11.決意
夕食は久々に姉とハジムと三人で食べた。ハジムが忙しいのは一段落したらしい。食後人払いをして三人だけになった部屋でハジムが切り出した。
「魔界の扉に入ったんだって?」
「ええ、まあ。」
「私も話でしか知らないんだ。どんな所だった?」
「意外と普通でした。空が黄色だったり空気が毒だったりとかはなかったです。」
ハジムはくすくす笑った。
「そう・・・学園生以外は入れないって聞いてたけど、さすがはルビーってとこかな。」
姉が無邪気に割り込んだ。
「それでどうなの? ルビーのこと好きになったりした?」
「なる訳ないでしょ。」
「そっかぁ・・・恋愛小説では定番なんだけどなぁ。ヒロインのピンチをヒーローが救うっていうのは。」
「姉さんちょっと黙って。・・・ハジム様にご相談があるんですが。」
「なんだい?」
「姉がいないところでお話ししたいです。」
むくれる姉を無視してハジムを見ると、ハジムは頷いて立ち上がった。後ろをついて行くと連れていかれたのはハジムの執務室だった。
ソファに向かい合わせで座る。
「・・・今、この部屋にクロはいないですよね?」
ハジムがほんの少しだけ迷って頷いた。クロ以外の誰かはいるんだろう。
「クロがルビーにそそのかされてるのはご存じですか?」
「・・・ハチマツ」
ハジムが誰かの名前を呼ぶと、まるで壁から浮き出た様に小柄な男が現れた。黒髪で40歳ぐらいだろうか、あまり特徴のない平民風の男だ。
「クロの父親のハチマツだ。ハチマツ、気付いたことを話せ。」
「・・・申し訳ございません。クロは魔女にたぶらかされております。」
ハチマツは床に片膝をついて言った。
「具体的には?」
「自分を魔王の生まれ変わりだと信じております。」
ハジムがため息をついた。
「まあ確かにみんなで似てるって言い過ぎたかもね・・・でも魔力がぜんぜん足りないでしょ。」
「どうやら魔王の石を手に入れたら本物の魔王になれると思っているようです。」
「あー・・・そっちは僕は門外漢だな。石を手に入れたら自動的に強くなるのかな。」
ハジムは困った顔で足を組んだ。残念ながら詳しくないらしい。
「パルはどこでそれに気付いたの?」
「クロに一緒に魔王の石を手に入れようと言われました。」
「それはもうダメだね・・・ハチマツ、クロを拘束して地下牢に入れておいて。」
「承知しました。」
ハチマツは立ち上がると礼をして静かに部屋から出て行った。
「親に子を捕まえさせるんですか?」
「クロを影として育てたのはハチマツだからね。責任は彼にもある。」
涼しい顔でいうハジムはなんだか少し怖かった。これがやり手実業家というものか。
「・・・でも結局、ルビーをどうにかしないと解決にはなりませんよ。」
「そうだね・・・ルビーは何をしたいのかな。」
「モテたいって言ってました。」
ハジムが嫌そうな顔をして黙った。その時遠くで誰かの怒鳴り声が聞こえた。ハジムがすぐさまソファを蹴って部屋を飛び出す。後に続いて廊下に出ると、ハジムは迷わず姉の部屋を開けていた。
「リチ! 無事か!」
慌てて僕も部屋の中に入ると、割れた窓ガラスと姉を抱きしめるハジムの姿が目に入った。ハチマツは床に片膝をついている。
「申し訳ございません。取り逃がしました。」
「捕まえろ。それまで戻ってくるな。」
「御意」
短いやり取りの後、ハチマツは割れた窓から姿を消した。漠然ともう会うことはないだろうなと思った。
「ねえハジム、何があったの?」
姉は訳が分からないという顔をしている。怯えてはいないようだから良かった。
「そうだね・・・僕の部屋に行こう。」
ハジムが姉の肩を抱いて部屋から出て行った。部屋の中では使用人が粛々と割れたガラスの片づけをしている。姉が今日ここで眠るのは難しそうだなと思った。
廊下に出ると姉に名前を呼ばれ仕方なくハジムの部屋に一緒に入った。別に僕から話すことなんてないと思うけど。
ハジムは姉と同じソファに腰かけて、簡単に経緯を説明した。クロがルビーにそそのかされておかしくなっていたので、捕まえるように指示したと。
「いきなり捕まえなきゃいけないほどおかしくなってたの? クロってハジムと兄弟のように育ったんじゃないの?」
「・・・小さい頃から知ってるのは事実だけど、別に兄弟って程じゃないよ。」
「嘘だ。あんたが気を許す数少ない人間だろ? だったら・・・」
「逃げ出したのはクロだ。むしろパルに指摘されるまで何もしなかったのが遅すぎたぐらいだ。」
姉の言葉を遮ってハジムが言った。姉が僕を見る。僕はやれやれと思いながら二人の向かいのソファに座った。
「確かにクロはおかしくなってたと思うよ。拘束が妥当だと思う。」
「どうおかしかったの?」
「世界征服を企んでた。」
姉がはぁ?という顔で僕を見る。べつに僕が企んでるわけじゃないんだけど。
「自分を魔王の生まれ変わりだと信じてた。たぶんルビーがそそのかしたんだと思う。」
ルビーの名前を聞くと姉が黙った。嫌な沈黙が流れる。
「・・・この際だから言わしてもらうけど、僕はパルの魔力が数日前と比べて数段強くなってるのが気になる。」
ハジムの声に顔を上げるとハジムは強い視線でこちらを見ていた。
「え? そうなの?」
姉は僕をじろじろ見たがわからないらしい。
「まあ、そうですね。今この部屋に防音の魔法が張られていることはわかります。」
僕たちが部屋に入ってすぐ、ハジムは部屋全体に防音の魔法をかけた。外の音が聞こえない代わりに中の音も外に聞こえない魔法だ。音もなく静かにかけられたそれは、昔の僕なら全く気がつかなかっただろう。
「正解。具体的な方法はよくわからないけど、たぶんルビーがパルの魔力を引き上げてる。」
「なんの為に?」
姉が首を傾げる。
「・・・パルに一緒にいて欲しいんじゃないかな。」
「なにそれ、人の弟をなんだと思ってんの!?」
姉の目が吊り上がったが、姉にできることはなにもない。
「クロの魔力も上がってましたよね?」
「うん、だけど君ほどじゃないよ。・・・モテたいってどういう意味だろうね。」
「はあ? ルビーはモテたいからってこんな訳わかんない事してんの? もうあいつ殴ればよくない? ちょっと呼び出そうか?」
いきり立つ姉をハジムが宥める。殴って終わるなら僕はもうそれでいいけど。
「問題はね、僕らじゃルビーに勝てないってことなんだ。一時的に殴ろうが監禁しようが、ルビーを止めることができない。だからルビーが欲しがっているものを僕たちの被害が少ないように渡してしまうっていうのが一番いい気がするんだけど・・・」
ハジムはそう言って僕を見た。姉も僕を見て慌てたように言った。
「パルはあげないよ!? 悪いけどパルをあげるぐらいならクロで我慢して欲しい。パルは絶対ダメ。ぜったい・・・パルが犠牲になるぐらいなら、私が・・・」
涙目で言う姉の肩をハジムが抱いた。相変わらず姉は優しいだけの人だ。ルビーが欲しいのは姉じゃないのに。
「ルビーの本当の狙いは僕だよね? ハジムさん。」
話しかけるとハジムは迷ったようだが頷いた。
「たぶんね。クロはきっと利用されてるだけだ。」
「そうなると僕が出ていくのが早いね、だけど大人しくあんな魔女の言いなりになるのも嫌だな。」
姉は心配そうに僕を見ている。
「だから、僕がルビーより強くなればいいんだ。」
「・・・パル?」
姉の呼びかけに僕は笑った。簡単なことだ。この世は強い者が弱い者を支配するようにできている。
「魔王の石を使うつもり?」
ハジムの質問に笑顔で頷いた。
「でもそれじゃ、結局の思うつぼじゃないか。」
「仕方ないね。男は誰でも力を欲しがるものでしょう?」
**
話し合いは遅くまで続き、姉は途中で眠ってしまった。眠った姉を大事そうに抱きかかえてベッドに寝かせる義兄をソファから見守る。ハジムは僕を信用していないけれど、僕はハジムを姉の配偶者としては信頼している。きっと何があっても姉のそばに最後までいてくれるだろう。
「さて・・・酒でも飲みたい気分なんだけど、君まだ12歳なんだよね?」
ソファに戻ってきたハジムが苦笑しながら言った。
「そうですよ? 姉もまだ15歳です。大事にして下さいね。」
「あの子はまだ前世の記憶があるけど・・・ひょっとして君にもあったりするの? 前世の記憶。」
「ありませんよ、そんなもの。」
僕は僕だ。たとえ前世があったとしても、今の僕に干渉するなんて許さない。
「・・・何人か死人がでることは覚悟して下さいね。」
「ああ」
「姉は悲しむでしょうから傍にいてやってください。」
「・・・すまない。」
「あと、僕の目が届く範囲で姉に手を出したらぶっ殺しますから。」
ハジムはおどけたように両手を上げた。
「しないよ。ちゃんと18までは何もしない。」
それだけ聞ければ十分だ。僕は立ち上がって姉の方を見た。姉は何も知らずに眠っている。
「おやすみ」
僕は小さく呟くとハジムの部屋を出た。
いや別に、死ぬつもりはないんだけどね。




