7.仲良くしてほしい
昼前に姉に叩き起こされた。
「パル、寝すぎ! いつまで寝てるの。」
怒ったように言いながらも顔が心配している。いつもの姉だ。だが後ろの壁も家具もいつもの僕の部屋じゃない。
「・・・ドーナー家か。」
「うん。どうしたのパル。具合悪い?」
顔を覗き込んでくる姉は見たことがない服を着ていた。その服も婚約者が用意したんだろうか。
「パル?」
心配を通り越してもはや泣きそうな姉の顔を見る。見慣れた顔だ、だけどもう他人のものになってしまった。
「パル、ね、お医者さんよぼ・・・」
「大丈夫。ちょっと寝ぼけただけ。なんでもない、元気だよ。」
医者を呼ぼうとする姉の言葉を慌てて遮って起き上がった。心配性の姉を持つとこれだから面倒だ。
「ほんとに? 無理しない方がいいよ。瞬間移動ってすごく疲れるんだから、まだ寝てた方が・・・」
「いいから大丈夫! お腹空いてるし起きるよ。なんか食べるものある?」
そういうと慌てて姉が廊下に出て行った。眠ったのは結局明け方近くだったのでまだ眠い。欠伸しながらベッドから起きると、魔女が当然のようにソファーに座ってこちらを見ていた。
「・・・おはよう、ルビー。」
「おはよう。まだ寝たりないって顔じゃな。」
まあねと返事しながら服を着替える。本来女性の前で着替えるなんてあるまじきことだが、魔女はきっと気にしないだろう。案の定着替えながら振り返るとルビーは興味津々という顔でこちらを見ていた。恥じらいってものはないらしい。
用意された軽い食事を食べ終わる頃、いつの間にかいなくなっていたルビーが服を着替えてまた現れた。姉とお揃いのブレザーとチェックのスカートを着ている。
「・・・学園の制服だったっけ、それ。」
「うん。パルさえ元気なら一緒に行ってみない?」
姉はニコニコしてルビーはにやにやしている。
「・・・僕はまだ、通える歳じゃないけど。」
「遊びに行くだけじゃ。気楽に考えろ。」
正直まったく行きたくはなかったが、楽しそうな二人を見ていると断れる雰囲気でもなかった。追い立てられるように馬車に乗せられあっという間に王立学園に着いた。まあ三年後には自分が通う場所でもあるし、下見ってことでいいのかもしれない。
「ドーナー家から随分近いんだね。」
「うん、普通は馬車を使わず歩いてくるみたい・・・でも私にはちょっと遠くて。」
姉は大きな病気こそしてないが、虚弱体質とでもいうのかちょっと歩いただけですぐ疲れてしまう。一方僕は小さな頃すぐに熱を出す子どもだったが、今はきちんと運動もして姉よりよっぽど体力がある。姉はいまいちわかってないみたいだけど。
ちょうど昼時だったらしい校舎の中は沢山の生徒で溢れていた。
「どうしようルビー。私ここにこんなに人がいるの初めて見る。」
「そうじゃな・・・とりあえず空いているところに行こう。」
歩き出したルビーの後をついて行くと誰もいない教室があった。思い思いの場所に腰かけて遠くで聞こえる喧騒に耳を澄ます。
「・・・ルビーはこの学園に詳しいんですか?」
「三年間真面目に通ったぞ。」
意外な答えに耳を疑った。つまり、ルビーは貴族なのか?こんなに下品なのに。
「ユマのこと聞いたんじゃろ? ”かわいそうなおひめさま”だ。あの絵本ではひどい言われようだったが、実際のわしはユマが15になるまで待ったし、ユマの希望通りこの学園にも一緒に通った。そこまで酷いことをしたつもりはない。」
いや、でもその子十代で死んじゃったんだろ? とは言えなかった。命は惜しい。
「そうですか・・・学園生活は楽しかったですか?」
「それなりにな。」
ルビーはそれだけ答えると窓の外を見た。姉も教室の隅で護衛と一緒に窓の外を見ている。別に木々があるだけで見て面白いものはないもなかった。いったいこの状況はなんだろう。僕は何のためにこんな所に連れてこられたんだろう。
「ルビーは・・・貴族なんですか?」
この際だから本人から聞きたいことを聞いてしまおう。姉やハジムに聞きまわるよりたぶんそれが一番早い。
「貴族の養女になったこともあるし、貴族の男と結婚したこともある。」
既婚者だったのか。まあそりゃ100年も生きていればそうなるか・・・。
「だが養女になった家も、嫁いだ先の家も潰してやった。」
「ルビー!」
部屋の隅から姉が怒った声で言った。なるほど、これは姉による僕とルビーをくっつけようの会か。回りくどい事を。
「さすが魔女ですね。夫のことは愛してなかったんですか?」
「愛そうとはしたが・・・そもそも魔女が嫌いだったらしい。しょせん金で売られただけの花嫁じゃよ。」
ぼんやりとルビーの生い立ちが見えてきた気がするが、あまり詳しく聞くのも憚られる。どこまで踏み込んでいいんだろう。困って姉を見ると姉は力強く頷いた。違う、本当に姉は役に立たない。
「ルビーは、僕のどこを気に入ったんです?」
ルビーの顔が赤くなった。
「えっ?」
「えっ?」
照れた顔のルビーを見ていると、なぜかこちらも急に恥ずかしくなってきた。そんなに変なこと聞いたかな。
姉は握りこぶしをつくって口パクだけで「がんばれ」と言っている。何をどう頑張るんだ。
「あの・・・」
「わしは」
二人で同時に話始めてしまい慌てて口を閉じたが、ルビーは話すのをやめてこちらを窺っている。僕も何を話したかったか忘れてしまった。
部屋の中に奇妙な沈黙が流れた。なぜかルビーは何もない壁を見ているし、姉は窓の外を見始めた。護衛は完全に気配を消している。
突然大きなチャイムの音が響いて飛び上がってしまった。
「ああ、お昼休みが終わったみたいね。」
姉が呟いた。なるほど時間を知らせるチャイムか、でももうちょっと音を小さくした方がいいんじゃないかな。まだ心臓がドキドキしている。
「・・・あのね、パルはルビーについて少し勘違いしてると思うんだ。だからこの際だから思ってること言い合ってみたらいいんじゃないかな?」
姉が僕とルビーを交互に見ながら言った。
「姉さんは僕にルビーと結婚しろと?」
「そんなこと言ってない! そうじゃなくて・・・ルビーは数少ない私のお友達だから。パルにも仲良くして欲しい。」
え、そんなことでいいのか? だったら別にすぐ出来るけど。そう思いながらルビーを見るとルビーは照れたように僕から目を反らした。・・・こっちはお友達なんて望んでいなさそうだが。
「なるほど。・・・なるほど。」
僕は無意味に二回呟いた。女性から愛を囁かれたのはこれまで何度かある。なんなら男性からもある。相手が同世代の女の子だった場合は僕はこう返事していた。「まずはお友達として親交を深めましょう」と。そう言われた女の子は一生懸命シナトブランドの服を買ってくれた。親族の服を一式買ってくれた家もある。僕は似合いますねと微笑むだけでよかった。
魔女はお金を持っているんだろうか。
「・・・ルビー、良ければ校舎を案内してもらえませんか? 二人きりで。」
「ふたり?」
ルビーが不思議そうな顔で聞き返す。年寄りだから耳が遠いのかな。
「ええ、姉さんたちはここに置いていきましょう。僕はあなたと話がしたい。」
そう言って微笑みかけるとルビーは困ったように姉を見た。
情報はある程度集めた。いつまでもやられっぱなしなんて性に合わない。これは戦いなんだから。
「あなたと、二人になりたいんです。」
ルビーの目を見つめながら言った。僕は絶対に負けない。




