愛してるって言ってくれ
乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生しました。
もうこれだけで全部察するに余りあるというかなんというか。
そんでもってヒロインも転生者っぽい、とくれば今後の展開はお分かりですね案件ですよね?
ところが、前世で嗜んだその手のお話あれこれとはどうも若干異なるようで……
悪役令嬢イディア・アフラガンはヒロインの攻略対象選択如何では最終的に婚約者であるカーマインと婚約破棄されたり断罪されたりで、まぁ悪役に相応しい末路を辿る。
ちなみにカーマインは公爵家の人間であり王子だとかではない。
王子は隠しキャラである。
ヒロイン、リア・イーフィはとある貴族の隠し子であった。
あまり大っぴらにできない事情があってそちらの家で引き取る事はできなかったが、親戚筋の家に引き取られる形となって平民から貴族になったばかりの少女。ある意味でよく聞く展開だ。
まぁね、隠し子って時点でね、はい。
慣れたとはお世辞にも言えない貴族生活の中四苦八苦し、それでもどうにか貴族として生きていこうと努力する中で出会った相手。
それが、攻略対象者たちである。
けれどもポッと出の女に優良物件をそう簡単に奪われてはたまらない。
時に婚約者が、時に同じ男を狙っている令嬢がヒロインの妨害をするのである。
その中で悪役令嬢とまで役割が決まっているイディアがする事は、婚約者に近づく不埒な女をどうにか排除してやろうという妨害だとか、はたまた別の攻略対象狙いの時はそんな相手を狙っているご令嬢のお手伝い。ちなみにその令嬢はお友達であり、そんなお友達のためにとイディアは張り切るのである。
いっそ張り切りすぎて手伝いだったはずが実行犯みたいになって最終的に断罪されるんだけども。
……二次元として見るならお馬鹿さんな部分が可愛いね? とか言えるけどしかし今現在そのちょっとどうかと思う悪役令嬢は自分なのだ。
とはいえ。
婚約どうですか、と話を出したりしても箸にも棒にも掛からぬお友達のご令嬢である。
そんな彼女のために自分が破滅するとかちょっとどうかな、と思わないでもないのだ。
それでもどうしてもあの人と一緒になりたいの、というのであれば愛がなかろうともまずこの女と結婚すると色々便利、とかそういうね? 有用性を示すべきじゃないかしらって思うの。
そこから頑張って愛を芽生えさせるってルートがないわけじゃないと思うのよ。まぁ愛のない結婚のまま生涯利用されるだけの関係とかになったら地獄だし、そうなった時自分がとっても惨めに思えるだろうからそこは避けたいってなる気持ちもわからないでもないのだけど。
でも少なくとも他のライバル令嬢蹴落とそうとして嫌がらせするよりは、その時間を少しでも自分磨きに使った方がいいんじゃないかなぁ……と思わないでもない。
なので、万が一ヒロインがカーマイン以外の攻略対象者に近づいた時、私はお友達のご令嬢の手伝いをしようとは思っていなかった。
なんだったら婚約者であるカーマイン様に近づいても嫌がらせをするつもりもなかった。
何故って政略結婚だからよ。
愛がない。
貴族として生まれて、時としてそういう愛のない結婚をする事もある、と前世の記憶が蘇る前に理解していたしそういう事になった時の事も覚悟はしていた。
乙女ゲームの攻略対象だけあってカーマインのツラは良い。
でも、だから何? って話よね。
顔がいいからって全ての女が必ずしもそいつに惚れるかっていうと話は別でしょ?
あと乙女ゲームに出てくる攻略対象者って大体どっか拗らせてるから、ヒロインの役割って素人カウンセラーだと思うのよ。健気で心優しくて相手の事を思いやるヒロインも私の目から見るとそうじゃなくなる不思議。えぇ、認めましょう。私の心が歪んでいると。
でも、もしヒロインも転生者じゃなかったなら、ゲームと現実は別物だし実際のヒロインさんをお目にかかればカウンセラーの才能を秘めた女、とかいう認識じゃなくてきちんと心優しい慈愛たっぷりな女性、という風に見れるかもしれないじゃない?
二次元のものを三次元にするにしてもその逆に三次元のものを二次元にしようとするにしても、多少のデフォルメとかされると思うし。
漫画原作のドラマとか実写にする時、似せる努力はするだろうけど完全一致させようとするととんでもない事になるわけだし。
まぁ原作に忠実に作ったはずなのに三次元になった途端何か違うコレジャナイ感がすごかった物も中にはあるのだけれど。
えぇ、例えば前世の私の自室に飾られていた邪神●ッコスと言われていたフィギュアとか。
……話がそれたわね。
とりあえずヒロインのリアもまた転生者だったわ。
彼女の狙いはカーマインだった。
えっ、じゃあこのまま彼女が奪ってくれたら私との婚約はなかったことになるのでは!? と思ったので私は積極的にヒロインのお手伝いをする事にしたわ。
結果としてとても戸惑われた。
えっ、アンタ悪役令嬢じゃないの……? なんて思わず呟いた事で転生者だってバレたのよね。尻尾を出すのが早すぎではないかしら。
慣れない貴族生活、貴族のマナー、常識。そういったものを学びながら意中の相手を射止めようと頑張るヒロイン、リア・イーフィ。そうやって考えるとちゃんとヒロインやってるわね。やってる事は略奪愛であろうとも。
……成程、物は言いようってやつね。理解したわ。
ところが。
ところがよ?
ゲームと大体同じようにやってけばそれなりに相手にとって好ましいと思われるだろうはずなんだけど、イレギュラーが発生したの。
ゲームだとイディアとカーマインは政略結婚で相思相愛ってわけでもなかったのだけれど、イディアはカーマインを気に入っていた。でもカーマインはヒロインと出会った事でヒロインが気になり始めていた。
それが気に食わなくて本来なら悪役令嬢がヒロインを虐め倒すのだけれど。
悪役令嬢の家の権力を使ってヒロインの家ごと潰す、というのは色々あって難しかったのよね……
だから精神的にいびっていびっていびりまくって、彼に近付くと悪役令嬢のせいでとても嫌な目に遭うから近寄らんとこ……っていう感じを狙ってたようなのよ。ゲームの悪役令嬢は。
でも、そこで悪役令嬢がヒロインとカーマインの仲を発展させるべく手伝ったなら、そりゃもう超速スピードでくっつきそうなものだというのにそうはならなかったのよ。
もしや……カーマイン様も転生者!? と思ってそれとなく調べてみたけれどどうやら違った模様。
この世界になくて前世にはあった言葉とかヒロインさんと合言葉みたいにカーマイン様の前で呟いたりしてみたけれど無反応だったから違うと判断したわ。
あからさますぎたらこっちも転生者とバレるから、ギリギリ聞こえるようにして聞き間違い狙いで試してみたけど無反応だったのよね。
……相手がそういうリアクションを完全に出さないようにしていた可能性も残るけれど、もし転生者なら向こうも何らかのアクションをするはず、と思っていたけど何もなかったからリアと一緒に違う判定を出したわ。ちくわ大明神とどすこい喫茶ジュテームのどっちかに転生者なら反応するはずだと思ったのに……ッ!!
ゲームの中と違ってヒロインと悪役令嬢がそれなりに仲良くなった事で原作が破綻してどうにか修正しようと目に見えない世界の力でも働いてるのだろうか、と思ったのは、とある休日、私がカーマイン様に誘われて二人きりのお茶会をする事になった時だった。
ゲームの中でこんなことあったっていう話一切なかったんですけれども……!?
一応交流をしていた描写はあったけど、でもヒロインが出てからは二人でお茶会なんてしてなかったはずだぞ……!?
そうはいっても参加したくないなど言えるはずもない。ともあれ今はこの茶会を乗り切らねばならない。
今、この私イディア・アフラガンの戦いが始まったのであるッ!!
とはいっても。
別にカーマイン様と殴り合ったりするわけではないし、ここは〇〇ディビジョンでもないので突然ラップバトルが始まったりもしない。こめかみにマイクをぶっ刺すなんて事もしない。
二人テーブルを挟んで向かい合ってとても香りのよいお茶を飲んだりお茶菓子を食べたりしているだけだ。
向かいにいるのがリアだったら話も弾んだんでしょうけれども……
もっ、盛り上がらねぇ~~~~!!
会話の取っ掛かりも掴めずお互いが無言のままお茶を飲み、菓子を食べる。
なんだこれ。
なんっだこれ!
うわぁ今回はナシだわとか思う合コンだってもうちょい会話あるぞ!?
ツラの良さを鑑賞して茶をしばけと!?
芸術鑑賞の場って基本飲み食い禁止なんだが!?
いやもう帰りてぇなとか思い始めたので、さっさとお茶飲んでお菓子食べきれば帰れるかしら? とか考えるよね。
私が超絶帰りたいオーラでも出していたのか、カーマイン様はとても優雅にカップをソーサーに戻した。ツラが良すぎてたったそれだけの事なのにまるで映画のワンシーンみたいに見えるんだから、ツラが良いってお得ね。
「その、イディア」
「何でしょうか、カーマイン様」
口火を切ったのはカーマイン様だった。
この沈黙に耐え切れなかったのかしら。奇遇ね私もよ。もうお開きの合図して解散しません? ってとても言いたい。
けれどもカーマイン様の口から出てきたのは、この茶会をやめようでもそろそろ帰ろうかなんて言葉ではなかった。
「その、もしかして私は試されているのだろうか……?」
なんだかとても悩ましい表情で聞かれたけれど、私からすれば何を? というのが本心である。
「生憎、わたくしがカーマイン様を試すような真似をした事など、一度もございませんが?」
何発殴れば気絶するだとか、どこまでが怒らない許容範囲だとか、そういう耐久実験みたいな事はしたことがない。勿論ドッキリを仕掛けたりもしていない。こう、例えばカーマイン様が目覚めた時、何故か自分の部屋に私のお父さんがいた、とかそういう悪戯はしていないのだ。
まぁ貴族の家でそんな事やったら事件だからね。私だってやっていい事と悪い事の区別はついてる。
カーマイン様の背中にそっとゴ●ブリくっつけたりだとかもしてないし、そっと肩に芋虫のっけたりもしていない。そっと背後から忍び寄って髪に花を突き刺して現代アート生け花の剣山がわりにだってしていない。
強いていうならば、前に一度カーマイン様のお家の使用人が家の金を着服しているのをうっかり知ってしまったものの、いや流石に公爵家だしあれは泳がせているだけでそのうち解雇されるのよね、とか思ってたけどなんかずっといるものだから、もしかしてアレは新手のボーナスの渡し方だったのかと思って聞いたくらいだ。
その後その使用人の姿は見えなくなったけど。あ、あれやっぱ横領だったんだ。聞けば長年やってたらしくて、今までバレなかったからとどんどん大胆になってったらしい。典型的すぎる。
ともあれ、思い返したところでカーマイン様の言っている意味がさっぱりわからなかったので。
一体どういう事ですかと問いかけたのである。
「何故、私にはイディアという婚約者がいるというのに君はわざわざリアと私を二人きりにしようとしてくるんだ」
私が浮気をするような人間だとでも……? と聞かれて、はて? と思わず首を傾げた。
いやでも貴方、乙女ゲームの中では普通に婚約者そっちのけでヒロインにメロメロだったじゃないですか。
と、言いたいけれど転生者でもないカーマインに言ったところで通じるはずもない。
けれども、ヒロイン転生したリアがカーマイン狙いなのもあって、円満に婚約解消してぇなぁ、と思う私としてはどうぞさっさと攻略してください、という気持ちなのだ。
まぁ実際リアはカーマインが本命ってわけではなかったんだけども……
本当は他の相手にも狙いを定めてたんだけど、あちらさんはマジで婚約者とか恋人とかの妨害ヤバいからとこっちに誘導したのだ。
リアはなんていうか、普段は悪い子ではないのだけれど、こと恋愛に関しては相手がいる人に狙いを絞るタイプであった。要するに略奪。
自分の恋人とか紹介したらうっかり盗られるかもしれない、となれば大抵の令嬢は警戒して恋人や婚約者の話なんてしないし、それどころか距離を置く。
まぁ複数の異性を同時に手玉にとろう、とか思うタイプじゃないから一人ゲットすればそれでいいみたいだけど、それでも自分の好きな相手が盗られるかもしれない、と思えば大抵のお嬢さんは距離を置く。
私としてはカーマイン様との婚約は政略なので盗られたところで別に、って気持ちだし、だからこそリアをこちら側に誘導したのだ。
カーマイン様がリアとくっつけば私も晴れて修道院とかに行けるだろうからね。
いや結婚とか面倒だなって前世の記憶思い出してからは常々思うようになっちゃってね……おかげでとってもイケメンな婚約者がいてもときめきだけを受け取れない。
リアの身分は低いけれど、それでも彼女の家庭のあれこれが複雑なのでまぁ最終的にはどうにかなる。
ゲームでも普通にくっついたし。
だから私もこうしてせっせと二人を会わせて仲良くなれそうな機会を増やしているんだけど……
おかしい。
カーマイン様の反応からしてリアの事、好きって感じじゃない。
もしかしてどっかでフラグミスったのかしら? やだ、うっかりさん。
ともあれ、カーマイン様の何故リアと二人きりにしてくるんだ、という質問には答えるべきだろう。
「何故って、お二人お似合いかと思いまして」
「は……?」
その瞬間、カーマイン様の表情が変わる。
給料日当日に全財産落っことしたみたいな顔だった。
「まて、待ってくれ。婚約者は君だろう!? 私はそんなに他の女性に目移りでもするように見えているのだろうか!?」
「え? ですがほら、わたくしたちの婚約ってあくまでも政略じゃないですか。家同士の。王命じゃないから解消したりする分にはそこまで……って感じもしますし。
それに、リアさんの身分の事を言うなら確かに彼女は身分が低いけれど、カーマイン様もご存じでしょう? 彼女の家庭事情。であれば、お二人がくっついたとしても何も問題はないかと」
穏やかに微笑んだまま言えば、カーマイン様の表情がみるみる青ざめていく。
「政略!? 君はそう思っていたのか!? 確かに両家にとって損のない、どころか得しかないものではあるけれど、しかしそうではなくて。この婚約は私が望んで結んでもらったものだ」
「あらまぁ」
思わずきょとんとする。
えっ、てっきり家同士とりあえずお互いの利益に繋がるから婚約させっかー、的なノリで結ばれたものだと思っていたのに、まさかカーマイン様自らが望んだんですか……?
「何故」
「何故!? 初めて君を見た時に一目で恋に落ちて君しか考えられないと思ったからだが!?」
「あらまぁ」
「嘘だろう……今までの言葉も行動も全て伝わってなかったのか……!?」
何やら驚愕に満ち満ちた表情で慄いているカーマイン様に、何か私の知ってる展開と違ってきたわね、と思う。
いえ、だって。
私とカーマイン様の婚約って政略って事でゲームだと二人の仲ってなんとなく冷めてるのよ。
でもお相手は文句なしの相手だから、気付けばイディアはカーマインに恋をし始めてたけど、ゲームだとカーマインはそんなイディアに対してつれない態度だったし、少なくとも「こんにちは死ね」って感じじゃなくても「あぁ君か、お帰りはあちらだ」とか言いそうな程度には冷めてたはずなのよ。
そんな婚約者様に振り向いてほしくて頑張るイディアだけど、そこに現れるヒロイン。急接近する二人。
自分は相手にされないのにどうして……ッ!? とばかりに嫉妬に怒り狂うイディア。
というのがまぁ、乙女ゲームでのカーマインルートでのシナリオである。わかりやすいね。
確かにカーマイン様はツラが大変よろしい。いくらでも見てられる。正直に言えば液晶画面越しに見ていたい。直はちょっと……
けど、そんな乙女ゲームの内容知ってて、自分がその婚約者になりました。ってなった時にやったーわーいうれしー! ってなる?
そのうちヒロインに掻っ攫われる可能性のある男、しかも自分には素っ気ない、となれば最初から好きになるだけ不毛だなと思ったりするわけで。
それもあって、私は婚約が結ばれたと聞いた時には「あぁ、シナリオ通りにね」としか思わなかったし、婚約者として交流してきなさいと言われて二人きりになった時は「交流しろって言われてもなぁ。ゲームだとこの人イディアの事本当に政略で結ばれただけのなんかゴージャスなドレス着た肉の塊くらいにしか思ってないんじゃないの?」とか思ってたから、会話だってそれなりに当り障りなく、盛り上がるようなネタは提供したりもしなかった。
なんだったら一時的に心にキャバ嬢を召喚して乗り切っていた。
常時キャバ嬢モードになって乗り切るには私には難しすぎた。そもそも前世でもやったことがないしお店でキャバ嬢の接待を受けた事もない。ふわっと知識だけで乗り切れるはずがなかった。
いよいよヒロインさんと遭遇した時は来たか! と思ったくらいなのに。
うっそだろ……!? とばかりに見ていたけれど、流石に何か言わなければと思って私はとにかく口を開いた。
後にして思えば、考えなしに思った事を口から出すとか一番あかん感じのやつなのに。ちょっと予想外の展開に私の思考は突然のバカンスに出かけてしまっていたもので、つるっと滑った言葉は制御できなかったのだ。
「申し訳ございません、どうせ政略だし愛も何もあったものではないと思っていましたし最終的には婚約破棄でもされて違う方と結婚なさるものだとばかり……そうなるだろうと思っていたのでわたくしカーマイン様の事は精々動く芸術作品だと思っておりました。美術品に発情は流石にしませんでしょう? あと何を言われても人ではないと思えば大抵の事は受け流せますし」
「人としてすら扱われていない……!?」
「え? えぇ、だって、いくら綺麗な宝石があったとして、宝石と結婚しようとは思わないでしょう普通」
ガーン、という効果音すら聞こえてきそうなカーマイン様を見て、そこで「あっ、やっちまった」と思考がバカンスから帰ってきた。バカンスじゃなくて昼休憩だったようね。
いやでも、最終的に別れるものと思えば、下手に好きになったらいざその時が来た時別れが辛くなるわけだから……カーマイン様の事は乙女ゲームのキャラとしても実在の人物としても、好ましくは思っておりますが、いざ実際に他の人と結婚するとなった時に笑顔で祝福できなくなる可能性を考えたら、あまり深入りしないようにしようと思ったわけでして……
私にだって流石に見栄とかちっぽけだろうとプライドがあるので、大勢の前でみっともなく泣きわめくような姿は晒したくありません。
だからこそ、笑ってさようならを言える距離感を保とうとしていたのですが……
「何がいけなかったのだろうか。私の言葉や行動に何か、君が不信に思うようなものがあったというのであればその誤解を解かせてほしい」
「いえ、誤解も何も」
「だが、私の愛しているという言葉も君には届いていなかったのだろう?」
「都合の良い婚約者として、という意味かと思っておりました」
「どうして……!?」
色んな意味で限界になったのか、カーマイン様はさながら乙女のように顔を覆ってわっと泣き崩れた。
私がやるより乙女している。イケメンは何やっても絵になるのね。
そんなカーマイン様を眺めながら、私はカップを手に取って紅茶を飲む。
そうして眺める事しばし。
「つまり君は私を愛していないと!?」
「今のところは」
がばっと身を起こして問いかけるカーマイン様への返答は素直な気持ちである。
「ぐっ……わ、わかった。ならばこれからはもっと君に気持ちを伝えるから、せめて好意を持ってほしい」
「別にそんなことしなくても最終的に婚約破棄とかしなかったら結婚するわけだし、必要ありますか? それ」
「私は君を愛しているし、君も私を愛してほしい」
「未来の自分にそう伝えておきますね」
「まるで脈がない……だと……!?」
負けたぜ……! みたいに打ちひしがれたカーマイン様であったけれど。
このあたりで本来予定していたお茶会の時間が終わりを迎えたので私はそんなカーマイン様を置いて馬車に乗りこみ自宅へと帰ったのである。
お茶会はカーマイン様のお家のお庭でした。
そしてその後、宣言通りにカーマイン様はことあるごとに私に愛を囁いた。
バカップルだってこんな口説きあわんぞ、と言いたくなるくらい常時甘ったるい。甘い物なんて食べてないのに胸焼けしてきた。
何をどうすればこの甘ったるさから抜け出せるのだろうか、と思ってリアに相談してみようと思えば、カーマイン様はこの泥棒猫とばかりにリアに宣戦布告をする始末。
イディアの事は渡さない、とかいやあの、まるでそれ私とリアが恋仲みたいに聞こえるじゃないですかイヤですね。
あまりにも乙女ゲームの展開と異なりすぎて、リアもドン引きである。
リアの中の人――というか前世――は、普通の人と普通に恋愛していてもピンとこなくて、他に好きな人がいる相手が自分を選んでくれるという状況でようやく愛を認識できるタイプだった、らしい。
女友達全滅してそうだし、下手すりゃ慰謝料で借金地獄になりそうな話だけど、前世ではそうならなかったようだ。というかそうなる前に死んだらしい。懲りろ?
まぁそんなリアに私は最初からカーマイン様を譲り渡すつもりだったのだけれど。
私がどうぞどうぞと差し出してもカーマイン様が送り出した先から勝手に戻ってきかねないので。呪いの品かな?
ゲームの展開と同じようにカーマイン様がリアとくっついて私と婚約破棄をする、というのが起こりそうもなかったので。
とりあえずリアに似合いそうな男性を見繕うところから始めようと思ったのである。
えーっと、リアのお家の事情とか持ち出したうえで、望まぬ婚約系で奪ってもどうにかなりそうな感じの男性……割と屑しかいないな?
「どうしよっか、リア」
「問題ないわ。調教は得意よ」
「そっか。じゃあこの辺紹介できると思う」
「……それじゃあ、この~、外面に全ステータス極振りしてるっぽい優男とか~」
「わぁお目が高い。こいつ裏では女殴ってるってもっぱらの噂よ」
「わぁい、やったぁ。躾のし甲斐がありそ~」
「じゃ、近々こっちの婚約者の令嬢紹介するから、上手い事取り入って奪うといいわ」
「任せて。ふふ、腕が鳴るわ」
完全に捕食者の目をして、リアが笑う。女豹も逃げ出しそうな迫力である。
あんた一応乙女ゲームのヒロインで見た目ゆるふわなのに何なのその迫力……
近いうちに一つ、政略で結ばれた婚約が白紙か解消か破棄になるとは思うんだけど。
まぁ、一人のご令嬢が救われると思えばそれで。
ついでにリアが楽しそうだからそれで。
ちなみに私は最近会うたびにカーマイン様に、
「愛しているイディア。
君もどうか私を愛していると言ってくれ」
と強請られている。
口に出す事で何かこう、本当にそう思っていると思わせようとしている作戦らしい。
言わないと叱られた犬みたいなしゅんとした表情になるので、あと何回かはその表情を堪能しようと思う。
「まぁ嬉しい。わたくしもカーマイン様の事は、好ましいと思っておりますわ」
にこっと微笑めばちょっと嬉しそうにするけれど、しかし愛してるではなかったのでやっぱりしゅんとなる。
まぁ、愛してる、はいつかそのうち……具体的には次のカーマイン様の誕生日あたりにでも。
ま、誕生日あと半年先なんですけどね。
邪神モッコスからこの話が誕生しました。特に崇める必要はないです。