3.魔女の男
「ジョン! 起きて。」
「寝てないっすよ、坊ちゃん。どうしたんですか?」
部屋に飛び込んできた僕を見てジョンが目を丸くした。寝てないとは言うが昼間からベッドに横になってるんだから似たようなものだ。
「詳しいこと説明してる暇はないんだ。今すぐ僕の部屋に昼食を二人分持ってきて。」
「二人分? 誰か来たんですか?」
「招かれざる客がね・・・」
魔女とは言えず口ごもる。
「叩き出しましょうか?」
ジョンは気安く言った。実際ジョンは腕が立つ。執事の息子なので執事見習いをしているが、本当は用心棒の方が向いている男だ。
「たぶんジョンより強いと思う。あと姉さんの関係もあるから叩き出さなくていい。」
「リチ様の?」
ジョンが首を捻る。説明してる暇はないって言ってるのに。
「これは命令だ。今すぐ用意して!」
怒った顔で言うとジョンは肩を竦めた。
「はいはい坊ちゃま。仰せのままに。」
ジョンが頷くのを確認して急いで自分の部屋に戻る。魔女は何しに来たんだろう。まさか姉さんの身に何かあったんだろうか。
部屋に戻ると魔女は大人しくテーブルについていた。
「お待たせして申し訳ございません。すぐに食事が来ると思います。」
走ってきたことを誤魔化すために笑顔で魔女の向かいの席に着いた。
「返事を考えて寝坊したのか?」
魔女がにやにや笑って言った。
「はい・・・急に望みと言われると難しいものですね。ルビー様は何か今望みはございますか?」
「ルビーでよい。」
いやいや100歳を超えてる人を呼び捨てになんてできるもんか。
「ではルビーさん、いえ、ルビー嬢の方がよろしいでしょうか?」
「ルビーでよい。二度も言わすな。敬語もいらん。」
ルビーの苛ついた雰囲気が伝わり空気がピリっとした。ざっくばらんに喋りたいと言いながら、本当に砕けた感じで喋ると怒るタイプっぽい。
「すみません。では、ルビーで。」
にっこり笑って言うとルビーも笑った。これは気を遣う。早くも対面しているのが辛くなってきた。
そこにタイミングよくノックの音が響きジョンが入ってきた。ちゃんとワゴンに二人分の昼食を押している。ルビーをちらりと見たが表情は変えなかった。ジョンは昼食を並べ終わると一礼して部屋を出て行った。テーブルに並べられた食事は少し少ない気がしたが、まあ別にいいだろう。
「パルは今いくつじゃ?」
「えっ?」
うっかり聞き返してしまった。それすら聞かずにここにいるのか。本当に一体何しに来てるんだろう。
「12です。」
普通はここで相手の年齢を聞くところだが、魔女相手には聞かない方がいいということが昨日わかった。なので。
「ルビーは、姉とどういうお知り合いですか?」
一番聞きたいことを聞くことにした。
「リチは・・・友達じゃ。前世からの。」
前世。僕の記憶が確かならば、前世とは生まれる前の別の人生のことを指す。姉の、前世。
「姉の前世は・・・何をしていたんですか?」
話を合わせようとしたらルビーが噴き出した。妙に楽しそうに大笑いしている。
「すみません、変なこと聞きましたか・・・?」
「いやいや、こういう兄弟を他にも知っとるだけじゃ。リチの前世か? 生意気な男じゃった。」
生意気な、しかも男。今の姉とは全く結びつかない。首を捻っているとルビーは続けた。
「平民だったがな、見事領主のパートナーにのし上がったシンデレラボーイじゃ。本も貸してやろうか?」
「本?」
「あいつらの・・・いや、リチが怒るから止めておこう。」
魔女は勝手に話をやめてしまった。気になる。
「それよりパルのことを教えておくれ。パルの親は? 他に兄弟は? 今日は何をしていた? 昨日は? 何が好きで何が嫌いだ?」
ルビーはニコニコしている。僕はというとかなり混乱していた。わからないことが多すぎるが、魔女の機嫌を損ねるものよくないだろう。
「僕は・・・シナト家の長男です。姉が一人で他に兄弟はいません。シナト領は蚕の養殖が有名で古くから服飾業が盛んです。母は優秀なデザイナーかつ商売人で、結婚式に白いドレスをと提唱した第一人者でもあります。父は算術に長けており二人でシナト家を支えています。姉は・・・ルビーの方が詳しそうですね。」
僕が喋るのをルビーは面白そうな顔で眺めていた。話をちゃんと聞いてくれてるんだろうか。
「それから・・・僕は器用な方なので大体のことは何でもできます。好き嫌いはありません。」
「そうか。魔女は嫌いか?」
「・・・そんなことはありません。」
即答できなかった。どう考えてもすぐに否定しなければいけないところなのに。正直これまで魔女についてあまり考えたことはなかったが、既に嫌いになりかけている。
「正直じゃの。」
魔女はニヤニヤ笑った。反応に困り取り合えず目の前にあるものを口に詰め込んだ。味がしない。
「------お前がいない間にあの手帳を読んだ。」
ルビーは僕の机の上をチラリと見た。パプルの日記のことだろう。昨日書庫から持ってきてそのまま置いてある。
「まったくわしの悪口ばかり書きおって・・・仕方のない奴じゃな?」
パプルも魔女にだけは言われたくないだろうなと思いながら、僕は曖昧に頷いた。
「押しが強そうに見えて弱い男じゃった。報われないまま死んだ哀れな男だ。」
「・・・親しかったんですか?」
「ある意味な。わしらは似た者同士だったからの。」
ルビーは少し寂しげに笑った。
・・・違うな、僕が聞きたいのはこんなことじゃない。
「それで、ルビーは僕に何を求めてるんですか? 文通だけでいいんですか?」
「わしの男になれ。わしを愛せ。」
真っすぐに言い切ったルビーの目から、しばらく目を離せなかった。数秒後慌てて目を反らす。
「それは・・・命令されてどうにかなるもんじゃないでしょう?」
「らしいな。だからこうして食事を共にしている。時間がかかってもいい、お前がわしに恋を教える代わりに、わしはお前の望みを叶えてやろう。」
完全に悪魔の取引だ。好きでもない人と恋をするなんてまだ僕にはできそうにない。・・・ならいつになったら出来る? 僕は貴族だが商売人の息子でもある、代案が必要だ。しかもこの件には姉が絡んでいる、簡単に断るなんてできない。
「少し、時間を貰えますか?・・・実は僕も、まだ恋をしたことがないんです。」
伏し目がちに恥ずかしそうに笑ってみる。年上の女ならこれで落ちる筈だ。
「そうか」
ルビーは短くそう言っただけで静かに食事を続けた。予想とは違うが承諾を得られたと思っていいだろう。問題はこれで猶予がどれくらいできたかということだ。だがそれを尋ねれば無駄に猶予を狭めてしまうことになりかねない。
「・・・なんで僕なんです?」
「ん?」
「ルビーの相手、別に僕じゃなくても沢山いるでしょう?」
ルビーの目的がわからず姉も抱き込まれている今、できるだけ情報が必要だ。これはもはや戦いだ。
「そうじゃな・・・リチを見てるとパプルを思い出した。懐かしくなってパプルが死んだ場所であるこの屋敷に来た。そこでお前を見つけた。」
「姉さんとパプルは似てるんですか?」
「全く似とらん。パプルに似ているのはお前だ。瓜二つとは言わんが、かなり似ておる。」
えーっと、つまり、この人はパプルのことを好きだったのかな? ならまだわかる。パプルが死んだ今、子孫で似ている僕に面影を映してみるのはわりと自然なことだ。自分が100歳を超えている自覚がないなら、恋愛対象にもなるだろう。
「なるほど。」
「あ、違うぞ? 別にパプルに似てるからどうこうとかじゃないぞ?」
急に早口になったルビーを見て苦笑した。なんだ可愛い所もあるじゃないか。
「違うってば・・・あんな男、死んでもごめんじゃ。」
ルビーの声が急に沈んだ。いったいパプルと過去に何があったんだろう。
「僕はその男の子孫なんですけどね。」
「子孫ではないじゃろ。あいつに子はおらん。いつの間にか一人ぼっちで死んでおった。」
ルビーの表情が再び沈む。なるほど、パプルとの過去の因縁を僕で昇華したい訳か。それなら疑似恋愛で十分だろう・・・いやそうなると、最終的には魔女と結婚することになるんだろうか。それは嫌だ。魔女と結婚なんてしたくない。
いつの間にかテーブルの上は粗方食べつくしてしまっていた。食後のお茶を飲みたいところだがどうしよう。迷っているとルビーが立ち上がって言った。
「ごちそうさま。今日の所はこれで帰るが・・・返事、書いてくれるか?」
自信なさげに微笑むルビーはまるで本物の少女のようだった。
「あ、うん。」
思わずそう返事してしまうと、ルビーは嬉しそうに笑って姿を消した。何度もまばたきをして自分の返事を反芻する。うんって何だ。返事なんか書きたくないだろ? 口頭ならともかく文にすると証拠が残ってしまう。魔女相手に証拠なんて残したら100年先まで心配し続けないといけない。




