11.思い出話
ベッドで起き上がって部屋を見渡す。誰もいなかった。昨日寝る前に誰かと話したような・・・しかもソファで寝てたのにいつの間にかベッドに移動しているとはこれ如何に。
考えてもわからないので起き上がって服を着替えた。昨日ミチさんと飲んだテーブルはきれいに片づけられている。さすがにミチさんと会ったことは夢じゃないだろうから、確実に誰かが部屋に入ってきている。たぶん使用人だろうけど。
顔を洗って鏡を凝視した。このくすんだ紫の髪はミチの悩みだった。母や弟のきれいな紫の髪が羨ましかった。俺は別にどうでもいいけど、鏡を見る度に憂鬱になるのは良くないと思う。
「切ろっかな。」
髪を摘まんで眺める。リチは切るという発想がなかったようだが、別に女でも髪が短い人はいるし問題ないと思う。これから夏だし・・・よし、切ろう。この屋敷にもだれか器用な人がいるだろうから頼んで切ってもらえばいい。
「あの・・・」
後ろから声をかけられて振り返ると、男の使用人が立っていた。女の身支度の場に男がくるのはおかしいだろ。
「何か?」
できる限り感情を出さないよう簡潔に聞いた。ここで舐められてはいけない。
「私でよければ、お切りしますが。」
使用人は軽く顔を伏せていて表情がわからない。まだ若そうな男だ。
「そう・・・じゃあ後でお願いするわ。でも許可なく部屋に入らないで欲しいのだけれど。」
「申し訳ございません。」
男はそう言った癖に部屋から出て行こうとはしなかった。
「・・・まだ何か?」
「あの、昨夜のこと、考えて頂けましたでしょうか?」
ここでようやく昨夜話しかけてきた謎の男と目の前の男が繋がった。いやそれにしたって。
「誰に断って人の部屋の中にいたのかしら。私はそんなこと許した覚えはないのだけれど。」
「ハジム様からリチ様の護衛をするよう言われておりました。ですが話しかけたことは私の一存でした。申し訳ございません。」
男は更に深く頭を下げた。この屋敷のお仕着せはかつて俺が着ていた頃の物とほとんど変わっていない。なによりも佇まいが俺が知っているこの屋敷の使用人そのものだ。具体的にどこがどうとは説明できないけれど、悪い人間ではないと俺の直感が言っている。
「・・・詳しい話はハジムを交えてしましょう。ハジムはどこ?」
「図書室におられます。」
「では朝食後にそこで。」
男の横をすり抜け一階に向かった。男は最後まで顔を上げなかった。昨日のミツさんとの会話を思い出して何かヤバイことを言っていなかったか考える。たぶん言ってなかったと思うけどどうだろう? なんせソファで寝てたくらいだしよく覚えてないな。
一人で美味しい朝食を取りながらさっきの男について考えた。魔女を口説きたい男・・・真っ先に思いつく可能性はロリコンだ。あのルビーの15歳の見た目にやられたのかもしれない。しかも成長しないんだからロリコンには垂涎ものだろう。でもルビーがそんなことを気にするようには見えないから別に問題ないのかもしれない。
いやそれよりもミツさんに気が付かれずにずっと部屋の中にいたのなら、あの男もなにかすごい魔力や魔法があったりするのかもしれない。だったらお似合い・・・なのか?
うーん、わからん。ハジムに聞こう。
食べ終わった私はそのまま図書室へ向かった。この部屋は前世では掃除で少し入ったことがあるだけだ。扉を開けると独特な紙のかび臭い匂いがした、中のテーブルにはハジムが一人で座っている。あの男はいないようだ。
「おはよう」
ハジムが読んでいた本から顔を上げて微笑んだ。やっぱり前と顔が違うなあと思いながらハジムの正面に座る。
「おはよ。何読んでたの?」
そう聞くとハジムは開いたままの本をこちらに押しやった。見てみるとどうやらドーナー家の家系図のようだった。
ハジムの兄であるアダールさんは43歳で失踪となっている。ハジムの享年は48歳だ。その横に俺の名前がある。ダリッチ・ドーナー、享年49歳。
「ちゃんと残ってるでしょ?」
ハジムが俺に笑いかける。
「・・・うん。」
家系図としては俺たちは行き止まりだ。でもアダールさんの娘やその息子なんかがその後に続いて今のドーナー家が成り立っている。前世のハジムがとても大事にしていたこの繋がり。
「良かったな、ハジム。」
「うん・・・僕が死んだ後、ダリッチはどうしてたの? 他の資料を見てるとこの家から居なくなってるように見えたんだけど。」
「まあね、あんたが死んで色々つまんなくなって・・・仕事はクマンドに引き継いで俺は町に引っ越した。絶対あんたより長生きしてやるって決めたからその歳まで生きてたよ。・・・ほら。」
二人の享年の所を指さすとハジムは笑った。
「一年だけじゃない。」
「一年だけだって勝ちは勝ちだよ。」
ハジムはちょっとした風邪のせいで死んだ。みんな2.3日寝てれば治るような風邪だったのに、なぜかハジムは死んでしまった。俺はハジムが死ぬ前にルビーを呼び出して懇願した。お願いだからハジムを助けて欲しいと。
だがあの魔女は首を振って言った「寿命だ」と。
当時はずいぶんルビーを恨んだものだが、生まれ変わってみてわかった。寿命は寿命だ。仮にあの風邪を治したとしてもすぐに別の病気で死んだだろう。たぶん人の命ってそんなものだ。
「最後に町で暮らしてさ・・・割と楽しかったんだ。他の領から来た子に字を教えたり算数教えたり。みんなの孫の面倒見たり。・・・でもあんたがいないと詰まらなかったな。ずっと一緒に居たからだろうけどな。」
話しながらなんだか照れてしまってハジムを見ると、こちらはもっと照れていた。
「結局、僕はダリッチに口説かれるんだな。僕が口説くって言ったのに。」
「口説いてねーわ。」
「十分だよ・・・ダリッチを置いていくのだけが心配だったんだ。僕がいないとすぐ飲み過ぎて変なところで寝るだろう?」
「・・・昨日の話?」
俺はちょっと不機嫌になって言った。昨日の件ならミツさんが悪いと思う。
「昨日・・・も、ソファで寝てたね。貴族令嬢の自覚ある?」
「あんまない。運んでくれたのあんた?」
「当たり前でしょ。誰にも触らせないよ。」
拗ねた様に言われて少し胸がときめいた。リチは純情だなあ。
「そうそう、その件で話があるんだけど、あの男なに?」
「え? ダリッチにも見えてるんだ。じゃあ話が早いね。」
ハジムがスッと右手を上げると、まるで壁から出てきたように男が近づいてきた。
「ひっ!」
うっかり変な声がでて慌てて口を押さえる。椅子から落ちなかっただけマシだと思う。
「ん? ・・・こちらクロ。うちの影だよ。」
「影?」
「うん・・・説明してなかったっけ? 護衛の中でも気配を消すのが得意な数人をそう呼んでるんだ。本来は領主についてるけど、クロだけは昔から僕についてる。すでにきみと言葉は交わしてるって聞いたんだけど。」
クロと呼ばれた男がじっと俺を見て微笑んだ。佇まいはさっき言葉を交わした使用人だ。だが顔を初めて見て気が付いた。
「こいつ! 魔王じゃん!!」
今日は三話更新です




