リチとダリッチ
久しぶりに訪れたシナト領はあまり変わっていなかった。だが私たち一家が長年住んでいた屋敷は長い間空き家になっているそうだ。買い手はついたがさすがに元領主の家は誰も住みたがらないらしい。
街はずれの小さな屋敷に母は眠っていた。いつの間にか随分小さくなっていた。ここ数年私は会うことを禁じられていた為少しショックだった。だが母は、すでに母ではなかったと聞いている。
私は傍らにいるジョンに頭を下げた。
「最後までお母様のそばに居てくれてありがとう、ジョン。」
「とんでもないです・・・俺が勝手にやったことですから。」
ジョンは執事の息子で領主の娘だった母とは兄弟のように育ったが、数年前家を整理する際に解雇されていた。それでも他の仕事をしながら母をずっと支えてくれていたらしい。
「顔を見られて良かったわ・・・お父様の時は見られなかったから。」
ハジムは父の棺の中を確認していたが、私には見ない方がいいと言った。私は怖くなってそのまま埋葬してもらった。元気な時の姿を覚えていればそれで十分だからと自分に言い聞かせて。
その後一緒に食事を取りながら埋葬場所の話になった。シナト家の墓は屋敷の傍にあったが今そこは他人の土地だ。だが父はそこに眠っている、夫婦を引き離して埋葬するのは良くないのではないだろうか・・・
「・・・申し訳ないのですが、彼女は町の共同墓地に埋葬します。」
ジョンは静かに、だがキッパリと言った。
「共同墓地? そんな、せめてドーナー家に埋葬することはできないの? 他の人と同じお墓なんて・・・」
「共同墓地と言っても家族ごとの仕切りはあります。これは彼女の遺言なんです。」
そこで私は初めて長年にわたる両親の不仲を知らされた。父が自殺した時浮気を責められたことも原因の一つと言われていたが、どうやら事実だったらしい。
「・・・私、知らなかった。うちの家はみんな仲がいいって思ってた・・・」
泣き出した私をジョンは気の毒そうに見て言った。
「きっとリチ様にだけは知られたくなかったんですよ。リチ様だけがあの家の明かりでした。」
子供の様に泣き出した私をハジムはずっと優しく慰めてくれた。
翌日ささやかなお葬式の後、母は共同墓地に埋葬された。そこは想像していたよりも広々としていて奇麗な場所だった。
母の棺に土がかけられて埋められていくのをみても父の時のようには泣かなかった。私はもう21歳で、立派な大人なのだから。
「パル、来なかったね。」
王都へ帰る馬車の中で小さくこぼすと、ハジムは困ったように笑った。
「そうだね・・・だから僕が代わりに許可を出しておいたよ。」
「なんの?」
「ジョンはいつかあのお墓で一緒に眠りたいんだって。」
「お母様と・・・? お母様とジョンはそういう関係だったの? ・・・いつから?」
「リチが考えているようなことはないよ。ただあの二人は生まれ変わったら一緒になろうって約束したんだってさ。」
「・・・それを許可したの?」
「ああ。リチが思ってるよりね、きみのお母さんはひどい状態だったんだよ。それを支え続けた男に少しぐら良いことがあってもいいだろ?」
「・・・ハジムはジョンに同情してるの?」
「まあね。僕は君が恋を知る前に知り合えたから良かったけど、もし君がずっと年上で他の誰かと既に結婚していたらって想像しただけで気が狂いそうになるんだ。だから・・・ジョンには同情してる。あの男は好きな女が幸せそうでも不幸そうでもただ黙って見守っていたんだよ。」
ジョンがお母様を・・・そう思うとそれ以上何も言えなくなった。ジョンはいつだって私たち姉弟に優しかった。特に気難しい所がある弟と仲良くしてくれていたと思う。パルがジョンに子ども扱いされてふくれているのを見るのが好きだった。妙に大人びた弟がそういう時はちゃんと弟に見えたから。
「パル・・・元気なのかしら。ちっとも会ってくれないけど。」
パルはもはや王都では知らない者のいない大きな服飾ブランドの経営者だ。忙しいらしく手紙も帰ってこないし、直接訪ねてもいないと言われてしまう。どうして姉に会ってくれないのだろう、たった二人の姉弟なのに。
「元気みたいだよ、仕事の方はかなり活発に動いてる。・・・シナト家の方は僕が清算するから心配しないで。残った使用人もジョンも問題なく暮らせるようにするから。」
ああそっか、領主ってそういう心配もしないといけなかったな。私ダメだなぁ・・・弟やハジムに甘えるばかりだ。
「お母様は・・・」
幸せだったのかと言いかけて、死に顔を思い出して止めた。今となっては幸せな時期もあっただろうと願う事しかできない。
「みんながみんな幸せになる為に生きてる訳じゃないさ。与えられた役目を果たすだけの生き方もある。」
ハジムの言葉はわかるようでわからなかった。
馬車に揺られながら来年は沢山花の種を持ってこようと思った。お墓に植えたらきっとお母様は喜ぶだろう。そんなことを考えながらハジムの肩に持たれているといつの間にか眠ってしまった。
夢の中でハジムが誰かと話をしていた。鳩?・・・ああ、アダールさんとミツさんだ。
「ついに魔王誕生か。」
「祝う気にはならないけど、まあ、仕方ないわよね。」
「これでユマ様のことは忘れてくれるってことでいいんですよね?」
「しばらくは大丈夫そうよ。仲良くやってるわ。」
「しばらくじゃ困るんですけど・・・」
「君たちが寿命を迎えるぐらいまでは大丈夫でしょ。約束通り、ユマの魂は回収するよ。」
白く小さな光が私の中からふわりと浮いた。光はチカチカ瞬いた後アダールさんの手元で消えた。
「・・・きれいなもんだね。」
「奇麗なものだけを集めた魂だよ。ユマとルビーの愛の結晶と言ってもいい。」
「ユマ様の魂じゃないの?」
「魂すらあの魔女に侵されている。かわいそうなお姫様だ。」
かわいそうなおひめさま・・・それは絵本の名前だ。でも簡単に可哀そうだなんて言って欲しくないな。がんばって生きたじゃないか。
「その魂はどうするの?」
「違う世界に流すよ。今ならきっとルビーは追ってこないから。」
その後も何か三人で話していたが、声はどんどん遠くなって聞こえなくなった。
気が付くと私はハジムに抱きかかえられて歩いていた。
「ん? 起きた? もう部屋だからこのまま寝てていいよ。」
辺りを見るとドーナー家のいつもの部屋の中にいた。どうやらシナト領から戻る馬車の中で眠ってしまったらしい。・・・ハジムが広い空間で誰かと話をしていたのを聞いたのはやっぱり夢だったんだろうか。
ぼんやりしていると優しくベッドに下ろされた。薄明りに優しい旦那様の顔が見える
「ハジム、愛してるよ。」
「え?」
ハジムがきょとんとした顔でこちらを見た。じーっと見返すとハジムの顔が少し赤くなる。リチではなかなか見られないけど、このハジムの照れた顔が好きだ。昔とは全然違う顔でも見られたら嬉しい。
「どうしたの? ・・・僕も愛してるよ。」
「知ってる。」
手を伸ばしてハジムの顔を撫でた。この手が誰のものでも、この顔が誰のものでも愛しさには変わりない。
たとえこの魂が誰のものであったとしても。
「生まれ変わったらまた探しに来いよ。」
「・・・順番だと次はそっちが探す番じゃないの?」
「知るか。取り合えず次は絶対こっちの方が先に逝くから。先立たれる辛さを思い知れ。」
ハジムはすごく困った顔をした後に渋々わかったと言った。可愛い奴だ。
俺には人の妻になった人の近くにずっと居続けたジョンの気持ちがわかる。好きな人が幸せならそれで良かったんだ。愛ってそんなもんだろ?
ハジムを抱きしめると抱きしめ返してくれた。まあ、生きてる間は誰にもあげないけどね。




