16、死の想さ
砂に塗れて、一人の死体が半ば埋まっていた。
その前で、女性が絶叫してうずくまる。
死体は焦げてはいないものの、見えている上半身にはいくつもの切り傷があり、雨で流されたらしい血が周りの砂を赤く染めている。
そして、長い金色の髪が振り乱されており、背格好から可憐な少女であっただろう死体の顔は、何かの反感を買ったのかぐちゃぐちゃに潰されていた。
『この子ね、私の次に拾われた孤児なの』
突然、女性が話し始めた。
言葉の意味は分からないが、降りてきたカラスとともに静かに聞く。
『いつも私についてきて、私の真似をするの。ちょっとイラついたときもあったけど、本当に可愛かった』
ふいに、周りから足音が聞こえた。
数は二つ。大きさは少なくとも人間大。そして、明らかにこちらに向かってきている。
『魔法を一つしか覚えられなかった私と違って、この子は色んな火の魔法を覚えた。魔力保有量も段違いだった』
そばにいるカラスに方向を教え、自身は戦闘体勢を取る。
まだ音が聞こえていないカラスも、俺の姿勢で警戒し始めた。
『それでも、私のことを慕っていて、私も………好きだった。二人でいっぱい稼ごうって、稼いで一軒家を建てようって………』
やがて音の主が砂丘の向こうから顔を出した。
それは、あの小さいトカゲと同じ姿だった。ただし、人間を丸呑みにできるサイズの。
それが二匹、かなりのスピードで砂丘を駆け下り、こちらに猛進してきた。
『二人で、これからの人生を歩むと思ってた。思ってたのに………』
大トカゲはすでに臨戦体勢を取っている俺達を無視し、未だうずくまっている女性の方へ向きを変える。
俺はすぐに女性に知らせようとするが、ちょうどそのとき、女性がユラリと立ち上がった。砂を握った両手には、いつの間にか銀に煌めく輪があった。
『………うん、ありがとう。私の武器をここまで持ってきてくれたんだね』
女性が持つ二つの輪は、いわゆる戦輪に似ているが、刃の一部が取っ手になっており、さらに輪の内側に向けてレイピアなどで見るようなガードがあった。
『これはね、壊刃っていう武器。相手の武器を輪の中にくぐらせて、手首を捻って破壊するの。相手が武器を持っていなくても………文字通り輪切りにできる』
女性は両腕を交差させて武器を構えると、目前に迫っていた大トカゲに躊躇なく突っ込んだ。
「ジャア!?」
慌てて加勢しようとした瞬間、大トカゲの前足が目の前に落ちてきた。
女性の方を見ると、もはや竜と言っても差し支えないほどの大きさのトカゲ相手に、まるで踊るかのようにステップを踏んで戦っていた。
トカゲ達の噛みつきや尻尾の薙ぎ払いを軽々と避け、身体を回転させて遠心力が乗った一撃を的確に当てている。
前足がないトカゲの首が刎ね飛ばされると同時に、もう一方のトカゲは標的を女性から俺へと変えた。
しかし、その判断は遅かった。
こちらに噛みつこうと口を広げて駆ける大トカゲの後ろで、銀色の閃光が煌めく。
次の瞬間、空中で鋭角にカーブした武器がトカゲの目の前に突き刺さり、驚いて立ち止まったトカゲの首を、もう一つの武器が車輪のように横切った。
たった一分ほどで、大トカゲ二匹がただの死体へと変わった。
本当に、女性を敵に回さなくて良かったと心の底から思った。
『ごめんね。今は一緒に連れて行けない。後で絶対に迎えに来るから』
女性は少女の死体を丁寧に埋葬し、その上にどこからか拾ったらしい短剣を突き刺した。
『ごめん、遅れたね。早く出発しよう』
まだ目の周りが赤く腫れているにもかかわらず、女性は気丈に笑顔を作って見せる。
痛々しく見えるが、女性は布を広げて進み始めてしまった。
あの大トカゲを少しだけでも食べたかったが、そんなことできる雰囲気ではないので、仕方なく女性についていく。
カラスは空気を読まず、大トカゲの前足を咥えながら飛び立った。
そのまま、陽が傾いて空が紫色になった頃、目の前から別の光が姿を現した。
その光は揺らぐことなく、徐々に近づいてきている。
『ん………? あ、捜索隊を出してくれてたみたい。おーい!こっちー!』
女性の声に反応したらしく、光が近づいてくる速度が上がる。
少しずつ大きくなる光の下には数人の人影があり、そのうちの一つが光より先にこちらと合流した。
『だ、大丈夫か!?』
『大丈夫、とは言い切れないかな。でも、傷とかはもう大丈夫』
人影は筋骨隆々の壮年の男性で、女性と一言交わした後、俺の方を向いた。
『こっちのサンドワームとカラスは………?』
『分からない。私を助けてくれてここまでついてきたんだけど、どうするつもりかは何とも』
『そうか。他の隊員はどうした?』
男性が問いかけるように女性を見た。
女性は一瞬言葉に詰まり、へらっと笑うように話す。
『ほとんどの盗賊はあの子がやってくれてたよ。皆見事に丸焼きだった。あの子が戦ってる姿、見てみたかった』
『ん? だから隊員は………』
『見たかった。見たかったんだよ………』
『………………そうか。ここまでよく頑張った』
俯いた女性を男性が優しく抱き寄せる。
女性の顔が男性の胸に埋もれ、表情が見えなくなった。
直後、すすり泣く声が聞こえ始める。
その声は、光を持つ人影達が到着するまで続いた。
『私は捜索隊の隊長および正式調査員である。生存者、もしくは盗賊の情報を教えていただきたい』
『調査員?なんでここに?』
光は木の棒の先に付いている鋭く切削された石から放たれていたものであり、その棒を持った若く厳格そうな男が女性と話す。
『今回、貴女達の隊が襲われたのは、盗賊とは別の組織の計画的な犯行である可能性がある。被害が甚大かつ目的が不明なため、国から正式派遣された』
『なるほど………………あ、それならこれを』
女性が懐から紙片を出す。
それを見た男が目の色を変え、その紙をマジマジと見つめる。
『それは………………分かった。この件を特別重大事項にさせていただく。これ以上の捜索は中止だ』
『え、ちょっと、ここまで来てそれはあんまりじゃないですかね』
『そうっすよ、もう少し捜索を続けた方が良いっす』
男の言葉に、後続の数人が不満そうに声を上げるが、男の睨み一つですぐに静かになった。
『これは貴女達《ギンセイジュ団》だけでなく、バルデルハラ街に直接関係するものと判断した。捜索より、街の安全の確保を優先する』
男はそれだけ言うと、踵を返して元来た方へ歩き始めた。
女性がそれに困惑していると、不満を上げた数人が女性に一言二言かけ、男を追っていく。
どうやら、あの男が一番偉いらしい。
『な、なんなの………?』
『すまないな。調査員は国が第一だ。担当している街が危険とあらば、それを優先するのが普通だ。俺もそれを了承してついてきてもらった』
その後、しばらく女性と男性が話し込む。
時おり女性が驚いて絶句しているのを見ると、女性と親しい者の死はあの少女だけではなかったようだ。
『そう………………分かった。とりあえず、早く帰りたい。ここで合流できたってことは、もう街は近いんでしょ?』
『ああ、今晩は野営して、明日の昼くらいには着くだろう。ただ………』
男性がこちらを向いて黙る。
しかし、こちらは何の話をしているのか全く分からないため、首を傾げることしかできない。
『え、ええと………………あなた達、私のテイムモンスターになる?』
『おい、砂漠大鴉は分かるが、サンドワームは懐かないで有名だぞ』
『わ、分かってる。でも、この子が私を助けてくれた気がして………』
女性がしゃがみ込み、俺に片手を差し出す。
何をしてほしいのかよく分からないが、犬でよくある《お手》をしてほしいのかと考え、手の代わりに尻尾の先を女性の手の上に乗せる。
『えっと………これは了承でいいのかな?』
女性の反応的に不正解だったようだ。
だが、それでも嬉しそうに笑顔を作った。
『私は契約魔法を使えないけど、街に着いたらギルドですぐにやろうか』
しかし、女性の笑顔はどことなく不気味で、壊れているような気がした。
その様子を見た男性がため息をつく。
『………そうか、君が良いならそれでいい。今は早く街へ帰るぞ』
男性はそう言うと、あの男が持つ光を追って進み始めた。
女性もその後に続き、俺とカラスもとりあえずついていった。




