11.相手を探そう
眠って次に目が覚めると外は冬だった。
ネコの町のオムレツ屋に行ってみたが、お兄さんはよそよそしい態度を崩さなかった。どうやら人妻は苦手らしい。障害を乗り越えてこそ愛は燃え上がるというのに。
祠に戻って師匠に愚痴ろうとしたが師匠は起きなかった。もう体に触らなくてもわかる。師匠の中にある黒い石がまた一回り小さくなっていた。
師匠が死んだらどうしようか・・・一人でぼんやりと考える。師匠を一人で逝かす気にはならないのでそれまで一緒に居るとして、たぶんあと数年だ。その時私は二十歳ぐらいだろうか。
昔から二十歳ぐらいで死のうかと思っていた。長生きしてもいいことなさそうだし、今の美しい顔や体が崩れていくのも嫌だし。でも最後に年寄の世話だけして死ぬっていうのもなんかなー・・・やっぱ恋の一つや二つは経験しとかないとな。生きていてよかったと思えるような大恋愛がいい。うん、まずは相手だな。
そんなことを思いながら眠って次に目が覚めると17歳になっていた。私は王都で食事を取ることに決めた。王都なら人が多いので出会いもあるに違いない。
私はもはや完全に気配を消すことができるようになっていた。たとえ向かい合って話している二人の間を横切っても気付かれないほどだ。
王都をぶらぶら歩き目についた定食屋さんに入った。ピンクの髪のお姉さんが注文を取りに来てくれた。可愛い。人間だけど天使の血が濃いようだ。私は悪魔だけど相手は天使でも人間でも女でもいい。
「お姉さん可愛いね。名前聞いてもいい?」
「ローズ。お嬢ちゃんも可愛いよ、一人なの?」
む、子どもだと思われている。
私は最近王都に引っ越してきた17歳だと話した。
「17なんだね、見えなかったー。私、18。もうしばらく夜と休みの日は店手伝ってるからよろしくね、ルビーちゃん。」
ローズは忙しいようですぐに行ってしまった。可愛いなあ。あの子欲しいなあ。
だが忙しそうなローズとそれ以上話すことはできずその日は帰った。それから何度も日を開けず通ったがなかなかローズと仲良くなることは出来なかった。だがローズは人気者らしく噂だけは沢山聞いた。
「平民なのに王立学園通ってる」「玉の輿・・・」
「貴族と遊んでる」「ものすごい魔力持ち」「また別の男といた」
「いい気になってる」「騙してる」「騙された」
聞こえてくる噂は断片的だったが、どうやらローズはモテるらしい。すごくいい。
春、店に行くとローズは知らない男と二人で座っていた。看板には準備中とあるがあの男は客じゃないんだろうか。
店の外から様子を窺っていると、ローズが私に気がついて出てきてくれた。
「ごめんね、お店まだなの。どうしたの? おなか空いた?」
優しく笑うローズの後ろから知らない男が顔をのぞかせた。
「どうしたの? お客さん?」
「うん。最近よく来てくれるルビーちゃん。」
「・・・どうも。」
一応あいさつするが、男がローズの肩に手をまわしているのを見て内心それどころではなかった。私のローズに勝手に触りやがって。
「あ、紹介するね。彼はヒイロっていって私の・・・」
ローズが急に口ごもってもじもじしながら男を見上げた。
「夫でしょ?」
男がにこやかに微笑む。ローズは照れたように笑って言った。
「でも・・・まだ結婚してないし・・・」
「僕は今すぐにでもしたいけどね。早くうちに来てくれたらいいのに。」
「でもお店が・・・」
なんか私の目の前でイチャつき始めた。なんだこれ。
でも文句を言う気にはならなかった。ローズがとても幸せそうだったから。
「・・・つまんないの。」
私は呟いて店から去った。ローズが戸口から私を呼んだが、もう言いたいことは何もなかった。さっさと別の相手を探さないといけない。情熱的な恋愛をして死ぬまであと三年だ。
「忙しいんだから。」
時間はないが祠に戻ってふて寝することにした。私の運命の人はどこにいるんだろう。
*****
ふて寝から起きて大きく伸びをしたが師匠が起きる気配はなかった。祠では眠れば眠るほど体力と魔力が回復できるらしい。私は師匠を起こさないように王都へと飛んだ。
残念ながら王都は真夜中だった。店は全て閉まっている。通りにも誰もいない、話し声すらしない。
ついてないなあと思いながら歩いていると、道の端におっさんが落ちていた。死んでいるのかと思って近づいてみたら動いている。
酒臭いけどもうこれでいっか。
私はおっさんを連れてソドムの村へと戻った。祠には入れられないので屋敷の自分の部屋に行く。埃っぽいけど道端よりいいだろう。
明かりをつけると疲れ切ったおっさんの顔がよく見えた。きっと若い頃は女にモテただろうなという顔だった。悪くない。だがよく見ると服に吐いた跡がついていた。汚いなあ・・・
魔法で服を脱がし水をかけた。おっさんが震えながら目を覚ました。怯えた目で私を見る。
「ここは・・・」
擦れた声で何かを言おうとするの遮った。
「黙って。すぐ乾かしてあげるから。」
手をかざすとおっさんは一瞬で乾いた。
「あの、服は・・・」
「黙ってっていってるでしょ?」
私が睨むとおっさんは黙った。震えているのは怯えているせいか、酒の飲み過ぎか。
「・・・寒い?」
おっさんは黙って何度も頷いた。
「そこのベッドで寝なよ。私も寝るし。」
おっさんは怯えた顔で何度も私とベッドを見比べている。
「寝ろっていってんだろ。」
低い声で言うとおっさんは大慌てでベッドの中に入った。私が隣に潜り込むと、おっさんはガタガタ震えている。
なるほどねー。震えてる女を抱きたくない気持ちわかっちゃったわー。むっちゃ気削がれるわー。
広いベッドの隅で小さくなっているおっさんに背を向けて私は目を閉じた。馬鹿馬鹿しい。
翌日メイドの大声で目が覚めた。うるさいなあと目を開けると、ハリーが部屋に飛び込んできた。
「君はっ・・・何をしてるんだ!?」
寝起きの人間に叫ぶなよ、うるさいな。
「私の部屋で寝てただけですが?」
隣を見るとおっさんはがたがた震えていた。裸の胸元をシーツで隠している、女じゃあるまいし。
「こんなっ、堂々と男を連れ込みやがって!」
「ま、ま、ま待ってください。」
殴りかかってこようとするハリーをおっさんが身を挺して庇ってくれた。ちょっと感動する。いい奴だ。
「あの、俺が酔いつぶれていたのを助けてくれただけなんです!」
「じゃあなんで裸なんだ。」
「たぶん、服が汚れてたせいかと・・・」
おっさんが横目で私を見たので頷いておいた。
「・・・一緒のベッドで寝ていてそんな言い訳が通るか。」
ハリーは吐き捨てるように言った。まあそれもそうだね。
「あの、すぐ帰りますから。服さえあれば・・・」
おっさんは部屋の中を目だけで探しているようだが、あいにく昨日魔法で放り投げたので部屋の中にはない。どこにあるかなんて私も知らない。
「ハリー、服貸して。」
「なんで私が・・・」
「誰のでもいいから。家から裸の男が出てくるとこ見られてもいいの?」
ハリーは少し迷った後大きなため息をついて、後ろで様子を窺っているメイドに男の服を持ってくるよう言った。
「それで・・・いつ出て行くんだ? というよりどこから連れてきたんだ?」
「さあね。ご飯さえ食べたらすぐ出て行くけど。」
ハリーはもう喋りたくないという顔をして部屋を出て行った。おっさんが何かを言いたげだったが、話し出す前にメイドが戻ってて服をベッドに投げつけた。
「汚らわしい!」
メイドは激怒している。私は薄く笑った。
「髭剃りと朝食も用意して。ああ、私の分は要らないから。」
メイドはすごい目つきで私を睨みつけると、足音荒く出て行った。
「・・・裸よりはましだと思うからこれ着て。ひげ剃ってご飯食べたら屋敷の前で待っててね。」
そう言って私は部屋を出た。廊下の隅で男が私を睨んでいる。昔私に水をぶっかけた男だ。
「羨ましい?」
そう言って笑いかけると男は一層怒った顔をした。
「何がだ。」
「私の横で寝たのがあなたじゃなくって。」
男が掴みかかってこようとするのを私は手から風を出して吹き飛ばした。男が無様に床に転がる。私は笑いながら階段を降りた。
一階では使用人夫婦が同じようにこちらを睨んでいた。
「何?」
二人は返事をしなかったので私は薄笑いで玄関から外に出た。昼前ぐらいか。朝ご飯じゃないかもなと思いながら、足元に見える村を見渡した。見渡せる程度の小さな村だ。
(何やってんだい?)
師匠の声が聞こえた気がしたが無視した。私は忙しいのだ。
しばらく待っていると中から慌てたようなおっさんが出てきた。
「急がなくてもいいのに。」
髭を剃って髪を撫でつけたおっさんはなかなか男前だった。首筋にある目立つほくろもセクシーでいい。
「いえ、お待たせする訳には。」
なかなか可愛いことを言う。
「おっさん、家ある?」
「・・・一応、王都に借りている部屋はあります。」
「じゃあ行こうか。」
私はおっさんに抱きついて背中に腕を回した。おっさんが硬直する。私は屋敷の中からこちらを見ているハリーに笑いかけ、王都に飛んだ。