異世界から来た私が魔王軍と人間軍の関係を悪化させました〜馬車に乗って浮かれ気分だったけど〜
「馬車……これが本物の馬車。……うん、お尻は痛いけど、なかなかいいものですね」
私はガタゴトと揺れる車内で、硬い座席に何度も跳ね上げられながらも、抑えきれないウキウキを噛み締めていました。
久しぶりの遠出。もとい、大事な任務。窓から見える異世界の荒野さえ、今は絶景の観光名所に見えます。
「トウカ、さっきからニヤニヤしすぎ。そんなに馬が珍しいの? 浮かれるのは勝手だけど、王国に着いたらシャキっとしてよね。私のメンツもあるんだから」
向かい側に座るエアリスさんに、呆れたようにため息をつかれました。出会った当初の態度はどこへやら。今ではすっかり、生意気な妹分といった距離感ですかね。
「珍しいなんてもんじゃありませんよ。私の世界じゃ、馬は競馬場でお金を賭けて走らせるか、お嬢様の習い事で乗るくらいの高級品なんです。普通は移動に使ったりしません」
「……はあ? 馬を使わずにどうやって移動するの?」
「まさか。ふふふ、エアリスさん、私の世界には『自動車』とか『電車』っていう鉄の塊の乗り物があるんですよ」
私はここぞとばかりに、異世界人への現代知識マウントを開始しました。まぁ、仕組みは全くわかりませんが。
「なんかこう、魔法じゃなくて『エンジン』っていう心臓部があって、そこに燃料をドバドバ流し込むと、車輪が馬の何倍もの速さで回って……」
「鉄の塊が……走る? トウカの世界の人、頭おかしいんじゃないの?」
混乱するエアリスさんですが、だんだんと話は食べ物のことに変わります。
「ああ、王国の酒場にはキンキンに冷えたビールとかあるかなあ。お酒とかありますかね?締めのラーメンを食べるのがこっちの世界の嗜みなんです」
「らーめん? お酒を飲んだらさらにお酒を飲めばいいじゃない?」
そんな「食い倒れツアー」の作戦会議に花を咲かせていましたが、事件が起こります、
「――トウカ、ちょっと待って。誰か来る」
エアリスが何か感知したようです。一騎の馬がこちらへ向かってくるのが見えました。馬車が止まり、エアリスさんが外へ降りて乗り手と何かを話し始めてます。知り合い? いや、なんかただ事じゃない。
数分後、エアリスさんが厳しい表情で戻ってきた。なぜか相手の馬の手綱を引いている。
「エアリスさん、どうしたんですか? 知り合い?」
「行き先変更よ、トウカ。これから東の国へ直行する。……それも、最速で」
「えっ、お買い物……じゃなくて、王都への立ち寄りは?」
「中止。荷物を載せたこの馬車は彼に任せて、私たちは予備の馬で早馬を飛ばすわよ」
「ちょっと、何が起こったんですか!?」
私が慌てて馬車を降りると、エアリスは私を馬の背に押し込みながら、吐き捨てるように言われました。
「……東の国に召喚された『例の男』が逃亡を計ったのよ。護衛の兵士と・・・巻き添えで子供まで重傷にしたみたいなのよ。あっちの連中はカンカン。今すぐ来て『弁明』なりなんなりしろって。……最悪の場合、裁判なしでその場で処刑される勢いらしいわ。」
さっきまで浮かれ気分は、一瞬で冷や汗に変わりました、
「……私の通訳仕事、いきなり難易度『地獄』になってませんか?」
「ぐちぐち言わない! 行くわよ!」
お買い物作戦、強制終了。
私は慣れない馬の背に必死にしがみつきながら、これからの「クレーム対応」の恐ろしさに、ただただ身震が起きそうです。




