15.魔王誕生
クロの葬儀がひっそりとドーナー家の片隅で行われていた頃、僕は自分の家に帰る馬車に乗り込んだ。
「ねえ、お姉ちゃんも一緒に帰ってあげようか? それかやっぱりもうしばらくこっちにいた方がいいんじゃない?」
姉は何度も聞いたセリフを繰り返す。もう返事をするのも面倒くさい。
「手紙ちょうだいね!」
姉は最後にそう言うといつまでも後ろで手を振っていた。相変わらず暇そうだなぁ。
ルビーから取り戻したパプルの石は小さくて紫色をしていた。僕の体に取り入れるとすっと馴染んで消えてしまった。多少の魔力と、惨めな人生の記憶だけを僕に残して。
馬車は天気のいい田舎道を快調に進んでいた。窓を開けてぼんやりと景色を眺めていると眠くなってくる。ウトウトしていると鳥の羽音で目が覚めた。
反対の窓から青い鳥が入ってきたと思うと、それは急に人へと変わった。驚きすぎて声も出ず椅子から落ちそうになった。
「なんだ可愛い所もあるじゃないかパル君。初めましてだね。」
そう言うと赤髪の男は窮屈そうに僕の斜め前に座った。一見ハジムかと思ったが、よく見ると違う人だ。
「・・・誰?」
慌てて椅子に座りなおして問う。とりあえず人間じゃないのは確かだ。
「ドーナー家の守り神、幸運の青い鳥だよ。」
男はにっこりと笑った。敵意はなさそうだがかなり強い魔力を持っている。
「そう警戒しないで。僕はルビーの友達だから。」
「・・・ルビーは、友達はもう死んだって言ってたけど。」
「ひどいなー。結構長い付き合いなんだけどなー。」
男はニコニコした顔を崩さない。得体が知れなくて不気味だ。
「あ、今不気味だって思ったでしょ? 僕はきみがこっち側にくるっていうから見に来たんだよ?」
「こっち側とは?」
「不老不死」
男は相変わらず笑っている。
「新しい魔王が誕生するっていうから見に来たんだ。でもきみにはまだ早いんじゃない?」
「知ってる。だからこれから数年かけて準備をする。」
「・・・ずいぶん慎重なんだね。」
「まずシナトブランドに匹敵するブランドを僕の手で立ち上げる。この国の全員に僕の服を着させる。」
「なんの意味があるの?」
男は首を傾げた。
「次にシナト家を滅ぼす。僕は誰でもないただの魔王としてルビーと一緒に君臨する。」
「・・・変わった君臨の仕方だね。服を着せることが征服の証なの?」
「おしゃれだろう? あいつら全員に素敵でしゃれた僕の服を着させるんだ。」
男がやっとニヤニヤするのをやめた。
「ちょっと想定外過ぎてコメントが難しいな・・・」
別に金も権力もいらない。この煮えたぎる憎悪を、飲み込んでくれる女がいればそれでいい。
「まあいっか。君がこちら側にくるのを楽しみにしてるよ。」
男はニコッと笑うと青い鳥に姿を変え窓から飛んで行った。魔女も勝手だが天使だって結構勝手なんだな。
暗くなるころシナト家に着いたが、出迎えてくれたのは使用人だけだった。
「坊ちゃん、俺にぐらい出かけること言っといて下さいよー。びっくりしたじゃないですかぁ。」
ジョンの声だけが妙に明るく僕の部屋に響く。一週間程の外出ではなにも変わっていなかった。当然だけど。
「ジョン、今でも母さんのことが好き?」
ジョンが動きを止めて僕を見た。目をぱちくりさせている。
「何を・・・どうしたんですか、急に。」
「五年前にジョンと母さんが抱き合ってるのを見たよ。生まれ変わらないと無理だって、ジョンは母さんに言ってたよね。」
ジョンは神妙な顔で頭を下げた。
「申し訳ございません。あれは・・・奥様が泣いていたので、つい・・・」
「謝って欲しいんじゃないんだ。ジョンは僕が一人前になったら出て行くつもりだってみんな知ってる。だから執事の仕事をどんどん他の子にやらせてるんだって。・・・ねえ、なんで他の男のものになっちゃった女をずっとそばで見守っていられたの? キスもしたことないんでしょう?」
ジョンは大きなため息をついてソファに座った。髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きまわした後、やがて諦めたように笑った。
「まったく・・・12歳が聞くことかそれ。」
「僕を普通の子どもでいさせてくれなかったのは皆のせいだよ。責任は、取ってもらう。」
「そうかい・・・そうだな。お前は聡いのにまだ子どもだから、しんどかったな。ごめんな。」
ジョンに謝られると心のどこかが傷んだ。
「おくさ・・・ロッテのことは、ガキの頃から愛してるよ。結婚しても子供が生まれても。幸せそうならそれで良かった。姉みたいなもんだと思ってたんだけどな。」
ジョンは大きなため息をついた。
「それで? それを聞いてパルはどうしたんだ?」
「・・・内緒。でもいざとなったら母さんを連れて逃げてね。僕が言えるのはそれだけ。」
尚も何かを言おうとするジョンを部屋の外に追い出す。あの人が僕の父親なら良かった。でも現実は違うんだから仕方ない。
半年後、父親が首を吊って死んだ。僕は業務上横領と不倫を指摘しただけだ。母は喜ぶかと思いきや、その頃からあからさまに酒の量が増えた。
幼いころから天才的な計算能力を有していた父とデザイナーの才に溢れた母は王立学園で出会った。情熱的な恋に落ちた二人は学園を卒業してすぐに結婚した。両親は子供を育てながらも精力的に働き、シナトブランドをどんどん大きくしていった。だがそれも終わりだ。父は死に、母はもう新しいデザインなんて何も浮かばないと言う。
僕は15の時シナトブランドを小売りの大手商店に売り払った。トップと名前だけを変えた新しい服飾ブランドは今のところ順調なようだ。僕は母の為に小さな家を買った。数名の使用人だけを残しほかはジョンを含め全員解雇した。そしてシナト家の爵位返上を進上し受け入れられた。
15歳の僕が持っているものは、母に叩き込まれた服飾の知識と技術、酒浸りの母親、それなりにあるが一生暮らせるほどではないお金だけになった。
貴族ではなくなった僕は王立学園には入らず、王都で小さな店を始めた。店の名前は「パル・ソドム」とし、名前もそう名乗るようになった。
最初は普通の平民にも手を出せる程度の値段の服を売り、季節ごとに新しいファッションを店先に飾った。太ももが見えるほど短いスカートや、全身真っ黒な布で覆い隠されているのに動くとチラッとスリットから素肌がのぞく服などが評判を呼び、僕の店は瞬く間に大きくなった。
客に媚びる為の笑顔をつくるたび、思ってもないお世辞を言うたびに、僕の怒りと憎悪は深くなる。
そして18の時、売り払った旧シナトブランドを買い戻した。買い戻した組織はこれから時間をかけて小分けにしてまた売り払うつもりだ。シナト領は領主がいなくなってから暫定的に裕福な領民数名で運営している。そいつらに売ればきっと買い取ってくれるだろう。格安で売る代わりにシナト領の名前を商業組合連合領にでも変えるようにいえば、シナトの名前はこの地から消える。
「ルビー」
大きな椅子に深く腰掛けて魔女の名前を久しぶりに呼んだ。六年ぶりに会う魔女はちっとも変わっていなかった。
「なんじゃ? 母親が死んだのに葬式も行かんのか?」
「死体は見たよ。あの人は魔女にならなかったんだね。」
「・・・普通の人間は魔女にも悪魔にも天使にもならんよ。素養がある奴だけじゃ。素養があっても普通はならん。」
「魔女に普通を説かれてもねぇ。・・・姉さん、元気だったでしょ?」
「そうじゃな、リチもハジムも元気そうじゃった。わしもそろそろ呪いをとくべきかのう。」
「呪い?」
「睨むな。昔な、人間は多すぎるから減ればいいと思って、子が生まれにくくなる呪いをかけた。順調に人間が減っていって嬉しかったが、そろそろ許してやってもいいかもしらん。」
返事を考えるのが面倒で僕は黙った。別にどっちでもいい。
「そんなことよりさ、今古い屋敷を買って中を改装中なんだ。一緒に住む?」
「・・・いいけど。」
「きっと気に入ると思うよ。すごく悪趣味だから。」
「別にわしは悪趣味が好きなんじゃないんだけどな。」
「嘘つけよ。その喋り方も、ずっと15歳のその見た目も、悪趣味の塊じゃないか。」
ルビーはむっとした顔をして近づいてくると僕の膝の上に座った。ほらやっぱり下品だ。
僕が笑うとルビーも笑って両手を僕の首へとまわした。
「どんな家?」
「見た目が全部真っ黒な家。」
ルビーは声をあげて笑った。
「最高じゃな。いい男になったもんだ。」
そう言って僕に真っ黒な石を差し出した。薄明りの中でもキラキラ光ってとても美しい。
僕は迷いなくその石を受け取った。
くだらない人生にけりをつける為に。




