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第一話『玉響の行き違い』

「あー……あっつ」


額から頬にかけ、そのまま勢いよく顎から落ちていく汗。ぴっちりと引っ付くのは新品のシャツ。色合いが夏らしいと思い気に入って買ったのにも関わらず、すでに汗でビッショリになっている。ここに来る前に見たスマホの天気予報ではカラッとした晴れが続くでしょうと言われていた。


しかし、実際はムワッと湿度を感じられずにはいられない天気。どれだけ日本が平和になろうと、この暑さでは死人が出てもおかしくない。私、小玉(こだま)璃菜(りな)はその一人になってしまいそうだ。


『まもなく次の駅に到着します。お降りの方はお忘れ物のないようにお願いします。次はー……』


駅名が絶妙に聞き取れないことにイラつきつつ、それよりも何故このご時世に冷房が電車内にないのかと足をトントンと動かす。相変わらず、ここは田舎だ。スピードを落としつつ小さな駅が少しずつ大きくなる。


何度も手をパタパタと動かして風を送るが全く涼しくなる気配がない。どちらにせよ次の駅で降りるのだ。聞き取れなくても、幾度も使った駅を忘れることなどできない。


田舎に遊びに来るにしては不似合いなスーツケースを持って立ち上がる。目に入ってくる景色を見ながらこれからの予定を頭の中で反芻する。誰にも知られたくないこの計画。


上手くいくかどうかは、自分の運にかかっているのだから。



「えーー……っと、ここを、曲がる……? え、どこ?」


駅から歩いて三十分程経ったのだろうか。ジワジワと暑さが体を蝕み、同時に元気よく鳴いている蝉の声が耳の中でこだまする。見慣れた住宅街から少し離れた所にいるのだが、地元とは言っても四年前とは変わっているもの。


なかったはずの建物がいつの間にかあったり、あったはずの建物がなくなっていたり。数年帰ってないだけでも変化が見られるなんて。そりゃ浦島太郎も驚くはずだ。


「んーー……ここら辺のはず、なんだけどなぁ……」


ガラガラと音を立てているスーツケースがもう限界に近いようで、デコボコの道を暴れるように進む。いい加減手が痛くなって来たのでもうそろそろ目的地を見つけたい。


普通なら地元の人に聞けば済む話なのだが、今回探している場所はそんなものではない。存在するけど、存在しない。必要としている人の前にしか現れない。そんな、不思議な場所。


「……私には、必要ないってことなのかな」


グルグルと回る電波を見つめ、火照ったスマホを握り締める。じんわりと伝わってくる熱は懸命に動いている証拠なのか、それともこのうんざりする暑さのせいなのか。やはり、都市伝説は都市伝説のままなのか。


確固たる思いで帰って来たのにこんな目に遭いたくなかった。目元が熱くなる感覚がして空を見上げる。こんな所でメソメソしていても何も変わらない。もう少しだけ、もう少しだけ探したら諦めよう。


七分まで捲っていた袖で軽く目元を拭く。すると、ふわっと香る潮の匂い。昔から住んでいた時に毎日嗅いだ香り。いざ久しぶりに嗅ぐと思い出される過去の数々。


「あー思い出したくないな」


もう一度空を見つめ、雲一つない真っ青なキャンパスで頭をいっぱいにする。深呼吸をして不安定な自分の精神を安定させ、前を向いた。


「あ、あれって」


先ほど見た時にはなかった看板が一つ。まるで喫茶店の小さな電子看板のように置かれているそれには『涙と時計の館』と書かれていた。ポツン、と置かれている看板は先ほどまではなかったはず。ここで十分ほど彷徨っていたので何度も確認したはずだ。


「いきなり、出てくるとか……都市伝説って感じ」


言葉と同時に自分の足が看板へと動き始める。普段なら絶対に近づかない場所へと向かっているからなのか、それとも都市伝説と言われているものを見つけてしまったからなのか。頭で考えていることと体がちぐはぐで違和感がある。


手に持っているキャリーバックも一緒に動いているが、うざったいその音が遠く感じる。看板の数歩手前で止まると、チリンと涼しげな音が聞こえた。音のする方向を見ると、ひっそりと佇んでいる一つの民家。どこにでもありそうな、それでいて現実味のない雰囲気を纏った一件の家。


「もしかして……」


チリン。


「いらっしゃいませ」


ビクッと肩を揺らす。風鈴の音と共に現れたのだろうか。私より少し背の低い女の子が人り。成人は、していないのだろうか。顔立ちから少しだけ幼さを感じる。一歩下がった私は「こ、こんにちは」とうわずった声で挨拶をする。


いつの間に目の前に来たのだろうか。足音も何もなかった。泊まりたいとは思ったけれど、こうも突然現れると恐怖の方が勝ってしまう。


「あの、ここに泊まりに来たんですけど……」


「お客様ですね。こちらは後払い制になっております。よろしいでしょうか?」


「あ、はい! 後払いね!」


「では、こちらへご案内します」


一瞬だけこちらを見上げ、説明をした彼女。黒く長い髪で見えなかったが、よく見たら瞳が緑色だった。緑色、というよりも宝石のエメラルドグリーンのような。他にも緑色の宝石あった気がするけど、と一人で考えていると私のキャリーケースを掴んだ。


「こちら、お部屋までお待ちします」


「え? あ、ありがとう」


ぺこりと頭を下げてズッシリ詰まっているキャリーケースを抱えた。あまりにも軽々と持っていくので「え!」と大きな声を出したしまった。私より一回り小さく細い彼女が石を持つような感覚で持っている。


数メートル先にいる彼女は振り返り、「どうしましたか?」と頭を傾げる。当たり前のことなのか、私の反応がおかしいのか。表情が一切変わらない彼女に向かって「あ、いえ……」と言葉を濁す。すると納得したのか、またスタスタと敷地内へと歩いて行ってしまった。


自ら望んで来たけれど、こんな調子で大丈夫なのかと心配になる。場所を間違えたかと思いもう一度看板を見ると、先ほどと変わらず『涙と時計の館』と書かれていた。ネットと人の噂だけを頼りにしたら、本当に出会ってしまったのだ。


「ここまで来たら、やるしかないよね」


誰に向かって言っているのか分からない言葉を置き去りにして、私は玄関で待っている彼女の元へと走って行った。


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