リチ
15歳の時、父親が死んだ。
優しい父だった。なのにお葬式で聞こえたのは悪口ばかりだった。私は弟に泣きついた。
「横領とか愛人とか信じられない。お父様がそんなことをするはずない!」
弟は優しく慰めてくれた。
「そうだね。でもシナトブランドが少し行き詰ってるのは確かなんだ。母様の体調に合わせて事業の規模は縮小していくけど、姉さんは心配しなくていいから。」
家には明らかに体調が悪そうな母とそれを支えるまだ12歳の弟しかいないのに、既に花嫁修業として相手の家に移っていた私にはどうすることもできなかった。
お葬式が終わって王都に戻ってもまだ私は泣きぬれて暮らしていた。婚約者はそんな私の為に色々と手を尽くしてくれたが、シナトブランドの縮小は避けられなかった。元々トップである母が好き放題やってそれが上手くいっていた組織だ。母がいないと運営自体が難しく、財政を管理する父も亡くなった今、小さな弟だけでは維持が難しいという。
こんなことならもっと真面目に服飾の勉強をするんだった。向いていないから、弟の方が向いてるから。すでに結婚相手も決まっていてその人は大金持ちで私が働く理由なんてないから。そんな甘えた考えで家族が窮地に立たされている。
「ねえハジム。やっぱり私がお父様のように財政を管理すればシナト家は持ち直すんじゃないかしら?」
優しい婚約者は静かに首を振る。
「残念ながらきみのお父さんが亡くなる前から財政は悪かったんだ。僕には彼が責任をとって自死を選んだようにしか見えないよ。」
父は自殺だった。死んだってなんにもいい事ないのに。残された家族が悲しむだけなのに。
それでも婚約者は何人か人をシナト家に送って財政面の回復を図ろうとしてくれた。だけれど雪の坂道を滑り落ちるように、何もかもが悪い方へと転がっていってしまった。
18の時、シナト家は解体された。母は働けなくなり弟が用意した家へ数人の使用人と共に屋敷を出た。事業は売られ沢山いた従業員や使用人はほぼ解雇された。そんな大変なことをまだ15の弟がやり切ったのだ。
周りの勧めもあり元から予定されていた私の結婚パーティはそんな最中行われた。母は来られなかったが、弟は笑顔でおめでとうと言いに来てくれた。
「これからはリチ・ドーナーって名乗るんだよ。シナト家のことはもう全部忘れていいから。」
その後爵位を返上したシナト家は貴族ではなくなった。わざわざ私の結婚まで待ってくれていたのかと思うと涙が止まらなかった。せめて母がデザインした白いドレスを私が着ている所を見て欲しかった。だが会える状態ではないと言われ続け返事のこない手紙を書き続けるだけとなった。
「ねえハジム。ダリッチはどこへ行ったのかしら?」
私はそっと胸を押さえて夫に聞いた。優しい夫は仕事の手を止めて答えてくれた。
「そうだね。最近見ないね。」
「・・・病気が治ったのかしら。なんだか寂しいわ。」
「ああ、僕もダリッチは好きだからね。少し寂しいね。」
心の片隅では仕事中のハジムの邪魔をするな!と叫んでいる存在がある。私だって普段なら仕事中のハジムの所に押しかけるなんてこと滅多にしない。だけど今夜は妙に胸が騒ぐのだ。怖くて一人ではいられなかった。
そんな私を見てハジムはペンを置いた。立ち上がり一緒に眠ろうと言ってくれた。
「でもお仕事は・・・?」
「きみより大事なものなんてないさ。それにまだ月末まで日があるしね。」
夫は優しい。出会った時からずっと優しい、私の王子様だ。
その日はハジムの手を握って眠った。そして翌朝、母の訃報を聞いた。




