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第一話『玉響の行き違い』(続)

ふわふわと浮かぶような心地。最近薬の量を減らしたから大丈夫だと思っていたけど、ここに来てからは夢ばかり見てしまう。見たくもない、懐かしさに縛られるわけでもない、青い春の思い出たち。


『ねぇ、璃菜。私たち、きっとずーっと友達だよね?』


『えー? どうだろうなぁ』


『ちょ! 否定しないでよ!』


『ごめんごめん。友達じゃなくて、親友、でしょ?』


『……うんっ! もちろんだよ!』


ぎゅっと抱きつく彼女からはいつも同じ洗剤の香り。優しくて、お母さんのような心の温かくなる香り。私の記憶にはない、お母さんの香り。


幼い二人はいつまでも永遠に続くと信じていた時間が、この関係が、突然壊れるなんて。あんなにもあっさりと、一瞬で崩れ落ちて行くなんて。よくある青春の一ページと言われたらそれ以上何も言うことはできない。


だって、本当にその通りなのだから。他人には長い人生の中のたった一瞬の出来事かもしれないけれど、私にとっては長い長い重りのついた出来事だった。


『……ねぇ、最近おかしいよ』


『えー? 何がー?』


『璃菜、何か私に隠しているでしょ』


『何にもないよ』


『嘘だ』


『本当。何も、ないよ』


中学に入った頃から私は眠れなくなっていた。何か不安に駆られることがあったのかもしれない。ただ、それは親友に話せるようなことではなかったから。話してもきっと、理解してもらえない内容だったから。


いいなぁ、美凪(みな)。家に帰れば家族がいて、喧嘩しながらも話を聞いてくれるお母さんがいて。


誰もいない、ガランとした家に帰ることがなくて。


一人で鍵を開けた時、お母さんが待ってたりしないかなって願ったことはないんだろうなぁ。


一人歩いて家路に着くと、鍵を開ける。今流行りのキャラクターキーホルダーが揺れていた。これは、離れて暮らすお母さんから貰った物。お母さんは優しいし、お父さんも優しい。たくさん物を買ってくれるし、欲しい物は何でも手に入る。お金で苦労したことなんて一度もない。


でも、何故だろう。こんなにも心が満たされないのは。


喉の乾きが治らないのは。


贅沢だって、いいなぁって、どれだけ言われても私の心は変わらない。


『きっと璃菜は、さみしがり屋さんなんだよ』


『そう、かな』


『そうだよ。人の心って、もともと空っぽなんだと思うんだ。そこに少しずつ大切なものが埋まって、それが満タンになったら人は幸せを感じるのだと思う。人と比べず、誰といるとか、誰から愛されたいとか、それが必要なんだよ』


多分ね、と照れ臭そうに笑っている彼女は可愛らしくて、愛おしかった。環境は違っても、こうして仲良くすることができるのだから。きっと私たちには壁なんてないんだ。物を持っているだけじゃ何も分からないことをたくさん教えてくれる美凪なら、きっと隣にいてくれるだろう。


間違いないと、信じて疑わなかった。あの瞬間までは。


『ごめんね、美凪。私のせいで、負けちゃった。最後の、大会だったのに。負けちゃった』


『……』


『本当に、ごめんなさい。私の、せいで……』


『……よ』


『え?』


『何あそこでミスしたの。いつもの璃菜なら絶対にできたよ。自分に甘えているんじゃない?』


ゴンッと頭を鈍器で殴られる感覚がしたのを今でも覚えている。周囲の子達も唖然として、騒がしいはずの試合会場が静かになった気がして。


審判が整列しなさいと叫んでいるのが遠くて聞こえた。


でも、そんなことはどうでも良かった。私には、彼女の声しか聞こえなかった。


『璃菜。自分でも分かっているはずだよ』


『な、んで……そんなこと、今言わなくてもいいじゃない』


『ダメ。今じゃないと、このままズルズルと引きずられて行くよ』


『そんなこと……』


『ある。絶対に、そうだから』


『……っ! 美凪に、お前に私の何が分かるんだよ!』


間違っているのは美凪のはずなのに。何で彼女は真っ直ぐに私を見つめるのか。あの時は絶対に私が正しいと信じていたけど、今ならなぜ彼女があんなことを言ったのかが分かる。


でも、その時は違った。


何で、私を否定するの。


親友だと、一番の理解者だと信じて疑わなかったのに。


何で、どうして。


『家族に愛され、兄弟とも仲良しで、いつも誰かの家に帰ることができるあんたに私の何が!』


『守山中学校! 早く整列しなさい!』


『……もういいよ。私たち、これでおしまいだね』


『こっちこそ、もういいよ。美凪なんて、大嫌い。親友辞めるから』


あの時から背中を向けた彼女の表情を今後一切見ることはなかった。短く切り揃えた髪がさらっと悲しく揺れていたのを覚えている。審判の声でバラバラになっていたメンバーが集まり挨拶をした。


最後の大会ということもあり、多くの親が見にきていたのだがこんな場面に遭遇してしまったばかりに気まずそうな顔をしていた。ベンチに入っていた同級生のお母さんが明るくお開きにしようと言って解散した。みんな腫れ物を触るように私たちの間を見ていた。


別にそれでいい。永遠に続くと思っていた関係は、こうもあっさり壊れてしまうのだから。


きっとこれから先、似たようなことが起こるに違いない。


人生はまだまだ長いのだから。


また、独りの人生に戻っただけだから。


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