5.今と昔
結局学園では何をしていいのかわからず俺は屋敷に引きこもって暇を持て余した。リチは刺繍なんかをしていたが、あいにく俺はこれっぽちも興味をもてなかった。そして色々考えた挙句やはり運動しかないという結論に至った。
筋肉は無駄にならないってケン兄も言ってたし、一人で部屋の中でやるにはトレーニングが最適だ。本当は外に出て走ったり剣を振るったりしたかったが、一応貴族令嬢なので止めておいた。別に護身術ぐらい習っている令嬢なら沢山いると思うが、リチは全くそういうタイプではなかった。とてもか弱くて本好きな内気な女の子だった。たぶん前世で出会っても友達にはなれなかっただろう。
部屋の中で腕立て伏せやスクワットをする俺に使用人たちは何も言わなかった。だが三日も経たずにハジムが夕食後の部屋にやって来た。
「入ってもいい?」
数日ぶりに見たハジムはなんだか疲れているようだった。俺は黙って扉を開けた。ハジムも黙って部屋に入って扉を閉めた。
「なんか、面白い事やってるみたいだね。」
「悪い?」
「・・・なんだか知らないけど、婚約者がご乱心だからなんとかしろって言われた。何してたの?」
ハジムはそう言いながらソファに座って欠伸をした。眠っていないのか目の下にくまができている。
「筋トレ。暇だから。」
「学校行けばいいじゃない。」
「行ったけどよくわかんなかった。・・・あんたは忙しそうだね。」
「うーん・・・お酒飲んでいい? ちょっと疲れちゃった。」
ハジムはそう言ってソファに横になったので、仕方なく人を呼んでお酒と軽食の用意を頼んだ。数分もしないうちにテーブルの上に全てがそろう。
ハジムが起き上がって言った。
「あれ、ツマミにしては食べ物が多いな。」
「俺が頼んだ。どうせあんまり食ってないんだろ? ちゃんと全部食えよ。酒は食べ物じゃないって言ってんだろ。」
ハジムは面白そうに俺を見て笑った。
「ふふ、久しぶりにダリッチに怒られた。」
「早く食え。」
ぼんやりとハジムが全てを食べ終えるのを見ていると、確かに昔みたいだった。ハジムは忙しくなると面倒くさがってあまり食べなくなる。だから俺が無理やり時間を作って食べさせていた、一日中一緒だったあの頃。
「・・・ダリッチは飲まないの?」
「まだ十五だからな。昔と違って今は子供には飲まさないだろ?」
「十五か・・・昔は十四でもう大人だって言い張ってたのにねぇ。」
くすくす笑うハジムの顔が少し赤い。生まれ変わって酒が弱くなったのかもしれない。
「あんたは今いくつだっけ。」
「二十五」
「仕事は?」
「ドーナー銀行の代表。・・・どうしたの? 忘れちゃった?」
ハジムが不思議そうに言った。別に忘れた訳じゃない。ただこうやって夜部屋に二人きりでいるとよくわからなくなるだけだ。今がいつなのか、目の前にいる相手は誰なのか。自分はいったい何者なのか。
「あんたってさ、ダリッチのこと好きだったの?」
「うん」
間髪いれずにハジムは答えた。何を今更と言った表情で。
「なんでそれ、一回死ぬ前に言わなかったの?」
「言わなかったっけ?」
きょとんとしたハジムの顔に心底イラっとした。
「言ってない。俺が何回も聞いたのにあんたははぐらかしてばっかりで全然言わなかった。」
「そうだったかな・・・でもずっと一緒にいたんだからわかるでしょ?」
やれやれと言わんばかりの顔をぶん殴りたくなる。こいつは全然わかってない。
「・・・やっぱあんた嫌いだ。」
そっぽを向いて言ってみたがハジムの返事はなかった。あまりにも何も言わないのに焦れてハジムの方を振り向くと、ハジムはまたソファに横になっていた。
「ハジム?」
呼んでみたが目を開けない。どうやら眠ってしまったようだ、人の部屋で。
仕方なく叩き起こそうと横にいってみたが、疲れた顔で眠っているので起こせなくなった。なんだか昔のハジムを見ているようで切なくなる。見た目はこんなに違うのに。
「ハジム」
名前を呼んで手を伸ばしそうになったがやめた。これは俺が好きになったハジムじゃない。
「ハジム、何で俺のこと好きにならなかったの?」
うっかり口に出してしまい唇を噛む。前世のハジムがダリッチを好きだったことはわかってる、でも俺の性別までは最後まで好きになってくれなかった。全てを好きになって欲しかったというのは我儘なんだろうか。
「今回は女だから好きなの?」
口に出すと泣けてきたので俺は立ち上がった。もういい、ハジムはソファで寝ればいい。まだ若いんだから平気だろ。
明かりを消して自分のベッドに潜り込む。泣きたくはない。前にハジムが死んだときだって散々泣いたんだ。
朝目が覚めるとハジムはいなくなっていた。取り合えず俺は筋トレを続けることにした。




