10.馬鹿ばっかり
次の日目を覚ますと、姉が泣きそうな顔でそばにいた。
「パル! やっと起きた。心配したんだから・・・」
泣きそうじゃなくて泣いてるらしい。ベッドの脇に跪いてベッドに顔を埋めている。僕は手を伸ばして姉の髪を撫でた。
「ごめん、姉さん。ちょっと疲れちゃって。」
「ほんとに心配したんだから! パルは目覚まさないし、ルビーはいくら呼んでこないし。何があったの? ルビーがなにかしたの!? お姉ちゃんが叱ってあげるからちゃんと言いなさい!」
目に涙をためて言う姉は、姉というよりも妹みたいだ。もう一度頭を撫でると叱られた。
「パル! お姉ちゃんは怒ってるの! 何があったのか言いなさい!」
涙目で睨まれても笑ってしまう。だが更に睨まれたので渋々話した。
「何って別に、魔界の扉に入っただけだよ。」
「魔界の扉? たまに学園に現れるっていう?」
「詳しいことはよくわからないけど・・・」
「あれだよね? 一緒に入った男女は結ばれるっていうヤツ。」
は?
「え? 何それ。」
私もハジムに聞いただけだからよく知らないけど、と言って姉が教えてくれたのは、一緒に中に入って戦うことで男女が結ばれること、昔の国王夫妻やドーナー家領主など実際に結婚したカップルが複数いることだった。
「ルビーがそんなジンクスに頼るなんて意外だけど・・・まああの子意外と乙女だもんね。」
眩暈がする頭の中で昨日のことを思い出す。一歩間違えれば死んでいたと思うが、全部魔女が仕組んだことだったのか? 確かに魔女なら死んでも生き返らせてくれそうだけど、そんなつまらないジンクスの為に俺は死にかけたのか?
笑う元気もなくなって天井を見上げた。魔女にいいように扱われている自分の矮小さが恨めしかった。僕には力が足りない。
「パル? どうしたの、やっぱり具合悪い?」
傍らで慌てている姉は、ドーナー家の権力と財力と強い魔力を持つ婚約者に守られた存在だ。あの家で服を作り続けて、好きでもない相手に気のあるふりをして服を買わせ一生を終える僕とは違う。
医者を呼ぼうとする姉に疲れただけだと言って目を閉じる。実際ひどく疲れていた。僕には、力が足りない。
目を瞑るだけのつもりだったがいつの間にか本当に眠っていたらしい。空腹に目を覚ますと姉はいなくなっていた。外は明るいのでまだ昼間だとは思うが、一体自分は何時間眠っていたのだろう。
小さなノックの音に体を起こすと、返事をする前に使用人がワゴンを押して部屋に入ってきた。あの髪型はクロとかいう姉の護衛だろう、姉もいない部屋で何をしているのか。
「もうお目覚めでしたか。おはようございます。軽食をお持ちしました。食べられそうですか?」
頷いてテーブルにつくと美味しそうなスープとパンが置かれた。
「暖かいうちにどうぞ。」
一人で黙々とスープを口に運ぶ。体に染み渡るような美味しさだった。食べながら昨日の記憶を思い出した。馬車でドーナー家まで戻ってきたのはいいが歩くのも億劫でクロに抱えられるようにこの部屋まで来て、確か着替えまで手伝ってもらった気がする。恥ずかしいとは思わないが、情けないとは思う。
「・・・本来、魔界はそれなりの魔力を持った人間しか入れません。お疲れになられて当然です。」
離れた所で礼儀正しく目を伏せていたクロが言った。喋る許可は出していないが。
「そのようですね。随分と疲れました。クロにも迷惑をかけたようで。助かりました。」
微笑んで言葉を返すとクロはとんでもないという顔で頭を下げた。
「ところであなたは姉の護衛だと聞いていましたが、姉はどうしてるんですか?」
なにサボってんだ?
「リチ様は今ハジム様とおられますので。その間は近寄るなと言われております。」
「・・・随分とハジム様は腕に自信がおありなのですね。」
護衛に見られると困る事でもしているのか、大人のくせに。
「実際、私よりもハジム様の方がお強いですから。」
クロが目を伏せて笑った。護衛なら笑い事じゃないだろ。
「・・・食事はこれだけですか? もう少し食べられそうなんですが。」
「いつ頃目覚められるかわかりませんでしたので冷めても大丈夫なものだけをご用意していました。すぐに肉、魚なんでもご用意できます。お好のみの物はございますか?」
「では肉と魚を少しずつ。果物もお願いします。」
クロは空いた食器を下げると部屋を出て行った。時計を見るとちょうどお昼時だった。昨日の朝から何も食べていないのだからお腹が空くはずだ。
戻ってきたクロのサーブで食事を次々平らげる。食事は全て美味しく、食べ終わるころにはとても満ち足りた気分だった。昨日の最悪さが嘘のようだ。
クロは食器を片付けながらまた話しかけてきた。よく喋る男だ。
「パル様、少し俺の話を聞いてもらえませんでしょうか。」
頷くとクロは勝手に向かいの席に腰かけた。ドーナー家ともあろうものが使用人の躾もできてないとは。
「あの、パル様は魔王の石というのをご存じですよね?」
「ああ」
「魔王の力のすべてが詰まっているという石です。それを手に入れた者は、次の魔王になれる。」
ん? 話が予想外の方向へ転がりだした。
「・・・欲しくありませんか? 魔王の石。」
クロが髪の奥から黒い目を光らせた。思ってもなかった話にクロから目を反らして考える。石を手に入れるだけで魔王になれる? そんな馬鹿な。
「俺は自分が魔王の子孫だって知った日から色々調べたんです。どうやら魔女ルビーだって他の魔女の石を手に入れたお陰で力が強くなったようなんです。魔王の石があれば、俺たちだってルビーより強くなれるんですよ。」
「ちょっと待って、俺たちって何?」
熱を帯びてきたクロの言葉を慌てて遮る。僕はまだ返事をしていない筈だ。
「欲しくないんですか? とてつもない力らしいですよ?」
不思議そうに言うクロの言葉に額を押さえた。何なんだコイツ。
「・・・まず疑問が二点ある。一つはどこにあるのか。そんな大事なもの国が保管してるんじゃないの? それを奪うのは国賊だよね? あともう一つは、僕たちって言うけど石は一つなんでしょ? 二つに分ける気?」
「えーっと、魔王の石はルビーが持ってます。なので国賊ではないです。あと石を二つに分けられるかどうかはわかりませんが、どうせなら戦って強い方が総取りってことでいいんじゃないですか?」
まるで玩具を欲しがる子供のようだ。思わずため息がでた。
「・・・クロはそんなに力が欲しいの?」
「当たり前でしょ! 男ならみんなそうですよ。」
ずいぶん大雑把な括りだ。否定も肯定もし辛い。
「・・・でも結局魔王のクーデターって失敗に終わったんだよね? ハジム・クマンド兄弟に阻まれて。ということはそんなに強いわけじゃないんじゃない?」
「それは、二対一だったからですよ。一対一ならきっと負けません。」
「なんでクーデターで一対一を守らなくちゃいけないの・・・」
ダメだコイツ。あんまり考えず喋ってる。
「まあ僕も正直興味はあるよ。世界一強くなりたいって言うのは男の夢だよね。きみは強くなって何がしたいの?」
「俺は強くなって、世界のすべてを手に入れたい。」
真顔で言うクロに、僕は愛想よく微笑んだ。馬鹿決定だ。
「なるほどね、ロマンだよね。」
「そうなんだよ! わかってくれた?」
クロはニコニコと女を侍らせたいだの美味い酒を飲みたいだの話し始めた。笑顔で相槌を打ちながら、ドーナー家も大したことないんだなと思った。だが姉のそばにこんな男がいるのは不快だ。すぐに人を変えてもらおう。
「・・・それに魔王の子孫ともあろうものがこんな使用人として過ごしてるなんておかしいんだよ。生まれた場所がお城なら俺は今頃王族だよ? パルなんか口も聞けないような身分だよ?」
一人でまくし立てるクロはまるで何かに酔っているようだった。取り合えず愛想笑いでやり過ごす。
「それにね、俺は魔王にそっくりなんだって。きっと俺は魔王の生まれ変わりなんだよ。ハジム様もハジム・クマンド兄弟のハジムの生まれ変わりなんだろ? きっと俺は魔王の生まれ変わりだ。だからあの石は俺の物だ。」
「・・・誰に言われたの?」
「えっ?」
「誰に魔王に似てるって言われたの? 魔王の絵姿なんて残ってない筈だけど。」
正確には魔王を描いたとされる絵はあるが、どれも角が生えた人とはかけ離れた容姿をしているはずだ。
「ああそれはルビーが・・・ルビーは実際に魔王を見てるからな、そのルビーが似てるって言うんだから似てるんだろうよ。俺は魔王なんだ。」
「・・・なるほどね。クロはどうやってルビーから魔王の石を手に入れるつもりなの?」
「俺はやり方を知っている。」
クロがにやりと笑った。嫌な笑いだ。
「そう・・・少し考えさせてもらえるかな。僕はルビーが怖いからね。」
クロは了承してワゴンを押して部屋を出て行った。一応使用人の仕事はするらしい。
何だか疲れた僕はため息をつきながら部屋の窓を開けた。残念ながらこの部屋にバルコニーはない。窓の外には大きな森と王城の一部が見える。僕はあんなもの欲しいとは思わないけれど、クロは欲しいんだろうな。そういうのを身の程知らずの馬鹿って言うんだ。
人の気配を感じて部屋の中を振り返ると、ルビーが当然のような顔でソファに座っていたがあまり驚かなかった。やれやれと思いながらルビーの正面に腰かけて質問する。
「ルビーは何がしたいの?」
「二人の男に奪い合われたい。」
ルビーは涼しい顔で言った。魔女は本気で言ってそうだから困る。
「モテたいんならモテそうな努力をしなよ。変な小細工しないでさ。」
「バレたか?」
「でも目的がわからない。」
「モテたいんじゃよ。」
ルビーは可愛らしく首をかしげながらふふっと笑った。普通に、見た目通りの15歳の少女のように振舞ってくれたら、普通にモテそうなのに。あ、喋ったら無理か。
「今わしのことを可愛いと思ったじゃろ?」
「思ってない。」
「いーや、思ったね。こんな美少女は見たことない・・・とか思ったじゃろ。」
そこはある意味正解だけど、ルビーが思ってる感じではない。
「ルビーってさ、今いくつなの?」
「15歳じゃ★」
ルビーが片目をつぶっておかしなポーズを取った。それじゃモテないよ。
「そういうんじゃなくてさ。・・・パプルは確か131年前に生まれてるんだけど、ルビーもそれぐらい?」
「パプル? ・・・いやパプルはわしより少し上だったはずじゃ。」
「それでも120歳とかだよね。12の男にモテたいものなの?」
「モテたい。」
目を見てキッパリと言われ、しばし見つめ合う。先に目を反らしたのは僕だった。そうか、モテたいのか・・・
「ルビーは世界征服とかは興味ないの?」
「ないな。すでに征服してるようなもんじゃからな。」
世界征服の後にモテたいとは。さっきクロも女を侍らせたいとか言っていたから同じようなものなんだろうか。なんだか途端にすべてがつまらなく思えてきた。
「ふーん、結局他人に賞賛されなけば満足できないのが人間ってやつなんだね。」
「わしは人間じゃないけどな。・・・お前も直にそうなる。」
「え?」
驚いてルビーを見るとルビーはにやりと笑って姿を消した。
僕が人間じゃなくなる・・・? どういうことなんだろう。




