2.前世の恋人②
俺、というかリチが生まれたのは割と裕福な貴族でリチは何不自由もなく育った。
五歳の時にあいつが訪ねてきて俺にプロポーズした。あいつもまだ十五歳だった。その時はなんとなく有耶無耶にされたが、あいつはそれから毎年やってくるようになった。
夏になるとお土産をどっさり持った奇麗なお兄さんがやってくる。それを楽しみにしていたのは俺だけじゃなかった。やつらは気前よく町の人にもお土産を配り、帰る時には町の特産品を大量に買って帰った。
「ドーナー家の若様がこの領のお姫様を口説いている。」
こんな話が町中に流布されるようになり、いつの間にか町全体がハジムとリチの婚約を待ち望むようになった。
だが元々ドーナー家とシナト家の仲はあまり良くなかった。というより大昔に反ドーナー派が起こしたクーデターにうちも参加していたらしい。クーデターは失敗しうちも処罰こそはなかったがしばらく肩身の狭い思いをしたそうだ。
そんな過去の理由で当初はハジムの訪問に良い顔をしていなかったうちの両親だったが、結局何度もくるハジムと領地における現金収入及び領民の人気取りの為に、俺とハジムの婚約を承諾した。リチはまだ10歳だった。
まあでも、嫌じゃなかった。その頃のリチはハジムを本気で王子様だと思っていた。王子様が私を連れ出し素敵な世界へ連れて行ってくれる・・・まあ10歳の世間知らずの女の子だったしね。今思い出すと恥ずかしいけどね。
ハジムはそれからも毎年夏になるとうちの領地に来た。だんだんこの人のお嫁さんになるんだって実感が湧いてきて、少しずつぎこちなくなっていくリチをハジムは笑って見守ってくれた。
そして15歳、王都にある王立学園に通うためリチは領地から王都に移った。シナト家も王都に家があるが、ハジムの勧めでこのドーナー家の屋敷から学園に通うことになった。
緊張しながら初めてこの屋敷に来たのが先月。今月すでにいくつかのパーティに一緒に出席した。肩に触られただけで顔が真っ赤になった。踊る時は緊張して手も足も震えた。
「・・・可愛すぎないか、俺。」
広いベッドで寝がえりを打ちながら呟いた。もう昼前だと思うが起きる気にならず朝からずっとゴロゴロしている。
前世を思い出したのはこの部屋の前だった。パーティから帰ってきて部屋の前でハジムに手の甲にキスをされた。優しくおやすみと囁かれ、リチは天にも昇る気持ちで部屋に入った。
左手を抱きしめながらうっとりしていると、部屋の中が二重に見えた。目がおかしくなったのかと思ったが、どうやら見えていたのは過去の部屋だったらしい。ベッドの上でハジムが真っ白な顔で横になっている。それを前世の俺が泣きそうな顔で見つめていた。
ああ、こんなこともあったなぁ・・・
大怪我をしたハジムの横で必死で祈った夜。やっと目をあけたハジムが俺を見て笑ったこと。思い出すだけで胸が苦しい。
・・・けど、これ、何だ?
自分の両手を見てみたが、記憶よりも随分小さかった。そりゃそうだ、今は女なんだから・・・何で?
後から聞いた話だが、俺は部屋の床に倒れていたらしい。次の日の夕方まで眠って起きた時には前世の大体の記憶を思い出していた。俺がドーナー家の使用人だったこと、領主の弟だったあいつを頑張って口説き落としたこと。結構幸せに暮らしてたのにあいつはあんまり長生きしてくれなかったこと。
目覚めた時あいつは隣で俺の顔を覗き込んでいて、目が合うとホッとしたように笑った。
「ハジム?」
自分の喉からでた声なのに、自分の記憶とはまるで違う声。
「うん?」
ハジムは俺の左手を握っていた。ああ、前と逆なんだな。
「げんき?」
「・・・うん、元気だよ。床で倒れてたって聞いたからびっくりした。きっと疲れてたんだろうね。」
ハジムが俺の顔を見ながら微笑む。それだけで物凄く心配してくれていたことがわかった。
「うでは?」
「腕? ・・・どうしたの?」
「ハジムの右うで。うごく?」
ハジムは何度もまばたきして言った。
「・・・ダリッチ?」
俺は頷くとまた眠ってしまった。たぶんこの時のハジムは面白い顔をしてたんだろうな。見たかったな。
明くる朝起きると、完全に気分はダリッチだった。妙な気分だった。まるで長い夢を見ていたような。
おなかが空いていたので朝食を目一杯食べ談話室でくつろいでいると、ハジムが後からやってきた。
「リチ嬢、元気になられたようで何よりです。」
ハジムはこれまで通り礼儀正しく微笑んだ。こいつリチにはわりと紳士だよなぁ・・・俺の扱いは酷かったくせに。
「リチ嬢?」
「ハジムはさぁ、どこまで覚えてんの?」
俺の質問にハジムは困った顔で笑った後、静かに隣に座って言った。
「とりあえず足は閉じようか? 今の君は貴族のお嬢様なんだから。」
その後色々話をした。結論から言うと、ハジムは生まれた時から前世を覚えていたらしい。
「赤ん坊の時から? おぎゃーっつってる時にも俺のこと考えてたの?」
「そうだよ。」
ハジムは真顔で頷いた。こういう所は変わってないな。
「随分探したよ。きみ、生まれるの遅くない?」
「そんなこと言われても・・・」
その後再びプロポーズされて、色々嫌になって、死んだ奴のことを思って泣いて、部屋に引きこもって、今に至る。ハジムには昨日の朝以来会っていない。普通に考えたら仕事してる筈だけどどうなんだろう。
昔のドーナー家も大貴族だったが、今やほぼ王族だ。むしろ王族より目立ってるといっても過言ではない。色々な事業に手を出しその全てを成功させている。そのトップにいるのがハジムの父親であり、それを継ぐ予定なのがハジムだ。実際25歳という若さでもっとも重要な業務の一つであるドーナー銀行を任されている。
若く優秀で美貌の青年実業家。それが今のハジム・ドーナー・ジュニアだ。俺が平民から貴族になったのも結構な出世だと思うが、あいつに比べたら全然だ。
コンコン
扉がノックされて適当に返事をする。具合が悪いので起きられないと言ってあるので、メイドがご飯でも持ってきてくれたのかもしれない。
入ってきたのはハジムだった。仕事の途中なのかスーツを着ている。こういう服は前はなかったなぁ・・・
「おはよう。やっぱり仮病だったね。」
うっかり起き上がってしまった俺に、ハジムは爽やかに微笑んだ。
「仮病なんか使ってるからろくに食べてないんでしょ? こっちに来て一緒に食べよう。」
ハジムはそう言うと押してきたワゴンから次々と食べ物を取り出してテーブルに並べた。美味しそうな匂いにうっかり起きだしてしまう。
「旨そう。」
「じゃあそこ座って・・・ええっと、着替える気はない?」
ハジムは俺の恰好を見るなり目を反らした。さっきまで寝ていたんだから当然寝巻きだ。白の長袖シルクワンピースに白のズボン。別に肌が出ているもんじゃないし問題ないと思うけど。
「何で? 着替えた方がいい?」
「うん・・・出来れば。」
心なしかハジムの顔が赤い気がする。俺は首を傾げながら衣裳部屋に入って服を着替えた。着替えながら姿見で自分の姿を確認する。15歳にしては幼い体つきだ。一言で表すならツルンだ。ひょっとしてあいつはこの体に欲情してるんだろうか。
「やっぱロリコンか。」
毒づきながらさっさとブラウスとスカートに着替える。どちらもシナト領の特産であるシルクを使ってある。
部屋に戻るとテーブル一面に美味しそうな料理が並べられていた。
「旨そう!」
「美味しそう、ね? 二人の時はいいけど言葉遣いもうちょっと気をつけた方がいいよ・・・あと僕ロリコンじゃないから。」
ハジムが何か言ってるのを無視してとりあえずスープを飲んだ。美味しい。相変わらずドーナー家の料理は美味いなぁ・・・
「ところでハジム暇なの? 仕事は?」
「暇じゃない。・・・でも愛しい婚約者が具合悪いっていうから抜け出してきた。これ食べたらすぐ戻るよ。」
愛しい。だってさ。前世では一回もそんなこと言わなかったのに。
「あっそ。」
なんとなくムカついて俺は料理を片っ端から平らげることに専念した。
「・・・いい食べっぷりだね。」
ハジムは呆れた様にお茶を飲んでいる。全然食べてないくせにもうお終いらしい。
「ハジムはもっと食べなよ。旨いぞ?」
「知ってる・・・でも僕は君を見てるだけでおなか一杯。」
何言ってんだと思って顔を上げると、ハジムは楽しそうに笑っていた。声は一緒なのに顔は違う。たぶん身長も体つきも違う。でもどうやらこいつがハジムらしい。俺はいつかこいつに慣れるんだろうか。
「なに?」
あまりにもジッと見ていたからかハジムが首を傾げた。
「別に。」
目を反らして食事を続けた。いつか俺は今のこいつを好きになることがあるんだろうか、昔みたいに。リチは物凄く惚れてたけど、俺は違うしなぁ・・・
俺が食べ終わる前に執事がハジムを迎えに来た。忙しいのは本当らしい。慌ただしく出て行くハジムを見送り部屋に一人になった。
暇だな。
メイドが片づけて奇麗にしてくれたテーブルを見ながら考える。前世では領主の仕事を手伝っててそれなりに忙しかったけど、今はただの学園生だ。リチは芸術系のクラスをいくつか取りたかったようだが、結局一度も行かないままになってしまった。今となっては刺繍やみんなで歌を歌うなんてまるで興味を持てない。
あとは花嫁修業をするという予定だったが、何するんだっけ? パーティに出て人の顔と名前覚えて、奥さん同士でお茶のんだり情報交換するんだっけ? めんどくさ。前世はそういうの全部姪夫婦がやってくれてたからなー。そう言えばあの二人も生まれ変わってどこかにいたりするんだろうか。っていうかなんでもう一度生まれたんだろう。
ズキッ
胸の辺りが不自然に傷んだ。たぶんハジムが死んだ時を思い出したからだ。
ハジムは流行り病にかかって死んだ。結構あっけなかった。まだハジムは48歳だったと思う。
(ドーナー家ってあんんまり長生きしないのよね)
そう言ったのは確かハジムの姪だった。彼女はその少し前に母親を亡くしていた。俺はそれでも諦めきれなくて・・・魔女に願ったんだ。窓を開けて、大声で魔女の名前を叫んで。
「ルビー・・・」
窓の外を見つめて呟いた。正直別に大した意味はなかった。
「呼んだか!!」
突然部屋の中から威勢のいい少女の声が聞こえてひっくり返りそうになった。
さっきまで誰もいなかった筈の部屋に、黒いワンピースを着た少女がいた。銀の髪に赤い目・・・間違いない、魔女だ。
「天才美少女魔女★ルビー様のお出ましじゃ!」




