15.伝説のラブストーリー
次の日の夜までかけて私は夢中でその『ラブストーリー』という本を読んだ。物語はヒロインが子どもの時から始まっていた。
ヒロインは裕福な商人の娘だった。幼い時から魔力が強く勉強もできたので、普通は貴族しか入れない王立学園に通うことになった。ヒロインはそこで素敵な王子様と出会う。だが王子様にはすでに貴族の婚約者候補が沢山いた。身分差を考え諦めようとしたヒロインだったが、学園に魔界に続く扉が現れ王子と一緒に魔物と戦うことになった。戦いの中で次第に惹かれ合っていく二人。一緒にボスを倒したことで二人は結ばれて、ヒロインは平民から王太子妃になりましたという話だった。
話の内容はともかく、親がこんな大恋愛をしていたら子どもはそりゃあ憧れるだろう。ルビーにはちょっと荷が重かったに違いない。
本を見ながら考えていると、クロが部屋に入ってきて言った。
「ハジム様がお会いになりたいそうですが、如何いたしますか?」
「・・・構わないわ。」
クロが一礼して出て行くのとほぼ同時にハジムが部屋に入ってきた。もう深夜と言ってもいい時間だったが、ハジムはまだスーツを着ていた。私は今日一度も部屋から出ていないので朝から寝巻のまんまだ。
「寝る前にゴメンね。」
ハジムはそう言って私の向かいのソファに腰かけた。
「なに読んでたの?」
私は本をハジムに渡して言った。「ユマ様が書いたんだって。」
ハジムは怪訝そうな顔をしながら受け取った。
「ユマ・ソドム著 『ラブストーリー』・・・聞いたことないな。」
「ユマ様のご両親の話らしいよ。」
ふーんといいながらハジムはペラペラと本を捲った。
「ああ・・・確かにあのお二人の話だね。当時は有名な話だったから、誰かが聞いて想像で書いたんじゃないの?」
「有名だったの?」
「わりとね。このせいで玉の輿に憧れる女の人が増えてね・・・」
ページを捲っていたハジムの指が止まった。
「どうしたの?」
「魔界の扉の話まで書いてある・・・これ、本当にユマ様が書いたのかもね。」
「ルビーはそう言ってたよ。少し前に出版社に送ったら出版されてたって。」
「出所はルビーか。じゃあ本物だろうね。でもそうなってくると事実をそのまま書いてあるかもしれないから、発禁にした方がいいかもね。」
「面白いのに。」
「どうだろう・・・大昔の話だからいいのかなぁ。」
ハジムは首を捻っている。
「そんな事より何か用?」
私は欠伸を嚙み殺して聞いた。昨夜も遅くまで読んでいたのでそろそろ眠気の限界だ。
「・・・婚約者が部屋に閉じこもって出てこないっていうから、心配で見に来ただけだよ。」
ハジムはそう言うと立ち上がってなぜか私の隣に座りなおした。
「別に、本を読んでただけですが。」
「僕はね、毎日きみの顔を見ないと死んじゃうんだ。」
そう言ってハジムが私の顔を覗き込んできたので慌てて顔を背けた。今近くにクロいないだろうな。
「じゃあ、もう見たからいいんじゃないですか?」
「全然足りないよ。」
ハジムは私の手を握って言った。うっかり間近でハジムの顔を見てしまい慌てて目を反らす。近い。
「・・・魔界の扉とか、本当にあるの?」
「あるみたいだよ。何年かごとに定期的に学園に現れるらしい。僕は直接見たことないけど、兄さんたちは中に入ったって言ってた。」
「へー、ちょっと面白そうだね。」
「リチは入っちゃダメだよ。」
「なんで?」
「・・・あの扉は一緒に入った人と結ばれるって話があるから。国王夫妻もそうだったし、兄夫婦もそうだった。」
余計面白そうじゃないか。でも私の魔力はあまり強くないから中に入っても役に立ったなさそうだけど。
「リチ? 絶対ダメだからね?」
ハジムがぐっと顔を近づけて言った。
「その時の学園生の中で一番強い人たちが中に入るんでしょ? 私はどうせ選ばれないよ。」
「選ばれても入っちゃダメ。わかった?」
「・・・わかった。」
仮定の話を続けてもしょうがない。私は片手で顔を隠して欠伸した。眠い。
「前に言ってた僕の仕事を手伝うって話だけど、真剣に考えてみてくれないかな。」
「うん・・・」
難しそうだったけどできるかなぁ・・・
「そうしたら昔みたいにずっと一緒にいられるし、僕も助かる。色々と。」
「うん・・・」
眠すぎて考えるのが面倒になってきた。ハジムの肩にもたれかかるとなんだかふわふわしてこのまま眠れそうな気がした。
「リチ、眠るの?」
うん・・・だって眠いし。ハジムがいると安心するし。
本当に私はそのまま寝てしまい、目が覚めたのは明け方だった。
目を開けていつもと違う光景に昨夜のことを思い出す。私はハジムの膝の上に置かれたクッションを枕代わりにして眠っていた。ハジムはソファに腰かけた状態で眠っている。
「ごめん、ハジム。」
体を起こしてハジムに声をかけると、ハジムはすぐに目を開けた。
「ああ、眠っちゃってたのか・・・おはよう。」
朝から無駄にさわやかな笑顔だ。
「起こしてくれたら良かったのに。体痛くない?」
「大丈夫。リチの寝顔もゆっくり見れたし良い夜だったよ。」
慌てて顔を擦る。あんまり見ないで欲しい。
「あとこの本も読めたしね。確かにユマ様が書いたって感じがしたよ。少なくとも起った出来事は実際にあったことだと思う。会話の内容とかは想像だろうけど。」
「うん・・・正直ルビーにちょっと同情した。これと同じような恋をしたいって無茶でしょ。」
「難しいだろうねぇ。特にルビーはこの世界で1.2を争うぐらい強いし。魔界の扉なんて一瞬で消滅させて恋を育む時間なんか作れなかっただろうね。」
朝から二人でため息をついた。100年前のことを今更言っても仕方ないが、あまりにも気の毒だ。
「・・・まあ、次がんばってもらおっか。といっても相手が私の弟なんだけど。」
「文通するんだっけ? それぐらいなら平和でいいんじゃない?」
「そうねぇ、3年後にはあの子も学園に通うために王都にでてくるし、それまでゆっくり愛を育んでくれたら・・・ルビーが私の妹になるのか。なんかイヤだな。」
「ちなみに三年後は僕たちも結婚してるよ?」
ハジムがにやりと笑った。顔は違うけど、肌の感じが昔と同じだ。服の下にある滑らかですべすべした肌の感触を、私は知っている。
「・・・嫌なの?」
ハジムが少し不安そうに聞いた。
嫌じゃない。ただ不思議なだけだ。かつて愛した男の面影と魂を持つ男と、色々変わってしまった自分。一体いま、誰が誰を好きなんだろう。
両手を伸ばしてハジムの頬に触れた。ハジムはきょとんとした顔をしている。そのまま唇を重ねようとして・・・目を瞑ったハジムを見て止めた。代わりに額同士を激しくぶつけてみた。頭突きってやつだ。油断していたハジムは後ろに倒れこんだ。涙目で額を押さえている。
「・・・ヒドくないっ!?」
「酷くない。昔あんたからもやられた。」
「いつの話!? 前世の話でしょ!?」
「お互い前世を引きずってんだからしょーがないでしょ。」
腕を組んでハジムを見下ろすとハジムは文句を言いながら起き上がった。
「初めてリチからキスしてくれるのかと思ったのに・・・」
「しません! 今日も仕事でしょ? 部屋帰って寝たら?」
「帰るけどさ・・・」
時計を見るとあと1時間ぐらいなら眠れそうだった。
「私ね、しばらくルビーに付き合うことにした。弟が心配ってこともあるけど、ルビーには誰かがついてた方がいいと思う。」
「・・・リチが付き合う必要はないと思うけど。」
「まあ、暇だし。」
そう言ってハジムの体をぐいぐい押してドアの前まで移動させた。
「押さなくても帰るよ・・・本当に大丈夫なの?」
私が頷くとハジムは困ったように笑った。あ、ダリッチが好きだった表情だ。
見惚れていると頬にすばやくキスをしてハジムは部屋を出て行った。熱くなった頬を押さえる。これだけのことでちゃんとドキドキするし、ちゃんと好きだ。でも誰が? 誰を?
いつかわかる時がくるまで考え続けるしかない。もしかしたらその内どうでもよくなるかもしれないけど。
私はベッドでちゃんと横になって眠ることにした。働いているハジムと違って私は昼までゆっくり眠れるのだ。




