5.反旗
魔法の習得はサクサク進んだ。
「こっちの石には明かりを詰めといて。」
「明かり・・・火とは違いますよね?」
「全然違う。太陽でも見ながら考えな。」
師匠にそう言われて魔石を片手に外に出た。今日もいい天気だ。眩しいなぁ。
しばらく太陽を見つめて目を閉じる。瞼の裏に明るい光が見える。これを、こう・・・
すんなりと魔石の中に光が入った。私って天才なんじゃないだろうか。
「できましたよー」
そう言って戻ると師匠は呆れた顔で煙草を吸っていた。特定の葉っぱを丸めて火をつけるキセル煙草とやらが師匠の好物らしい。自分で作っているそうだ。
「またこんな締め切った部屋で煙だして・・・」
「魔女よけなんだよ。この煙草が大嫌いな魔女がいるんだ。あたしもあいつが大嫌いでね。・・・自分が嫌いだからってこの世界から煙草を消しちまった最悪な女だよ。」
世界から特定の物を消してしまう魔女、それってすごい魔女なんじゃないだろうか。
「へー、その人も五百年ぐらい生きてたりするんですか?」
「さあね、よくコロコロ生まれ変わってるからいつからいるのかは知らんよ。興味もない。」
師匠は吐き捨てるように言った。よっぽど嫌いらしい。
「それで? 水と明かりの次はなんですか?」
「普通は火なんだけどねぇ・・・あんた火苦手だろ?」
「苦手ってほどでもないですけど。」
まあ得意って訳でもないな確かに。
「だから先に治癒魔法を覚えな。」
「ちゆ? 病気を治すってやつですか?」
「そう。やってみな。」
「いや、さすがにいきなりやれって言われても・・・どうやってするんです?」
「傷口周りのあれやこれやを調整するんだよ。」
「全くわかりません」
「手っ取り早いのは自分の怪我を治すことだね。できるようになるまで来なくていいよ。」
師匠はそう言って寝る体制に入ってしまった。
どうしようもなくなって私は外に出た。ちょうど昼時だ。
屋敷の食事室にいくとハリーが昼食を並べていた。ちゃんと二人分あったのでありがたく頂くことにする。
「・・・ババ様は様子はいかがですか?」
しばらく黙って食べた後ハリーがポツリと言った。
「どうでしょう。あまり長くは起きていられないようですね。」
「そうですか・・・」
ハリーはそのまま黙ってしまった。なんだか苛々する。
「あんな年寄を閉じ込めて魔石を作らせるなんて、恥ずかしくないんですか?」
「閉じ込める? 閉じ込めてなんていませんよ。ババ様はいつでもあの場所から出て行けます。」
「昔はそうだったかもしれないけど、今は閉じ込められてますよ。もうあんまり歩けもしないでしょ?」
「・・・そうかもしれませんね。あの方も、歳を取った。」
ハリーは寂しげに笑った。
「あの人の若い時を知ってるとでも?」
高々30年ぐらいしか生きてない若造が?
「絵が残っています。後で見せてあげますよ。」
言葉通りにハリーは食後、若い女の肖像画を見せてくれた。
銀の髪に赤い目の美少女・・・私じゃん。
「この絵とあなたが似てるような気がしたんですが、気のせいだったようですね。」
いやいや似てるよ? 私の絵だって言ってもみんな信じるよ?
絵の中の少女をしげしげと見つめた。見れば見るほどそっくりだ。あの婆さん白髪かと思ってたら、銀髪だったのか。
「歴代のソドム家当主が愛した女性です。あなたとは違いますよ。」
ハリーは真顔で言った。なんだこいつババア好きか。どうりで私に興味ないわけだ。16才じゃ若すぎたんだな。
「なるほど。色々わかりました。見せて頂きありがとうございます。」
礼を言って部屋を出ようとすると、ハリーが釘をさしてきた。
「そろそろ掃除もして下さいね。部屋が汚れてますよ。」
「掃除は私の仕事じゃありません。」
私はそう言って部屋を出た。守り神兼メイドとか頭おかしいだろ。
隣の自分の部屋に戻ると、床に知らない服が置かれていた。手に取るとどう見ても古着だ。色褪せていたり、繕った跡があったり。
「あら奥様もう戻られたんですか?」
勝手に扉を開けてメイドが入ってきた。ノックってもんを知らんのか。
「この服はなにかしら?」
「奥様が服が欲しいって言ってたから買ってきて差し上げたんですよ。感謝してもらえますぅ?」
メイドはにっこり笑って言った。
「なるほどねぇ・・・」
「それより奥様、早く掃除してくださいね。ほこりが溜まってきてますよ。」
「私はメイドじゃないので。」
「・・・ここは領主様だって掃除します。奥様のくせにそんなこともできないのですか?」
メイドが笑顔を消した。それでいい、気持ち悪いんだよ、お前も。
「誰に向かって口聞いてるの。メイドのくせに偉そうね?」
出来る限り尊大にメイドを見下ろす。メイドは黙っていたが怒りからか手を震わせていた。
「・・・この件はハリー様に報告させてもらいます。」
そういうと扉を叩きつけてメイドは出て行った。うぜえ。飼い主も飼い犬もうぜえ。
私は急いで最初に持ってきた鞄だけ持って部屋を出た。急いで師匠のいる家に入ると、師匠はすごく嫌そうな顔をして目を開けた。
「来るなっていったよね・・・?」
「色々あるんですよ。本でも読んであげますから黙って寝ててください。」
師匠は疲れた様にまた目を瞑ったので、私は鞄の中から本を取り出した。