9.デート②
ガチャン!
扉の前で躊躇っていると背後から大きな金属音が聞こえて飛び上がった。心臓を押さえながら暗がりに目を凝らすと、何かが床に倒れていた。呼吸が落ち着くのを待ってから恐る恐るそれに近づくと、倒れていたのは古い甲冑だった。さっきまではなかった気がするが・・・
兜部分はどこかへ吹っ飛んだのか近くにはなかった。だが首から下は全パーツ揃っているようだ。体格が合うなら着てもいいかもしれないが、残念ながら大人用なので僕には大きすぎる。しばらく眺めていると少し離れた所に剣が落ちているのが見えた。拾い上げて鞘から抜くとやけに細い剣だった。何も切れないだろうが武器にはなる。ようやく息ができた気がした。これで少なくとも一方的に殺されずに済むだろう。
カチャ
ようやく人心地ついたと思ったらまた背後で金属音がした。恐る恐る振り返ると、甲冑が起き上がる所だった。あの甲冑の中に人はいなかった。今も頭部分がないまま動いている。つまりあれは魔物だ。甲冑型の魔物なんて初めてみたが、今目の前にいるんだから仕方ない。
取り合えず剣を構えた。この細い剣ではあの甲冑は切れない。だが他に武器はない。
鎧はじりじりと近づいてくるとゆっくりと拳で殴りかかってきた。動きが遅いので普通に避けられたが、どこを攻撃すれば勝てるのかわからない。剣が折れるのを承知で斬りかかった方がいいのか、それともこのまま避け続けて勝機を待った方がいいのか。いや、待ってられるか!
二回目の鎧の攻撃は先程より早かったがなんとか避けた。空振りにふらつく鎧の膝を蹴ってみると岩のように固い。残念ながら鎧は倒れなかったので慌てて距離をとった。鎧が拳をぶつけた床にはヒビが入っている。まともに殴られたら死んでしまうに違いない。
この剣の細さなら鎧の隙間から中を攻撃するというのもアリだ。だがあれに中身はあるんだろうか。剣を構えながら考えていると、また鎧が拳を振りかぶった。
更に早くなった三回目の攻撃を床を転がって避けた。次はきっと避けられない。少しふらついている鎧の後ろにまわりお尻を蹴ってみた。鎧は一歩動いたが倒れなかった。次の一手を迷っていると、強烈な回し蹴りが飛んできて僕の体は横へ吹っ飛んだ。
慌てて起き上がったが激しい右腕の痛みに顔を顰める。蹴りをまともに喰らってしまった。もうこの腕で剣を構えることはできない。今から左で構えられるほど器用ではないし、そもそも剣は今鎧の足元にある。鎧もそれに気が付いたようで剣を拾い上げた。顔がないのにニヤリと笑う顔が見えたような気がした。
幸い足は怪我をしていない。僕はじりじりと後ろに下がった。この奥はルビーが消えて戻ってこなかった場所だ。消えたという事はかなり奥まで続いているのだろう。だが何も見えないような暗闇の中でどこまで逃げられるのか。
それでもやるしかない。この鎧も暗がりでは見えないことを祈るだけだ。じりじりと後ろに下がりながら走り出すタイミングを窺った。こんな所で死んでたまるか!
「・・・待たせたなパル。」
後ろからルビーの声がして、同時に何かが飛んできて鎧にぶつかった。鎧は後ろに吹っ飛んで動かなくなった。ルビーは暗がりから姿を現すと一人でスタスタと歩いて行き、さっき投げつけた黒い塊に剣を突き刺した。
その瞬間あたりはまばゆい光に包まれ、僕はいつの間にか校舎の床に座っていた。よく見たら先刻ルビーに手を引かれて入った魔界の入り口のすぐ近くだ。
だが禍々しいあの黒い入口は跡形もなくなくなっていた。
「立てるか?」
ルビーに言われぼんやりと顔を上げた瞬間、右腕の痛みがぶり返した。骨が折れてるんだろうか、いや折れてるどころの騒ぎじゃないな。砕けているのかもしれない。
右腕を抱えて呻いていているとルビーが横にしゃがみこんだ。そっとルビーが腕に手を当てると、手のひらから奇麗な光がでてきた。その途端に痛みが消えた。
「・・・よしよし。もう大丈夫じゃ。他の傷も治したから立てるぞ?」
半信半疑のまま立ち上がると確かに腕の痛みは消えていた。動かしても何の違和感もない。改めてこの女は魔女だったなと思い返す。
「・・・そういえば治療師でしたっけ?」
ルビーは鼻で笑った。
「今更取り繕うな。お前の本性はさっき見た。」
そう言ってルビーは僕を置いてさっさと一人で歩き出した。ルビーの背中を見ていると激しい怒りが湧いてきた。全部あいつせいだ。僕が怯えるのをギリギリまで影から見ていたのだろう。
怒りのあまり髪の毛が逆立っている気がする。殺すつもりはなかったのだろう。ただ弱い僕を見て嘲笑っていただけなんだろう。馬鹿にしやがって!!
何度も深呼吸をして怒りをやり過ごす。馬鹿にされても仕方がないほどの力の差があるから悪いんだ。強者が弱者を笑うのは当然のことだ。
生まれて初めて心の底から強くなりたいと思った。全てをねじ伏せられるほど、強く。
呼吸が落ち着くと疲れがどっとでて、僕はベンチに座り込んだ。もう日が落ちかけているので帰らなくてはいけない。だが体を動かすのが億劫だった。
「迎えに来ましたよ。」
男の声に顔を上げるともじゃっとした黒髪の男がいた。確かドーナー家の護衛だ、クロだったかな。
「・・・ああ、すまない。」
短く返事をして無理やり足に力を入れて立ち上がる。体の中の何かをごっそりと持っていかれた気分だ。
「肩貸しましょうか?」
クロの言葉を手を振って断った。そんなカッコ悪いことはしたくない。クロは校舎が順不同に並ぶ中をまるで知っているかのように歩いた。
しばらく歩いた先に馬車が待っていたのでホッとした。これ以上歩くのはしんどい。座席に倒れるように座ると、クロもそのまま隣に座った。動き出した馬車の中でクロが言った。
「魔界の扉に入ったんですか?」
「・・・ああ」
「さすが魔女ですね。滅茶苦茶だ。・・・扉の中はどうでしたか? 俺、行ったことないんですよね。」
正直話すのも億劫なほど疲れていたが、クロに少し興味が湧いた。
「そういえば、クロは魔王の子孫だったな。」
「ええ。残念ながら魔力は弱いですけどね。ただ魔王や魔法の歴史が好きで色々調べてるんです。」
口元は笑っているが、目は髪で隠れていてよく見えない。何を考えているかわからない男だと思った。




