4.魔女修業
「まずは水だね。あんたの体の中にも水があるだろう?」
「水? 今朝飲んだ水ならまだおなかにあるかもね。」
「そっちの水じゃない・・・血ともまた違う。あるだろう?」
意識すれば体のあちこちに血が流れているのはわかる。だが水とはなんだろう。
「人間の体の半分以上は水でできてると言われている。魔女は体の水と一緒に、周りにある水も操ることができる。」
できるって言われてもねぇ。
「水風呂にでも入ったら分かり易いんだけどね。井戸で水汲んでおいで。」
「そこの魔石の水じゃダメなの?」
「ダメだよ。横着しないで行っておいで。」
追い出されて渋々外に出た。魔石は水や火を貯めておける石だ。どうやらこの村で使う魔石はすべて師匠が作っているらしい。そりゃあ大事にされるはずだ。
屋敷の脇を通り裏の井戸まで行くと、知らない若い男が水を汲んでいた。
「どうも・・・」
怪しげにこちらを見るので私はにっこり笑った。
「初めまして。ルビーと申します。失礼ですがあなたは・・・」
全部を言い終わる前に頭から水をかけられた。何が起ったのかわからず硬直していると男は捨て台詞を吐いてどこかへ言った。
「気持ち悪ぃな!」
へー、ふーーーん。この村は気持ち悪い人間には水ぶっかけていいんだー。
髪や服からポタポタと水が落ちる。怒りで水が震えた。なるほどね。クソばっかりだ。
私は空っぽの桶を持って師匠のいる家に帰った。
「何やってんだい?」
師匠は呆れた顔をしているが、今私の方が心底この村に呆れている。
「わかりましたよ、水の扱い方。」
そう言って私は右手を桶の上にかざした。手からでた水ですぐに桶は満杯になった。
「うん・・・早かったね。」
「ええ、親切な方のお陰ですぐわかりました。大きな感情を持てば、一緒に周りの物も揺れるんですね。」
「・・・あたしは平和的な魔法の使い方を教えたいんだ。あんたのそれは人の殺し方だよ。」
「人間なんて別に殺してもいいじゃないですか。うじゃうじゃいるんだから。」
私が睨むと師匠は笑った。
「そうだよ、殺しても殺してもうじゃうじゃ湧いてくる。根絶やしにでもする気かい?」
「・・・面倒くさいからいいです。」
死体の山の上に君臨したい訳じゃない。そんなものの為にこの歳まで生きてきたわけじゃない。
師匠は苦笑しながら私の前で片手を広げた。びしょ濡れだった体と服が一瞬で乾いた。
「じゃあもうしばらく黙って人間と暮らしな。さしあたりは魔石作りだ。」
師匠はそう言って空の魔石を私の前に置いた。
「水を入れてごらん。」
石を手に取り軽く握る。すぐに石は水で満たされた。
「・・・教えることがないねえ。」
師匠は苦笑して部屋の隅の桶に入った石を指さした。
「じゃあ、あれにも全部水入れといて。」
「師匠の仕事では?」
「師匠の仕事は弟子の仕事だよ。」
師匠はそう言ってゴロンと床に横になった。
「最近やたら眠くてね・・・お迎えが近いんだろうさ。」
「五百歳でしたっけ? 魔女ってそんな長生きなんですか?」
「いや、普通に生きてたら百歳ぐらいだね。あたしの体には他の悪魔の石が入ってるから。」
「・・・殺したんですか?」
私はせっせと魔石に水を詰めながら聞いた。
「いや、もらったんだよ。もうこの世に飽きたからって。偉大な悪魔だったけどね。」
「はあ・・・」
悪魔ってそんな理由で死ぬのか。
「あたしが死んだら体が消えて石だけが残る。あたしの石はあんたにやるよ。」
「いりませんよ。私、別に長生きしたくないし。」
「そうかい? まあ好きにしていいけど、天使に渡すのだけはやめとくれ。きっと私が死んだら取りにくるから。」
「天使に知り合いが?」
「まあね・・・あんたもここに居りゃ会うよ。たまに暇つぶししにくるんだ。」
天使が悪魔に会いに来る・・・しかも暇つぶしで。よくわらかん関係だな。
「詰め終わりました。」
ニ十個ほどの魔石はすぐに水で満杯になった。
「早いね。じゃあハリーに渡しといてくれ。」
「はい・・・師匠はこの村とどういう関係なんです?」
「持ちつ持たれつな関係だよ。ちょっとした縁で転がり込んでそのまま居ついた。それだけさ。」
そう言って師匠は目を瞑ってしまった。眠るらしい。
「昼ご飯とか食べます?」
「いらん。私はもうほとんど食べない。もう寝かせておくれ。」
私は桶に魔石を詰めて家の外にでた。太陽が眩しい。
屋敷に戻るとちょうどハリーがいたので石が詰まった桶を押しけた。
「これ、水の魔石です。」
「・・・ありがとうございます。」
「先程この屋敷の裏で知らない男性に水をぶっかけられたんですが、彼は何者ですか?」
「井戸で男性・・・トムかな。」
ハリーは独り言のように呟いたが、私が聞きたいのは名前じゃない。
「誰でもいいんですけど、私は領主様の妻の筈では? なぜこのような目に合うのでしょうか?」
「・・・君が立派な守り神になれば問題はなくなると思います。」
眼鏡を叩き割りたくなったので私は笑った。こいつ私のこと嫌いだな? 私も大っ嫌いだけどな!
「かしこまりました。精進いたします。」
「期待しています。」
ハリーは慇懃無礼といった感じで桶を抱えていってしまった。
「あら奥様、もう昼食ができてますよ。取りに来てくださいな。」
メイドが朗らかに言った。いつも朗らかだけど、こいつも私のこと馬鹿にしてるよな。
「わかりました。」
私は笑顔で言って厨房にご飯を取りに行った。別にいますぐこの村を全滅させてやってもいいんだぞと思いながら。