10.魔女という生き物
誰かに体を揺らされて目が覚める。目を開けるとミツさんがこちらを見下ろしていた。
「そろそろ夕飯だから起きた方がいいよ。」
そう言われて寝ぼけながら体を起こした。あ、乗馬服のまま寝てた。
「それでね、夕飯の後に女同士で話したい事があるんだけど。」
「はあ・・・いいですけど。今じゃダメなんですか?」
「長いし食べながらする話でもないかなと思って。」
「そうですか・・・ハジムは?」
「ハジムは今アダールに怒ってる。」
ぼんやりしていた頭が少し起きた。つまりこれから俺が怒るような話をするってことかな?
「じゃあ・・・後で聞きます。」
欠伸をしながらいうとミツさんはじゃあ後でと言ってその場から一瞬で消えた。本当に魔女なんだな。
乗馬服から普通の服に着替えて夕食の席に行くと、ハジムはなんだか怒った顔をしていた。
「どうしたの?」
「・・・ちょっと色々あり過ぎてしんどい。でも、さっきの話は二人だけでゆっくり話そうね。」
ハジムが俺を見てニヤリと笑った。何だか嫌な予感がする。
「・・・何のことでしたっけ?」
「別に今から話してもいいけど?」
「・・・明日にして下さい。」
ハジムは嬉しそうに笑ったがそれ以上は何も言わなかった。静かなまま食事は終わり、俺だけが席を立った。
「また明日ね。」
そう言って笑うハジムに頷いて部屋を出る。今から魔女と俺が怒るような話をするのだ。気合が必要だ。
「よしっ!」
両手で顔を叩いて自分の部屋を開けた。
薄明りの中で青い髪の魔女が座っていた。
「暗くないですか?」
明かりをつけようとするとミツさんは手を振ってそれを止めた。
「魔女は暗いのが好きなの。ダリッチは暗いの嫌い?」
「いや・・・別に好きでも嫌いでもないですけど。」
見えないほどの暗さではないのでそのままミツさんの向かいのソファに座った。ミツさんはお酒を飲んでいるようだった。
「それで、話ってなんですか?」
「あー・・・話っていうかお詫び? なんだけど。」
ミツさんが話しづらそうに切り出した。
「ルビーが探してるユマって女の子いるじゃない? 実はあの子を今ダリッチの中に隠してるんだよね。」
「えっ!?」
何と言っていいかわからず俺は絶句した。
「えっと?・・・どういうことなんです?」
「うーんそのまんまなんだけど・・・あのユマって子に助けを求められてね、次はルビーに会わないように生まれたいっていわれたんだけど、そんなの無理じゃない?」
いや、知らねえよ?
「私だっていつ死ぬかわからないし、いつまでも手元に置いとくのも限界かなって思ってさ、だからハジムとダリッチが一緒に生まれた時にダリッチに隠したの。ハジムが死ぬ気で守るから大丈夫だと思って。」
「はあ!?」
何だその勝手な理屈は。
「アダールさんが持ってれば良かったんじゃ?」
「うーん、私たちいま鳩だから・・・」
知らねえよ? あんたらにとって鳩って何なんだよ!?
叫びたくなったが辛うじて自重した。
「・・・俺も酒が飲みたくなりました。」
「どうぞ! お詫びに今日だけはいくら飲んでも二日酔いにならないようにしてあげる!」
「そりゃどーも・・・」
魔女についでもらった酒をぐっと飲み干した。もう年齢がどうとかどうでもいい。
「それで、俺はどうしたらいいんです? 俺が子どもを産んだらユマになるんですか?」
「今産むとそうなるね・・・でもその間にルビーに他の相手をあてがえばいいんじゃないかなって思うんだけど・・・」
ずいぶんな物言いにイラっとした。動物じゃあるまいし。
「じゃあ、あんたが連れて来いよ。」
そろそろ俺怒っていいよな?
「ルビーだって愛してもらえる相手を愛したいだろうさ。そんな相手がいないから困ってんだろ!?」
「うんうん、わかるよ。いたらいいよね、そういう相手。」
だったら!と叫ぼうとして止めた。ルビーの相手がいないのは別にこの人のせいじゃない。
「・・・すみません。」
ユマ様がルビーを愛せなかったのも別に悪い事じゃない。敢えて言うなら好きになってくれない人に惚れこんでしまったルビーが悪い。気の毒だけど。
「うん。・・・私も誰かが悪いわけじゃないと思ってるんだ。ルビーのしてることだって魔女だから仕方ないとも言えるし。ただ、不幸の連鎖みたいで見てられなかったんだよねー。」
ミツさんは困った顔をしながら酒を煽った。
「だからさ、探してくれない? ルビーの相手。」
「俺がですか?」
「うん」
当然のように頷かれて、一旦おさまっていた怒りが再び沸き上がった。
「・・・勝手過ぎません?」
「だって私魔女だし。それに男を探すなんてアダールが嫌がるし。」
なるほど。魔女=自分勝手だもんな。関わらない方がいいタイプだ。関わった時点で負けっぽい。
「・・・わかりました。善処します。」
「ありがとー! まあダリッチが断っても、ハジムが受け入れるから一蓮托生なんだけどね。」
ミツさんはにっこり笑った。
「・・・ハジムがアダールさんの頼みを断れる訳ないですからね。」
「そういうこと! じゃあこれお礼の印に置いてくね。美味しいからこのお酒!」
テーブルの上にはさっきより増えた酒瓶があった。顔を上げるとミツさんはもう姿を消していた。
これだからほんと、魔女ってやつは・・・
二日酔いにならないって言ってたよなと思いながら魔女が残して言ったお酒を呷る。
ルビーの相手って言われてもなあ・・・見た目は15歳だが中身は100歳越えだ。何歳を紹介すればいいんだ? ・・・可愛いければ何でもいいって言いそうだから何歳でも良さそうだな。でも相手が可哀そうなので一応15歳以上かな・・・。すぐに死んだら暴れそうだから10年以上は健康で長生きしそうな相手となると40歳ぐらいまでかな。範囲広すぎぃ。
久しぶりのお酒はふわふして気持ちよかった。昔からお酒は好きだった、弱いからあんまり飲むなって言われてただけで。
「ハージム」
声に出して言うと笑けてくる。酔っぱらった俺を介抱してくれるのはいつもハジムだった。あいつは酒に強いから。
「あ」
ハジムならルビーの相手にピッタリだ。若くて健康で顔も良くて。性格はちょっとめんどうだけど頭もいい。魔女が相手でもなんとかやっていけるだろう。でも。
「ぜーったい、ヤダ。」
一人で話して一人で笑った。あいつが他の女とくっつくの見るなんて絶対嫌だ。その為なら魔女と刺し違えてでもいい。絶対負けるけど。俺以外の誰かに優しくしてる姿見るだけで腹が立つから丁度いいや。
お酒を片手にソファに横になった。リチは絶対やらない恰好だけど、まあいいだろう。誰もいないし。
「どうしよっかなぁ・・・」
コップを床に置いて天井を見上げた。いくら魔女だからって周りの都合で男を宛がわれるなんて失礼な話だ。しかもルビーは一度結婚?に失敗してるみたいだし。なんかその家は酷い目にあったみたいだし、気軽に紹介できる感じではない。
「あ、パルなら・・・?」
リチには弟がいる。パルという名のちょっと変わった男の子だ。ただ問題はまだ12歳だということだ。12歳のくせに妙に貫禄があって不思議な色気もある。早熟ですでに母の元でみっちりと服飾デザインの勉強をしている。でも12歳はまだ早いか・・・
欠伸しながら考える。そもそもリチには知り合いがほとんどいないんだからあとはもう使用人ぐらいしか思いつかない。使用人は主人に命令されたら逆らえないだろうから被害者が増えるだけだ。また負の連鎖が始まってしまう。
「難しいなぁ・・・」
なんだか眠くなってきたので目を瞑った。心の片隅ではこんな所で眠ってはいけないと考えるが、同時に冬じゃないんだから大丈夫とも思う。うつらうつらしながら眠気に負けそうなその時、暗がりから知らない男の声が聞こえた。
「俺じゃ、ダメですか?」
・・・なんか誰か喋ったな。今部屋に誰かいたっけ・・・ぼんやりと目を開けたが暗いのでよく見えない。
「俺が、ルビー様を口説いてもいいですか?」
勝手にしたらいいと思う。魔女を口説きたいなんて物好きな奴だ。
「いいんじゃない・・・」
俺はぼんやりと答えてそのまま眠ってしまった。
いや、お前誰だよ!
それに気が付いたのは、朝ベッドで目が覚めてからだった。




