1、始まるとて終わらぬ世界
あら、もう物語が始まると思ったかしら?
残念ながら今はまだ、ね。
そう拗ねないでちょうだい。別に語り部の仕事を放棄するわけじゃないわ。
むしろその逆、仕事を円滑に進めるために必要だったのよ。
………もしかして、粗筋だけ話してはい終わりなんて考えてないでしょうね。
彼の………彼?………彼女の生き様をそんな風に扱うわけないじゃない。
最初から最後まで、ちゃんと話すわよ。私はね、仕事は面倒くさがるけどしっかり終わらせるタイプなのよ。
ま、今は私の話ではないわ。あなたが聞きたいのは物語の方でしょう?
………だからそう急かさないでちょうだい。さっき話したでしょう?これも必要なことだって。
なんでって、あなた、何千万時間あるアーカイブをただ眺めるつもり?
ただ見るよりも、どこに注目するべきか、分かってた方がいいでしょう?
いわゆる、章分けみたいな感じかしらね。どの話がどのタイトルで、何が大事か。それを理解していてほしいのよ。
特にあなたは、彼女を知る必要があるのでしょう?
………ええ、それを選択するのはあなた次第。けれど、それは今ではないわ。
まあまあ、落ち着きなさい。そう急いていては分かるものも分からなくなってしまうわよ。
………ええ、章のタイトルは喜んで教えるわよ。だから落ち着きなさいな。
………準備はできたかしら。といっても、メモを取る必要なんかないわ。章に入る度にまた教えてあげるわよ。
………………じゃあ、いいかしら?ひとつずつ言うわよ。
『踏み折られたギンセイジュ』
『祝福された呪い子』
『黒い水産み』
『刀と空』
『映るのは終わり』
『咲いた徒花』
『心臓の薬瓶』
『舞い上がった隙間』
『罰せられた蝶』
『廃墟にいるのは』
『First GAMEOVER』
………どう?多いかしら?
ふふ、一回では覚えきれないでしょう?
大丈夫よ。語り部として、記録を余すことなくあなたにインプットしてあげるから。
あと、酷なこと言うようだけれど、まだまだこれは序の口、最初の最初ぐらいよ。
………………多すぎるかしらね。私としては、ひとつの世界の終わりには全然少ないと思うけど。
そう、世界の終わり。物語の一旦の区切り。世界が終わっても、物語は続く。
………いや、遺された者の話ではないわ。これは、あなたが知りたいたった一人の物語よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。
そもそもの話、私はその物語しか知らない。
………惜しいわね。物語の中でそれしか知らないんじゃなくて、私が記憶しているものが、それしかないのよ。
私が覚えているのは、彼女の物語だけ。
………いや、彼女だけではないわね。物語の中心が彼女ってだけ。
彼女に関わった人達の記憶もあるし、あの規模だと………………ほとんど世界全てを覚えてることになるわね。
………そうね、そこまで行くと神みたいに思えるかもしれないけど、そんなことないのはよく分かっているでしょう?
私は語り部。私は、彼女の物語しか知らない。それ以外は知らないし、知れないわ。
………もう私の容量はいっぱいなの。たぶん、あなたに物語を語り終えたら、私はその記憶を消去するでしょうね。
だって、私は彼女を記録するために生まれてきたのだから。
その記憶を圧迫するようなら、他の記憶なんていらない、私にとって全くの無価値だわ。
………楽しくなさそう?何を言っているの?私は人が一生かかっても読みきれない小説を持っているようなものよ?退屈なんてするはずがないじゃない。
むしろ、あなたが物語を聞くのを今か今かと待っているのよ?小説はひとつしかないのだから、ちゃんと二人で同時に読まないと。
………ええ、そうね。時間がたっぷりあると言っても、結局のところは有限だわ。早速、語り始めましょう。
昔々、今からうんと大昔に、ある世界のある惑星のある砂漠にて、その小さな小さなサンドワームは目覚めました………………