8.デート
姉を帰した後、ルビーと一緒に校内を歩いた。王立学園はとにかく広く、歩いても歩いても違う校舎が出てきた。
「あっちの方は芸術関連の建物じゃ。」
ルビーが指さす方向から微かに楽器の音が聞こえる。だが果てがなさ過ぎて近づく気にはならなかった。
「この学園はいったいいくつ校舎があるんです?」
「わからん・・・昔よりも増えてる気がする。」
王立学園は貴族の寄付によって成り立っている。貴族が昔よりも栄えているとは結構なことだ。歩き疲れて日陰のベンチにルビーを誘った。広すぎるせいかここの敷地には数メートル置きにベンチがある。
ルビーが僕との間に人二人分の間隔をあけて座ったのを見て笑ってしまった。この子は意外と純情な子なんじゃないだろうか。
「懐かしいですか?」
僕が聞くとルビーはぼんやりと遠くを見つめた。
「わからん・・・懐かしいような、そうでもないような。」
ルビーに昔の恋人の話を聞こうとしてやめた。魔女の地雷はどこにあるかわからない。慎重に話題を探らなくてはいけない。
「・・・家出なんてして、僕のこと子どもだと思ってるでしょう?」
わざと子どもっぽい表情を作って上目遣いにルビーを見た。だがルビーはこちらをチラリと見ただけですぐに視線を前に戻してしまった。これは失敗だったか。
「ちょっと息が詰まってしまったんです。あの家は姉がいないとギスギスしてますから・・・心配しなくてもちょっと息抜きしたら帰りますよ。」
健気さを装って微笑んだが、ルビーはこちらに見向きもせず言った。
「別に心配なんかしとらん。」
取り付く島もない。魔女との会話は難しい。
しばらく黙っていると色々な音が聞こえてきた。単調な男の声は教師だろうか。笑い声、ピアノの音、金管楽器の音、虫の声、風の音・・・何かが開く音。
「ルビー」
「ああ」
僕の呼びかけにルビーは短く答えた。どうやらルビーはずっと前から気付いていたらしい。
「お前にわしの強さを見せてやろう。」
ルビーは立ち上がって振り返るとにっこり笑って宣言した。一見15歳の少女の様だが、その姿は妙な迫力があった。魔女だから当然だけど。
僕は大人しくついて行くことに決めた。ソレは近くの校舎に入ってすぐの所にあった。人一人が屈まず入れるほどの大きな闇が階段脇の壁に口を開けている。周りの空気も闇が揺れるのと一緒に揺れていた。この世の物ではないのだろう。
「入るぞ。」
ルビーは全く躊躇いなく近づこうとしたが、僕は思わず足がすくんでしまった。闇の向こうは全く見えない、あれが何かの魔物の口だったら食べられて終わりだ。
「なんじゃ、怖いのか?」
ルビーは揶揄うように言うと僕の手を掴んで歩き出した。振り払う事もできず目をぎゅっと瞑って闇の中に入る。目を開けた時にはだだっ広い平野が広がる場所に立っていた。後ろには今通って来たばかりの黒い入口がある。
ルビーが手を放して言った。
「魔界へようこそ。」
「魔界・・・?」
空気も風も先程までいた場所と変わりない。見える風景もただの田舎に見えた。空の色も遠くに見える山もどこかで見たような景色だ。
「今通ってきたのは魔界の扉と言ってな、定期的に王立学園の中にできるんじゃ。」
そんな話、聞いたことがないな。
「・・・危ないんじゃないの?」
「なあに、奥にいるボスを倒せばすぐに消える。ちょっとしたお遊びじゃよ。」
ルビーは楽しそうに言った。
「来たことあるの?」
「ない。だがわしに敵う奴がいるとは思えん。ほら行くぞ! 遅くなるとリチが心配する。」
ルビーが勝手に歩き出したので慌てて後ろをついて歩く。どこを見てもあの不気味な扉以外はいたって普通の田舎の景色だ。少し歩くと遠くに見えていた森の入口についた。なんだか距離感がおかしい気がする。森の中は薄暗くあまり入りたくはないが、ルビーは気にする様子はなくずかずかと入っていった。仕方なく追いかけながらルビーに話かけた。
「ねえ、僕はほぼ魔法を使えないんだけど。」
「そうか?」
「そうかって・・・魔力が強い人が見たらわかるんじゃないの? ルビー本当に強いんだよね?」
「心配するな。わしが守ってやる。」
ルビーは振り返ると不敵に笑った。余裕たっぷりの態度がムカつく。
僕は腹を立てることで恐怖を打ち消しながら、木々の間をルビーの後ろからついて行った。剣なら多少使えるがここに剣はない。今魔物に襲われたら逃げ回るしかできない。
しばらく歩いていると遠くに黒い城が見えてきた。それを見たルビーが急に立ち止まってため息をついた。
「遠いな。」
立ち止まると四方八方からなにかの視線を感じる。まだ昼間だから薄暗いだけの森も、夜になれば真っ暗闇となるだろう。なんで僕はホイホイとこんな所まで付いて来てしまったのか。
「行くぞ。」
ルビーが僕の腕を掴んだと同時に足元の地面が消えた。次の瞬間には僕は堅い石の床に転がっていた。目を開けて見えたのは一面の黒だった。慌てて飛び起きて辺りを見回す。どうやら広い室内に移動したようだ。天井も広く奥の方には玉座がある。ただ壁も天井も床も、家具もなにもかも黒一色だった。窓から差し込む光だけが白い。
「あ、近すぎた。」
ルビーが呟いて舌打ちした。近いという言葉と奥にある玉座・・・ひょっとしてここにボスがいるんだろうか。
ルビーが僕の心の声を聴いたように大声で言った。
「おい! いるんだろ! 出てこい!!」
うるさい。女が出していい声の大きさじゃない。顔をしかめてしばらく待ったが、何かがやってくる気配はなかった。
「ルビー・・・」
「うるさいな! ちょっと待ってろ!」
ルビーは足音も荒く奥の暗がりへと消えていった。目を凝らしても何も見えない。待ってろと言われたのもあるが、この光が差し込む窓辺から動きたくなかった。
時計がないのでわからないが、結構な時間が過ぎた様に思う。
ルビーは帰ってこなかった。窓から外を見ると一面森が広がっていた。太陽は見えないがさっきよりも薄暗くなった気がする。陽が沈んだらきっと真っ暗だ、月明かりがあったとしても方向もわからない出口に行ける気がしない。なによりも森の中にいた魔物に襲われたら一溜りもないだろう。
ルビーが消えた方を睨んだが相変わらず物音一つしない。魔女の口車にのった自分を恨んで唇を噛む。ルビーが戻ってこないのであれば一人でなんとかしないといけない。差し当たっては安全そうな場所、武器、食べ物だろうか。どれか一つでもあれば生き延びられる可能性が増える。
ゆっくりと窓辺から離れ暗がりへと進んだ。すぐに自分の足元もよく見えなくなる。黒い床なんて穴が開いていても見えないだろう、まったく悪趣味だ。壁伝いに一歩一歩慎重に歩いていると扉を見つけた。この大きな部屋には相応しくない小さな扉だ。ここが玉座の間だとしたら、この小ささは警備の控室かそれとも物入れか。
扉に手をかけようとして躊躇った。開ければ魔物が出てくるかもしれない、今魔物に襲われたら一瞬で終わりだ。だが近くに生き物の気配はない。行くべきか、それとも大人しく魔女の帰りを待つべきか。




