中でも良からぬ視線をいくつも受けた。
『えっと、このカラスとサンドワームのテイム認可をもらいたいんですけど………』
『で、では、一旦外に出て、こちらから見てギルドの左隣の戦技場にきてください』
男性の言葉を聞いた女性がすぐに移動を開始する。
書類も何もやらなかったが、受付はこれで終了らしい。
俺とカラスは女性についていき、斡旋所に隣接している建物に入った。
その建物は斡旋所より広いものの、屋根がなく床は硬い土になっており、まるで闘技場のようだ。
『………少し、待った方がいいみたい』
闘技場の奥、先ほどの斡旋所と繋がっているであろうところで複数の職員らしき人がバタバタと作業している。
見たところ、人型の模型を何個か立てたり、大きなダンベルを用意したりしている。筋トレ場なのだろうか。
『あれって………………悪趣味なことするね』
低い声で呟く女性の視線の先には、硬そうな全身鎧を着ている途中の職員がいた。
職員の手をは長い鉄剣が握られており、チラチラとこちらを、正確には俺を見ている。俺が暴れ出すとでも思っているのだろうか。
『あ、あの、準備が済みましたので、まずは砂漠大鴉から………』
『分かりました。ほら、出番らしいよ』
一人の職員が俺を気にしつつ女性と話し、女性の声に応えたカラスが一歩前に出る。
職員はカラスにダンベルを持たせたり、人型の模型を攻撃させたりしている。
筋トレというよりかは、身体テストみたいな感じだ。
そのうち、飛行まで終わらせたカラスが戻ってきた。
カラスは自分の記録に満足らしく、どことなく胸を張っているように見える。
『ええっと………能力としては並より少し下ですね。これならテイム資格は必要ありません。ですが………』
『………とりあえず、テストしてください』
『は、はい、分かりました………』
少し怯えた職員の目が俺の方に向く。
どうやら、次は俺の番のようだ。
最初は、ダンベル上げだった。
尻尾と口、それぞれで上げ、カラスよりも重いダンベルを持ち上げることができた。
カラスはあまり悔しそうではなく、むしろより胸を張っているように見えた。なぜだろうか。
次は、人型の模型を攻撃しろというものだった。
後々人と戦うことになった時用に、尻尾で薙ぎ払ったり、ワニのようにデスロールをしたりして自分の攻撃力を検証した。デスロールは職員だけでなく女性にも引かれた。
最後は、おそらくはどれだけ人を襲わないのかのテストのようなものだ。
あの全身鎧に着込んだ職員に色々ちょっかいを出され、少しでも反応したらすぐに剣を向けられる。
おそらく、俺が威嚇か噛みつきでもしたらすぐに討伐の流れになるだろう。
というか、正直討伐したくて俺が怒るのを待っている感じがする。
そこで俺も意地になり、とにかく無反応を貫き通すことにした。
すると、職員がふいに剣を振り上げたので、さすがにそれは身を捻って避ける。
『ちょっと!それはおかしいでしょ!』
一連の流れを見守っていた女性が怒鳴り、全身鎧の職員に詰め寄った。
職員もやり過ぎたのかと思ったのか、特に反論せず項垂れている。
『サンドワームがアレなのは分かるけど、一応テイムモンスターで隷属書もある!今のはさすがに………!』
『すみません、そこまでにしてくれませんか?』
凛とした高い声が、女性の声を遮る。
大して大きくないのに闘技場全てに響くようなその声の方を見ると、10歳ほどの少年が立っていた。
その少年は緻密な装飾が施された燕尾服を着ており、一目でお偉いさんと分かった。
だからなのか、職員たちは少年の登場に呆然としており、女性だけが反応した。
『ギ、ギルドマスター!?』
『サンドワームをテイムした方がいると聞き、どのような方か見にきたのですが………』
少年はそこで言葉を切り、女性の方を見る。
その少年の目は明らかに無機質で、宝石のように紅く輝いているが義眼にしか見えない。あれでちゃんと見えるのだろうか。
『貴女が飼い主なら、心配ありませんね』
『………それってどういう意味ですか?』
少年に問う女性の声を、今度は聞いたことのある野太い声が遮った。
『おいっ、話はまだ終わっていない!』
斡旋所から流れてきていた職員たちをかき分け、街に入る時に俺に魔法らしき黒い手を纏わり付かせた男性が出てきた。
『援助が必要なのは変わらないでしょう?なぜそこまで頑なに拒むんですか?』
『後が怖いからだ!お前が無償で人助けするなど天地がひっくり返ってもあり得ない!』
『これからひっくり返るかもしれませんよ?』
『………お前が言うと冗談に聞こえない。こちらとしてはそうならないことを願うばかりだ』
『では、有り難く援助を受けてください。こちらからの要求は追って伝えます』
『やっぱりあるじゃないか………』
ふふふと笑う少年と、それとは対照的に苦々しい表情になる男性。
話が終わったのか、少年は俺の方へと向く。
『しかし、やはり治安維持官の報告通り、ですか。この子は少々、他のサンドワームより特異みたいですね』
『え?まあ、ヒレがある上に目が開いてますからね。でも、こういうのって突然変異か何かじゃないんですか?』
『僕はそれを確かめに来たんです』
少年は女性にそう言うと、その紅玉のような目で真っ直ぐ俺を見た。
光り輝いているのに、底なし沼のような奥が見えないその目に全てを見透かされているような感覚に陥り、思わず少年から目を逸らす。
しばらくして、少年は首を傾げた。
『おかしいですね。なぜ、貴方に別の影が………?』
『別の影、ですか?』
女性が不思議そうに少年に問う。しかし、少年はそれを無視し、ブツブツと何かを呟き始めた。
『これは融合?しかし、それにしては不完全すぎる。重なってはいるが、位置関係がいまいち分からない………』
考え込む少年の頭を、男性がポカンと軽く叩いた。
少年はハッとして顔を上げる。
『おい、そう考え込むのが悪い癖だと昔から言っているだろう』
『そう、ですね。申し訳ありません。しかし………………いえ、なんでもありません』
少年はそう言うと、スタスタと斡旋所の方へ戻っていく。
その途中、女性の方に振り向いた。
『そのサンドワームのテイムを、条件付きで認めます』
『条件付き、ですか?』
『テイム正式認可書を受け取ったら、僕の執務室まで来てください。その子には、ラ・イの呪いを受けていただきます。いや、条件ではありませんね、これが今回の援助の要求です。必ず来てください』
『お、おい、見返りがそれだけでいいのか?それでは釣り合わない気がするが………』
少年は男性の言葉に反応せず、今度は振り返らずに歩いていった。
残された職員たちはそそくさとテストの後片付けをし始め、男性は少年を追いかけて斡旋所の方へと戻る。
『何をするつもりかは分からないけど………援助のおかげで捜索隊が出せるから、要求には従わないとね………』
女性は俺とカラスに手招きし、そのまま闘技場を出て、斡旋所の方へと戻った。




