17.死
私は祠に入るとすぐ師匠に愚痴った。
「サリィ死にましたよ。疲れたんですけど。」
「そうかい。」
師匠は相変わらずキセル煙草を吸っていた。煙草の煙と匂いでクラクラする。
「・・・そう言えば王都でなんか良い物手に入れたっていってませんでした? 私にも下さいよ。」
ああ、あれねと言いながら師匠が出してきたのは黒くて大きな石だった。
「それって・・・あの治療した悪魔の石ですか?」
「そうそう。まだ死にたくないっていうから頂いてきた。別に本当はは要らないんだけどさ、悪魔から石を取り上げるなんて面白いだろう?」
師匠は楽しそうに煙を吐き出した。
「へー・・・石がなくなってもしなないんですね。」
「普通は死ぬよ? あの子の魔力と私の魔力があったからできただけさ。」
「悪魔から悪魔の石を取り上げたらどうなるんです?」
「あの子の場合は悪魔っぽい人間になるね。面白いだろう? これまで強大な魔力で好き放題生きてきた男が何にもできなくなるなんてさ。」
師匠は実に楽しそうだ。王都に行く前より明らかに体内の黒い石が小さくなってるのに。自分の身を削ってでも嫌がらせをしたいというのは、魔女らしいと褒めればいいのか。
「それ、どうするんです?」
「欲しけりゃやるよ。」
師匠は無造作に石を床に転がした。
「別に要りませんけど・・・まあ私はお姉さまさえ無事ならなんでもいいです。」
そう言ってからお姉さまが手紙を書くといってくれたことを思い出した。きっとソドム領主宛に届けるつもりなんだろう、だけどこの家の人間が私に大人しく手紙を渡すとは思えない。
「師匠、居場所がわからない人に手紙を出す魔法ってあります?」
「・・・知らん。あの魔王の横にいた子かい? そのままドーナー家にいるんじゃないのかい?」
「ドーナー家か・・・なんでお姉さまあんな所にいたんだろ。あそこって天使の家なんですよね? 師匠、天使の居場所わかります?」
「アダールの居場所? 知らん。あの魔女が隠してるからね。」
「師匠って全然役に立たないですね。」
師匠は煙たそうな顔をしてこちらを睨んだ。さっきから凄い勢いでせっかく取ってきた葉っぱが消えている。煙いのならやめたらいいのに。
その後一人でドーナー家の屋敷に行ってみたが、お姉さまはいなくなっていた。会いたいのになぁ。私、お姉さまとなら一生穏やかに暮らせそうだと思うんだけど。
******
師匠の声が聞こえた気がして目が覚めた。外はどうやら冬の様だ。師匠の傍に行くと体の中の石が瞬いているのが見えた。もうすぐ死ぬんだろう。
「師匠?」
呼びかけたが返事はなかった。仕方がないので私は歌を歌った。以前約束したからだ。
空よ大地よ 我らの友を眠らせろ 我らの怒りを眠らせろ
花よ星よ 流れて願いを叶えたまえ 我らを果てへと返したまえ
歌い終わるころ黒い石は炎のように揺れて消え、師匠は死んだ。
目から何かが落ちた気がして拾い上げると、透明な石だった。明かりに透かすとキラキラ光って奇麗だ。さすが私、涙さえも美しい。
師匠は15センチほどの大きな赤い石になった。それ以外何も残さなかった。全てを無視して、横にいる私すら無視して一人で消えた。本当に魔女って自分勝手だ。
残された師匠の石と私の石を並べてみた。師匠の石は禍々しいほどの魔力を放っているが、私の石はほとんど魔力がなかった。きっとこれは私に残っていた最後の人間らしさなのかもしれない。魔女は泣かないから。
ため息をついて祠の中を見渡した。師匠を看取るという約束は果たした。・・・あれ、誰と約束してたんだっけ? まあいいか。
部屋の隅にあった自分の鞄を引き寄せた。中には少しの服とお姉さまからもらった本がある。これだけ持って別の場所に引っ越すのもいいかもしれない。
「お姉さまってどこにいるんだろう・・・」
ドーナー家の屋敷にはもういなかった。屋敷にいる適当な人間を締め上げて聞いてもいいが、お姉さまの親しい人がいるかもしれないのでこれは良くない。いくら私でも死者を蘇らせることはできない。穏便に聞くには私が治療したことを知っている人間がいいだろう。
師匠の友人である天使はどこにいるのかわからない。腕を怪我していた天使は眠っていたので私のことを知らないだろう。横にいた眼鏡の男なら知っているだろうか、頼りなさそうだったけど。あとは・・・足を怪我していた人間か。だが二人とも以前ドーナー家の屋敷に行った時はいなかった。
私は古い地図を引っ張り出した。貴族は王都と自分の領地に二つ家を持っていることが殆どだ。ならあの二人は領地の方にいるのかもしれない。地図の左上にドーナー領と書かれた大きな土地がある。行ったことはないが、今の私なら行けそうだ。
ヒュン
私は大きな広場に移動した。祭りでもなさそうなのに沢山の人間が行き来していた。王都並みに栄えているようだ。私はしばらく待った後、ぶらぶらと歩いて町を観察した。どうやら年末が近いらしく店は品物を売り切りたいらしい。
「お姉さん! 果物買ってかない? 今が食べごろだよ!」
愛想のいいおばさんに話しかけられたので、リンゴを3つ買った。手土産を持っていくのも悪くないだろう。会計のついでに聞いてみる。
「ねえ、領主様の屋敷ってどこにあるの? すごく立派だって聞いたんだけど。」
「領主様の? あっちの道をずっと行けばあるけど・・・道から離れててあんまり見えないよ。警備隊もいるしね。」
私は礼を言って教えてもらった方向に歩き出した。歩きながらリンゴを齧る。美味しい。値段も良心的だったしここに住んでもいいかもしれない。
歩いていると遠くに大きな建物が見えた。同時に使用人や警備隊っぽい人間がちらほら見える。私は気配を消して正面から入ることにした。中の内装も立派だ。
「金持ちだなー」
私は呟きながら階段を上がって適当に部屋をいくつか覗いた。どこの部屋も豪華な内装でチリ一つ落ちてなかった。部屋余ってそうだし私ここに住もうかな。
見て回るだけでなんだか疲れて私は入った部屋のベッドに寝転んだ。流石に知らない場所に移動するのはちょっと多めに魔力を消費したかもしれない。
この部屋は大きくて内装が豪華なのにシンプルだ。きっと領主かそれに近い人間の部屋だろう。帰ってきたら締め上げてお姉さまの居場所を聞き出そう。殺さなきゃ大丈夫だろう・・・