4.望み
頭を抱えているとノックの音がした。返事をするとジョンがワゴンを押して入ってきた。食後のお茶だ。ちょっと遅かったが。
「あれ、お客さん帰っちゃったんですか?」
「まあね・・・それ、一緒に飲む?」
「そうですね。ついでに食事もちょっと残しておいてくれると良かったんですが。」
「残さなくったって最初から一皿抜いてただろう?」
「一皿で足りる訳ないでしょう! 腹減りましたよ。もー。」
ジョンは文句を言いながら皿を片付けお茶をいれてくれた。そして勝手に先程までルビーが座っていた椅子でお茶を飲み始めた。さっきの食事もジョンと僕が食べると言って厨房から貰ってきたんだろう。
ジョンは執事の息子で母より二つ年下だ。母とジョンは兄弟のようにこの家で育ったという。だからか周りに人がいない時、ジョンは僕を親戚の子のように扱うことがある。僕もそれに少し甘えていると思う。自覚はある。
「ところで誰なんですか? さっきの。すごい美少女でしたけど、坊ちゃんも隅に置けませんねー。」
美少女。確かに見た目通りの本物の15歳なら結婚してもいいぐらいの美少女だ。色んな服も似合いそうだし、パーティで連れ歩いたらうちの服の宣伝になっていいだろう。
「嘘考えるのめんどくさいから本当のこと言うけどさ、あの人魔女だよ。」
ジョンが思い切り片眉を上げた。
「・・・どこで拾ってきたんです?」
「拾ったのは姉さん。文句ならそっちに言って。」
ジョンは渋い顔をしてお茶を飲みながら考えている。
「・・・魔女ってのは飛べるんですか?」
「わからないけど瞬間移動は目の前で二回ほどやられたよ。最初は姉さんと一緒に突然この部屋に現れた。」
「・・・魔女の目的は?」
ちょっとジョンには説明したくなくて口ごもる。恥ずかしい。
「脅されてるんですか?」
ジョンの目が鋭くなった。
「あー、いや・・・拒否権がないって意味ならその通りなんだけど、表面上は紳士的だよ。今のところ。」
魔女は女だから淑女的か? いやあれは淑女ではないな。
「それは、一人でなんとか出来そうな問題なんですか?」
ジョンは厳しい顔のまま言った。これだから僕はジョンに頼ってしまうのだ。いつだって僕を全力で助けれくれようとするから。僕がこの家で一番信頼しているのは親兄弟じゃなくて、ジョンだ。
「できるよ。シナト家に被害は出さない。」
「そんなことは聞いない。ガキなんだから大人に頼れって言ってるんだ。」
ジョンの声は厳しく優しい。この家のどこかで浮気相手と乳繰り合ってる誰かさんとは大違いだ。
「魔女は、僕が欲しいんだって。」
「・・・それは精神的に? 物理的に?」
「たぶん両方。」
魔女の言う恋とは何か。簡単に結論は出ないけど、きっと魔女の恋人は普通の人生を送れないだろう。・・・あれ、もしかして僕すでに詰んでる?
ジョンが僕から目を反らして大きなため息をついた。
「魔女は子供好きなんですかねー。」
たしかに可哀想なお姫様の絵本でも、閉じ込められたお姫様は子どものような容姿で描かれていた。
「たぶんね。ジョンには無理だよ。」
「大人の男の魅力がわからないとは・・・」
ジョンは大げさに渋い顔をした。ジョンはなかなか奇麗な顔をしているが、一度も結婚したことがない。そして僕は少しジョンに似ている。僕は母親とジョンが不倫してできた子だなんて言う奴もいたが、全くそんなことはなかったと、僕は知っている。
「まあ、本当に危なくなったら俺に言って下さいよ。魔女の片腕ぐらいはもいでやります。」
「無理だよ。どう見てもジョンより強い。」
「だから倒すなんて言ってないでしょ? 死ぬ気でやれば片腕ぐらい取れますよ。」
ジョンの言葉に僕は笑って返事をしなかった。魔女の目的が僕である以上、僕以外の人間が死ぬなんて無駄だ。そんな無意味なこと、僕は許さない。
誰もいなくなった部屋で僕は白い紙を前に途方に暮れていた。うっかり魔女に返事を書くと言ってしまったが、何を書けばいいんだろう。当たり障りなく、それでも魔女が喜びそうな文章。
前回のルビーの手紙を見るに、時候の挨拶などは不要だと思っていそうだ。だから単純に、明快に、読む人が読めば社交辞令とも取れるようにしないといけない。
”ルビー様
先日は楽しい時間をありがとうございました。
これから少しずつあなたのことを知っていければと思います。
また遊びに来てください。 ”
自分で読み返して首を捻る。これが正解だとは思えないが、不正解だとも思わない。まあ今日の所はこれでいいだろう。今日取りに来なければ明日また考えればいい。
ルビー様へと書いた封筒に入れて机の上に置いた。あの感じなら寝ている間に勝手に持っていく可能性が高いだろう。魔女との文通はせっかちで困る。
翌朝目覚めると、手紙はなくなっていた。そんなに待っていたのかと思うと笑うしかない。魔女に愛された男はどうなってしまうんだろう。・・・そう言えばあのおとぎ話のお姫様は最後どうなったんだろうか。
一人で朝食を食べた後、子どもの頃使っていた部屋へ向かった。母は予定では今日帰ってくるはずだ。母が帰ってくるともうこんなことをしている時間の余裕はなくなってしまう。
子ども部屋の片隅にその本はあった。題は『かわいそうなおひめさま』だ。身も蓋もない。そしてお姫様は魔女に閉じ込められたまま話は終わっていた。子ども用の絵本なのでそもそも文がほとんどない。本を閉じてやりきれなさにため息をつく。
これを魔女に見せたらどうなるだろう。怒るだろうか、それとも作り話だと笑い飛ばすだろうか。
少し迷ったが絵本を部屋に持って帰ることにした。たとえ魔女を怒らせたとしても、このまま魔女の思い通りになる訳にはいかない。できるだけこちらに有利な情報を手に入れて生き延びなければ、このままではシナト家が途絶えてしまう。
なんとかして姉と連絡を取りたいが、今できる手段は手紙しかない。だが手紙はルビーに見られるかもしれないので迂闊なことは書けない。姉はルビーと一緒でないとこられないだろうし、そうなると僕が直接王都に行くしかないが・・・理由を考えるのが難しいな。姉が恋しいとでも言っておくか。
夕方一人で考え事をしていると、母が帰宅したとの知らせがあった。面倒だと思いながらも家長を出迎えない訳にもいかなかった。玄関ホールに行くと数日ぶりに父の姿を見た。流石に家庭教師は帰したらしい。
「お帰り。長旅で疲れただろう。」
父が母を軽く抱きしめた。母は気が強くて意地悪そうな顔をしているし、父は気が弱そうな情けない顔をしている。どっちも不細工だ。どうしてこの両親から僕が生まれたんだろう。
「ただいま。疲れたわ。こちらに変わりはない?」
「ああ、何もなかったよ。少し風邪をひいたぐらいだ。」
母はその言葉に微笑んで僕を見た。
「パルは? 変わりはなかった?」
「はい、母様。特に問題はありません。」
微笑み合う親子、傍から見たら一見なにも問題ない家族だ。なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。
この後一緒に夕食を取るのかと思いきや母は疲れたと言って、父は体調が悪いと言って夕食の席は僕一人だった。黙々と一人食事しながら、姉がいなくなるとはこういうことかと思った。姉がこの家で特別何かをしていたということは全くない。だが姉がいるから辛うじて家族の形を保てていた。父も母もそして僕も、姉のことだけは好きだったから。
自室に帰って部屋の中を見渡した。この中でどうしても手放したくないものは何かと考える。気に入っている服はあるが、成長して着られなくなっても持っておきたいというほどではない。あとは万年筆ぐらいだろうか・・・
書き心地がよく気に入っているものを一本取り上げ、白紙にさらさらと置手紙を書いて万年筆を胸ポケットに挿した。パプルの日記とお姫様の絵本をまとめて脇に抱えると、僕はバルコニーへと続く扉を開けた。
心地よい風が髪を揺らす。明るさに視線を上げると満月だった。月に照らされ置きっぱなしの椅子が黒く影を作る。このバルコニーは遠くの山しか見えないが姉のお気に入りだった。姉はこの景色が見たいからとよく僕の部屋にきた。放っておくと何時間でもぼんやり景色を見続ける姉の為に座り心地のいい椅子を置いた。でももう全部、過去のことだ。姉はもうこの家の人間ではない。
「ルビー」
何もない空間に向かって静かに呼びかける。なぜだか僕にはルビーが呼べば来てくれる確信があった。
「ルビー、迎えに来て。」
「・・・お前の望み、叶えよう。」
銀髪の魔女がふわりと僕の目の前に舞い降りた。満月と魔女、なかなか絵になる眺めだ。
ルビーが笑って僕に向かって手を差し出す。僕は躊躇わずにその手を掴んだ。
悪魔が笑う声が聞こえた。




