16.恋バナ
たっぷりと昼前まで眠って、ブランチを取っているとルビーが部屋の中に現れた。もういい加減驚かない。
「わしにもお茶。」
そう言うとルビーは勝手に私の正面の席に座った。仕方なく二人分のお茶を用意してもらう。ちょうど食べ終わるころでよかった。
「今日はどうしたの? 凹んでるみたいだけど。」
ルビーはため息をついただけで返事をしなかった。しばらく待ったが俯いてため息を繰り返すだけだ。面倒くさい奴だな・・・
「昨日な」
お茶がはいってメイドが退出するとようやくルビーが話し出した。
「昨日パルに手紙を渡したんじゃ。だが今日になってパルからの手紙をどうやって受け取ればいいのかわからん事に気付いてな、さっき直接取りに行ったんじゃ。」
「まだ書けてなかったんじゃないの?」
昨日の何時に渡したのか知らないが、パルもそんなすぐに返事を要求されるとは思ってなかっただろう。
「うん・・・ならば書きあがるのを待とうと思った。」
迷惑な奴だなー
「それで? 返事は貰えたの?」
「いや。書けてないなら直接話した方が早いだろ? 色々に話した。・・・わしは、あいつを好きになったかもしらん。」
「なんで?」
「パルを見てるとこう・・・胸が高鳴るんじゃ。これが恋ってやつかのぅ・・・」
うっとりしているルビーを見ていると頭がクラクラした。惚れっぽ過ぎないか? ちょっと話しただけで惚れたの?
「ええっと・・・」
何かを言わなくてはいけない気がしたが、特に言いたいことはなかった。パルのどこを好きになったの?とか、全然興味がわかないし。
「パルは歳の割には色気があるな、あれはきっとあと数年でひどい女たらしになるぞ。」
「あんまり弟に女たらしになって欲しくないんだけど。」
「あれは業じゃ、姉の意見なんて罷り通らんよ・・・そうそう、パルは割とシスコンじゃの。」
「パルが?」
シスターコンプレックスは姉妹に執着する心境のことだった筈だが、パルにそんな素振りは全くなかった。
「違うんじゃない? うちは割とドライな関係だよ?」
「いいや。パルはどんな話題でも笑顔だったが、一番反応が良かったのがお前の話題じゃった。どうやら心配してるようじゃよ。わしと文通や話をしようとするのも、結局はお前の動向を知りたいからじゃろう。」
そう、なのかな・・・確かにパルは姉である私よりもずっとしっかりしてたから色々注意はされたりしてたけど・・・
「羨ましいこっちゃ。わしのお姉さまは死んでしまったからのう。」
「お姉さんいたんだ?」
「血の繋がりはないがな。わしがただの小娘じゃった頃からずっとわしを心配してくれておった。」
ルビーが遠い目をしてお茶を啜った。きっと100年以上前の話なんだろう。
「・・・ということで、パルに姉のことはわしに任せろと言ってある。さあ、わしに何でも相談するがよい。誰か殺してほしい奴とかおらんか?」
しんみりした後に怖い言うな。
「別にいない。」
「なら恋バナを聞かせろ。ハジムとはどうやって知り合った? どこで恋だとわかった?」
ド直球で聞かれてお茶を吹きそうになった。ルビーは真剣な顔をしている。
「そんな話したくないよ。」
「何故じゃ。友人とは恋バナをするもんなんじゃろう? 本にはそう書いてあったぞ。」
「何の本読んだんだよ・・・」
「わしはな、ユマの大恋愛をしたいという希望を叶えられなかった。だから次こそは希望を叶える。そう決めたんじゃ。」
ルビーに真っすぐな目で見つめられると居た堪れなくなった。確かにリチが普通の15歳の少女だったら一緒に盛り上がれたのかもしれない。だがここにいるのはただ少女ではなく、50のおっさんを内包している少女だ。今更恋とは何だとかいう話で盛り上がれるか!
「大恋愛とか・・・知らねぇよ・・・」
「隠すな。ダリッチとハジムは中々の大恋愛だったと聞いておる。」
「誰にだよ?」
「今もお前らが題材となった恋愛本が売れておるぞ。わしも読んでみたがなかなか面白かった。」
「はぁ!?」
思わず立ち上がった。
「なんだよそれ! 聞いてないぞ!」
「安心しろ。昔過ぎてほとんど原型を留めとらんかった。使用人の少年が領主の息子を射止めるついでに出世していく話だ。」
「俺のことじゃねえか!」
大声でいってしまった後おもわず口を押さえて廊下を見た。絶対聞こえたよな・・・あーあ、リチの評判はもう最悪だな・・・
がっくりして席に座りなおす。もうヤダ、酒が飲みたい。
「大丈夫じゃ、お前は人を惑わす美少年になってたし、ハジムもやたら男前になっていた。あれがお前らとはわからん。」
「あっそ・・・」
お茶のカップを押しやって机に頭を乗せた。俺とハジムを見てキャーキャー言ってる女子の存在は前世の時点で気付いていた。別に害はなかったので放っておいたが、まさか死んでからも語り継がれるとは・・・女子って怖い。
「ということでお前が恋バナをしないなら、思い出させてやるぞ。『僕は黙って領主様の瞳を見つめました。領主様の瞳は苦し気に細められ僕の・・・』」
「やめろぉ!!」
思わず跳ね起きると、ルビーは片手に本を持っていた。どうやらダリッチとハジムが題材になった本を読み上げているようだ。
「『僕は思わず領主様の・・・』」
「やめろって言ってんだろっ!!」
立ち上がって笑って逃げようとするルビーから無理やり本を奪い取った。本の表紙は男同士が見つめ合った絵がある。タイトルは『長い片思い』とあった。
「燃やしてやる・・・」
本を手にしゃがみこんで呻くとルビーが笑った。
「別にいいが、今王都には何千冊も同じ本があるぞ?」
その言葉に更に力が抜けた。なんでだよ・・・大昔のことなんか放っておいてくれよ・・・
「まあまあ、この本も面白かったがわしはこんな美化された話ではなく当事者の話を聞きたい。話せ。」
「勘弁してよ・・・」
「話さないなら一日中お前の横でこの本を読み上げるぞ?」
見上げるとルビーは良い顔で笑っていた。ああ、こいつなら本当にやるな。
俺は立ち上がるとよろよろとソファーに座った。
「・・・何が聞きたいの?」
「まずは出会いじゃな。どう思った?」
「なんかキラキラしてた。次に会ったときはムカついた。」
「端的すぎてわからんな。好きだと気付いたのはいつじゃ?」
「覚えてないよ・・・いつの間にかじゃないの。」
「それじゃ! だいたいの本にもいつの間にかと書いておる。わしが知りたいのはそれがいつなのかなんじゃ!」
「わかんないよ・・・一緒にいたいと思っただけ。」
「面白そうな話をしてるね。」
突然ハジムの声が頭の上から降ってきた。いつ部屋に入ってきたんだろう。でもまあ、どうでもいいか。
「登場人物がそろったな! お前もそこに座れ!」
ルビーが嬉しそうなのもどうでもいい。
「大丈夫? 今日はいつもより騒がしいって周りが心配してるよ?」
ハジムが心配そうに顔を覗き込んできた。こっちが死にそうなのに何を涼し気な顔をしてるんだ。
「じゃあ次はハジムの番ね。ハジムはいつ俺のこと好きになったの?」
「え?」
ハジムは戸惑った顔で俺とルビーを交互に見た。その顔を見て俺も我に返った。なんか今、すごいことを聞いてしまった気がする。
「前世の話だよね・・・急に言われてもパッと思い出せないな。」
「だろっ! そういうもんなんだよルビー。いつの間にか好きになるんだよ。そういうもんなんだよ。」
「思い出せないなら読み上げてやるぞ。」
取り返したはずの本がいつの間にかルビーの手元にあった。
「おいハジム! あの本発禁にしろよ!」
「あー、あの本か・・・具体的な家名とか地名が出てないからね・・・ちょっと難しいかな。指し止めを要求した時点でうちに関係するって肯定してるようなもんだし。」
「え、あんたこれ、読んだの?」
「読んだよ。実際とは違い過ぎてちょっと面白かったよ。ダリッチはこんな素直じゃなかったし、僕だってこんな恋多き男として書かれるのは不満だけどさ。まあ、誰かの暇つぶしになるならいいんじゃないの?」
暇つぶし・・・そうか。別に俺たちがモデルってだけで事実が書かれているわけじゃないのか。
少し気分が落ち着いてソファにちゃんと座りなおした。
「えっと・・・ハジム、仕事中?」
「うん。今外から帰ってきた所。僕はこの場にいた方がいい?」
「いや大丈夫・・・仕事して。」
ハジムはわかったと微笑むとじゃあ夜にと言って部屋を出て行った。
「見せつけおって。」
いつの間にかルビーが腕を組んで私を睨んでいた。
「見せつけるってなに・・・普通の会話でしょ。」
「長年連れ添った夫婦みたいな会話じゃったな。」
「そりゃあ・・・前世では長年連れ添ったし。」
ルビーがため息をついてソファに寝転んだ。魔女に行儀というものはないらしい。
「つまらん。どいつもこいつも”いつの間にか”で誤魔化しよって。」
「・・・良い声だなって思ったよ。名前を呼ばれると嬉しかった。」
「うん?」
聞き返されるとすごく恥ずかしいんだけどな。
「いつ好きなったのかって話! ルビーは? いつユマ様のこと好きになったの?」
「ユマは・・・一目見た時から好きだった。雷に打たれたように好きになった。」
「そっか。他の人を好きになったことはないの?」
「沢山あるぞ。だがどれも上手くいかなかった。いつだって好きになるのはわしだけじゃ・・・」
ルビーってモテないんだな。見た目はわりと可愛いけど、まあこの性格じゃな。
「そっか。じゃあもし誰かに好きだって言われたらどうする?」
「好きになれそうなら好きになる。無理そうなら殺す。」
「なんでだよ!」
「付きまとってきて邪魔だから。たまに居ったぞ? わしを神と崇める奴がな。だが別に神になりたい訳じゃない。」
神・・・魔女と普通の恋バナをするのはどうやら難しいようだ。
「あのさ、もしパルがルビーを好きにならなくても、パルに危害を与えないって約束してくれる?」
「うーん、わしの心を弄ばなければな。そちらが危害を与えてこないなら別になにもせんよ。」
「じゃあ、たまに一緒にパルの所に行こっか。確かにあの子、まだよくわかってないだけかもしれないけど、ルビーのこと嫌いじゃなさそうだったし。」
「・・・別にお前の許可がなくても勝手に行くが?」
「家族の許可は大事! あの子まだ12だよ!?」
そんなもんか?とルビーが首を傾げるのをせっせと説得した。最終的にルビーは不承不承頷いてくれた。




