13.姉と弟と魔女
「さて、パルはどこじゃ?」
ルビーは元気に辺りを見回している。すぐにでも部屋の外に出て行きそうだ。
「知らないよ。服着替えたいんだけど・・・」
カップを置いて一応衣裳部屋を見てみたが客用の部屋着しかなかった。まあ実質嫁入りだったので私の物は全て持って出たから当然なんだけど。
「うるさいのう。」
ルビーはそう言って手のひらを私の方に向けた。強い風に目を閉じると、一瞬で服の汚れが取れてしかもちゃんと乾いていた。
「え? 今の何?」
「魔法じゃ。それより場所を教えんと貴様と一緒にこの家のドアを片っ端から開けることになるがそれでいいんか?」
「よくない! えっとちょっと待って・・・」
今はお昼前だからパルは・・・自分の部屋かお母様の仕事部屋か剣の稽古場だろう。この中で一番周りに人が少なそうなのはパルの部屋だ。
「部屋! パルの部屋に行ってみよう。すぐそこだから!」
恐る恐る廊下に出て、誰もいないことを確認し素早くパルの部屋の扉を叩いた。
「はい」
中からパルの声がしてホッとした瞬間、ルビーは勝手に扉を開けて中に入ってしまった。
「え? ・・・姉さんと、誰?」
パルが座っていた机から立ち上がる。どうやら勉強していたらしい。
「パル一人なの? 家庭教師の先生は?」
「先生は体調が悪いって・・・いやそうじゃなくて。何してるの姉さん。いつの間に帰ってきてたの?」
もっともな質問に口ごもった私の腕にルビーが絡みついてきた。紹介しろという圧を感じる。
「えっと・・・こちらルビーって言って、私の・・・お友達なんだけど・・・」
魔女って言っていいんだっけと思いながら紹介するとルビーが勝手に喋りだした。
「初めまして、パル。ルビーと言います。よろしくね。」
あ、普通の人間だと偽るつもりなのかなこの人。
「どうも、パル・シナトです。初めまして。」
パルがぎこちなく笑って私を見た。うん、怪しいよね。わかってるんだけどお姉ちゃんにも色々あるんだよねー。
「ええっと、母様たちにはもう紹介したの?」
「いや、すぐ帰るからいいかなって思って・・・」
しどろもどろに答えると、パルの探るような視線が突き刺さった。痛い。
「ルビー、無理だって。」
「そうか?」
「無理! 少なくとも私には無理、私に気の利いた言い訳とか期待しないで!」
「・・・姉さんはそうだろうね。ところでルビーさんって魔女なの?」
この賢しい弟に、私は口げんかで勝ったことがないのだ。
「よくわかったな。」
「銀髪に赤い目で見た目は子供。覚書に書いてあった通りだ。なんで姉さんと一緒にいるのかはわかんないけど。」
「その通り、わしは偉大なる魔女ルビー。もしくは天才美少女魔女ルビーじゃ。出会ったことを光栄に思うが良い。」
ルビーが腕を組んで偉そうに言い放った。この人って恋人を探してたんじゃなかったのかな?
「確かに有名な魔女に会えて光栄ですが、姉さんとはどういう関係ですか?」
ルビーが空中を見つめたまま固まった。
「・・・と、友達じゃ。」
そう言って上目遣いでチラリと私を見たので思わず笑ってしまった。まあ友達でもいっか。
「そういうことだからちょっと座って話さない? 立ち話もなんだし。」
そういうとパルは部屋のソファを勧めてくれたので大人しくルビーと並んで座った。パルも向かいに座る。
「お茶とか用意した方がいい? もうすぐ昼ごはんだからそっちでもいいけど。」
「あ、ううん! すぐ帰るし説明が面倒だからいらない。」
パルの提案を慌てて断った。できれば十五分ぐらいで帰りたい。
「別にわしはゆっくり滞在してもいいがの・・・それよりもさっきの覚書とはなんじゃ? わしに関する記録は公式には残っていないはずじゃが。」
「うちの先祖の日記です。パプルという城で近衛をしていた人が書き残したものを昔たまたま見つけたんです。」
「ああ・・・そんな名前じゃったかもしれんなあ。」
ルビーがにやりと笑った。
「それで? 他にはなんと書いてあった?」
「魔女は恐ろしい、だが自分は魔女に手を貸してしまった共犯者だと・・・自分を責めるような言葉が多かったですね。ですがパプルが何をしてしまったのかは書いてありませんでした。」
「そういう所が小者じゃの。」
ルビーがせせら笑った。
「うちの先祖はいったい何をしたんですか?」
「既婚者をねちねちと想い続けただけじゃ。別に大したことはしとらんよ。」
うわっ、先祖のそんな話聞きたくなかった。
「そうでしたか・・・それで、共犯とは?」
「まあそんな昔の話はよかろ。それよりお主には婚約者や恋人はおるか?」
「・・・いえ、どちらもまだおりません。」
「ならばわしにしておけ。」
流石に聞いていられなくてルビーの腕を引っ張った。
「ルビー、それ口説いてるじゃなくて脅迫だから。昔と同じ失敗してない?」
「うん?・・・そうか。普通はどうやって口説くんじゃ?」
「私もよく知らないけど・・・ルビーは直接会うとそうなっちゃうなら、最初は手紙からの方が良かったんじゃない? 今更だけど。」
「手紙? 会った方が早いじゃろ?」
「早すぎて握手じゃなくてパンチになってるから。目的思い出して!」
「姉さん、雰囲気変わったね。」
私とルビーの会話にパルが割り込んだ。今それどころじゃないんだけど。
「あっそう? まあそんな感じだからルビーと文通でもしてあげてくれる? 悪い子じゃない・・・気がするからさ。」
世界は自分のものだと豪語する魔女は果たして良い子なんだろうか。欺瞞という言葉が頭によぎったが見ないフリをした。
「まあ僕もルビーさんに興味あるからいいけど・・・姉さんはいったい何がしたいの?」
私がしたいこと? 平和に暮らすことですが!?
「・・・できれば勝手にそれぞれ幸せになって欲しいけど、難しそうだから間に入ってるだけ。気にしないで、お姉ちゃんはいつでもパルの幸せを祈ってるから。一応ルビーのもね。」
パルはその言葉に苦笑して、ルビーは嬉しそうに笑った。
「わかった! まずは文通じゃな? 字は得意じゃ、すぐに書く!」
そう言ったと思ったら、私は一瞬で元いたドーナー家の図書室に戻っていた。なんだか頭がぐるぐるして立っていられない。酒に酔った時に似ている。
「気持ち悪い・・・」
床に座ったまま動けずにいるとハジムが傍らに座って私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 立てる?」
「無理・・・ルビーは?」
「ルビー? ここにはいないけど。それより休んだ方がいいよ。」
ハジムはそう言って私を抱えてそっとソファに下してくれた。
「ありがと・・・今、シナト家とここを魔法で往復したみたい。クラクラする・・・」
「無茶なことするねぇ。」
いつの間にか私はハジムの肩に持たれて目を瞑っていた。少し目を開けかけて、ここで正気に戻ってはいけないと慌ててまた目を瞑る。
「ハジムはずっとここにいたの?」
「うん、15分ぐらいしか経ってないから。今日中には帰ってくるだろうと思ってたけど思ってたより早かったね。」
「だってこんな状況誰にも説明できないし・・・取り合えずパルには会ったよ。なんか文通することになってた。」
「文通? ・・・平和そうでよかった。久しぶりの実家はどうだった?」
「私の物が全部なくなってて寂しかったな。家を出たんだから当たり前なんだけど。」
お父様は無理だったら帰ってきてもいいって言ってくれてたんだけどな、お母様は死ぬ気で頑張れって言ってたけど。
「ここがもうきみの家だよ。」
ハジムの手が私の髪を撫でた。眩暈はもう治まったが、なんとなくこのままでいたい。
「うん・・・」
目を瞑って身を委ねているとハジムが笑った気がして体を起こした。
「何?」
「いや・・・明日王都に戻ろうかと思ってたんだけど、延期しようかなと思って。まだ町の方にも行ってないしね。」
「別にいいよ。俺の知り合いなんか全員死んでるだろうし、町もきっと変わってるだろうしな。」
リチの家みたいに俺がいた痕跡なんてもうどこにも残ってはいないだろう。
ハジムの顔が近づいてきたと思ったら急にほっぺにキスをされた。
「なに?」
「ドーナー領におかえりダリッチ。先に死んでごめんね。」
すまなさそうに笑うハジムの顔を見て、俺はもう一度ハジムの肩に頭を載せた。
「・・・あっけなく死にやがって。」
「ごめん」
「あんたがいないと、つまらなかった。」
「ごめん」
会いたかった、死ぬほど会いたかった。でもこいつの後を追って死ぬのは違うと思った。
「・・・ダリッチはみんなに見送られて死んだよ。悪くない人生だったと思う。」
「よかった。」
ハジムがリチの髪を撫でる。
「ダリッチを、好きなってくれて・・・ありがとう。」
「うん」
我慢しようとしたが涙は止められなかった。泣き虫なのはダリッチだ。私はあまり泣かない子供だった。・・・いや、誤魔化すのはやめよう。ダリッチの膨大な記憶に混乱しただけで、私はずっとリチのまんまだ。少しダリッチのフリをしていただけ。だってダリッチはとても自由で憧れたから。ダリッチだと思えば臆病なリチでもなんでも言えた。それだけのことだ。
「リチ?」
ハジムの優しい声に顔を上げた。この人は全部わかってたんだろうな。わかってて付き合ってくれてたんだろう。
「きみはまだ15だから焦らなくていい。まだ人生は始まったばかりだよ、ダリッチの15の時なんて完全に子どもだったし。」
「うるさいな。あんたの15の頃は・・・よく知らないけど、きっと子どもだったよ。どうせアダールさんの後を追いかけまわしてたに決まってる。」
「そこら辺は覚えてないなぁ・・・。でも今の僕がきみに会えたのは15の時だった。別にダリッチに似てたから好きになったんじゃないよ。一目で恋に落ちたんだ。」
ハジムはそう言って私の左手をごく自然に掬い上げた。そのまま手の甲に口をつけそうだったので慌てて私は立ち上がった。
「ちょっと気軽に触り過ぎじゃない? まだ結婚もしてないのに。」
「これぐらいは婚約者の範囲内だと思うな。」
ハジムが手を広げて笑った。その顔は前世の顔より私好みだ。そっか、ダリッチが好きなのは前世のハジムで、私が好きなのは今のハジムなんだ。
「ダメです! 節度を持った対応をお願いします。あと私は元気なので明日帰れますよ、仕事溜まってるんでしょう?」
「・・・助かる。」
ハジムが神妙な顔つきになったので私は笑った。以前のリチならこんなことは言えなかった。でも、これだって私だ。
ハジムも立ち上がって私たちは一緒に図書室を出た。ここは懐かしくて知らない家、でもきっとこれから何度も来る家。リチの人生はまだ、始まったばかりだ。




