20.医者
私は王都で医者を始めた。といっても最初は具合が悪そうな人に勝手に治療をしてお金を巻き上げていただけだが、いつしか評判を呼び私はすっかり王都の有名人になってしまった。
小さな家を借りてそこで眠り、朝起きると家の前に患者が並ぶようになった。気が向くと全員治してやったが、気が向かなければ何日も表に出なかった。噂を聞いたのかどこかの貴族が来て私を外に引きずり出そうと大暴れしたらしいが、私は家全体に防御魔法をかけていたので何も知らずに寝ていた。
石を投げても斧で叩いても傷一つ付かない家は、いつしか魔女の家と呼ばれるようになった。
お姉さまと再会して二年、お姉さまは可愛い男の子を産んでいた。遊びに行っても忙しいらしくあまり私の相手をしてくれない。
この二年で沢山の人に会ったが私の運命の人はいなかった。お金だけは大量に溜まったが、別にそんなものが欲しくて始めた訳ではなかった。
なんてつまらないんだろう。
私は気晴らしとして頭からケープを被って家の外に出た。気配は消しているが消しすぎるとぶつかってこられたりするので面倒くさい。だが私の銀髪はすっかり有名になってしまったので、隠さず外に出ることはもう難しかった。
「ルビー様ですか。」
路地の暗がりから私と同じようなケープを被った男に声をかけられた。まだ日は高いのに男の周りは暗い。悪魔だとすぐにわかった。
「患者がいるのです。診てもらえませんか?」
「その子は人間? 悪魔? 天使?」
「・・・天使のような人間です。」
昔そんな子に会った気がする。可愛かったなぁ・・・
「いいよ。」
承諾すると馬車に案内された。見た目はどうってことない普通の馬車だが、内装が豪華で座り心地は最高だった。さて、どこに連れていかれるのやら・・・
窓は開かないようになっていたので、どこをどう走っているのかはわからない。だがどんどん外の人の気配が消えていくのはわかった。王都を出たのかそれとも無茶苦茶敷地の広い家にでも入ったのか。
馬車はしばらく走って止まった。
外に出ると大きな建物の入り口だった。見上げても上がよく見えない。こんな建物はこの世界に一つしかない。王城だ。
男に促されて建物の中を歩いた。ドーナー家の屋敷も大きかったが桁が違う。普段狭い部屋に閉じこもっているのでキョロキョロしながら歩いていたら男に笑われた。
「珍しいですか?」
「そりゃ来たことないしね。」
男は突き当りの大きな扉を開けた。中には沢山の絵が飾ってあったが家具は何もなかった。どうやら本命はその先の扉らしい。
男はケープを脱いだ。紫の髪が揺れる。かなり整った顔だったが私の心はピクリとも動かなかった。運命の人じゃないんだろう。
「見て頂きたいのはこの奥におられる方です。先週から熱が下がらず他の医者からはこのままでは危ないと言われております。どうかルビー様のお力で御救い下さい。」
紫の男は床に跪いた。やるって言ってんのに。
「いいよ。」
そう答えた瞬間、入ってきたドアが開いて小さな女の子が駆け込んできた。私を見て驚いたように固まる。金の髪に青い目、まるで私をひっくり返したようだ。
「ユマ様いけません。ご病気がうつるかもしれないのでここは入ってはいけないと言ったじゃないですか。」
紫の男が慌てて少女の元に駆け寄った。
「でも、お母様が。」
「そのお母様が仰ってるんです。あなたに病気をうつしたくないと。お戻りくださいユマ様。」
「でも・・・」
駄々をこねる少女の前に私もしゃがんだ。少女が怯えた顔をしたのでケープを外す。
「初めまして。お母様が病気なの?」
少女が無言で頷いた。可愛い。キラキラ輝く髪も目も、ふっくらとした頬も可愛らしい赤い唇も。全てが可愛い。
「私が治してあげましょうか?」
「ほんとに?」
少女の顔が輝いた。ああ、もう食べてしまいたいほどに可愛い。
「ええ、その代わり私のお願いもきいてくれる?」
「なあに?」
なんて無垢で真っすぐな目で私を見つめるんだろう。私は微笑んで少女の手を取って言った。
「あなたをちょうだい。」
横にいる男の顔が強張ったが無視する。
「あなたが私のものになってくれるなら、私は死人でも蘇らせるわ。」
死者を蘇らせることは出来ない。だがこの子を手に入れる為なら、私はいくらでも嘘をつこう。
「本当に? お母様を治してくれる?」
少女の真っすぐな瞳を見つめ返して私は頷いた。
交渉成立だ。この子は悪魔と契約したのだ。




