6話 好感度稼ぎ 3
青葉の宿。
それはグランウェルにいるプレイヤーなら誰もが1度はお世話になる施設だが、街の景観に合わない和風の宿だ。
泊まるとプレイヤーの体力と魔力を全回復し、状態異常をほぼ全て解除するという素晴らしい効果を持っている。
それでいて宿泊に必要なお金が各回復ポーション代より圧倒的に安いため、この街付近で狩りをしている中級者がよく利用している人気宿だ。
そんな宿の一室を借りることになった俺は、全くと言っていいほど身動きが取れないでいた。
「主様? 先ほどから何をしようとしているのですか?」
「クラリスには関係ない。気にするな」
くそっ、指1本動かすくらい良いじゃないか。
これじゃ自分のステータスを調べることもままならない。
漫画だとステータスオープンとか言えば自分のステータスが見れるみたいだが、昨日こっそり試した限りじゃ何も反応なく、俺のステータスを見ることができなかったんだ。
「次に指1本でも動かしてみてください。動かした箇所が身体にくっ付いていないかもしれませんよ?」
「机を挟んで対面にいるクラリスがか? 不可能だと思うがな」
「あはっ、あはは……!」
クラリスがとても楽しそうに笑い出す。
な、何がおかしいんだよ。俺とクラリスは机を挟んで1メートルは距離があるんだぞ。
この距離なら例えナイフを突き出されても、ギリギリ躱すことができるはずだ。
「もしかして、私が暗殺者だということをお忘れですか?」
「……っ!?」
刹那、クラリスが音もなくこの場から消えた。
(いや違う、俺の背後に移動したんだ! 音もなく、それも一瞬で……!)
なにか尖ったものが俺の首裏に当てられているのを感じ、俺は瞬時に理解する。
これはスキルだ。恐らく暗殺者専用スキルを使われて背後を取られたんだ。
「【瞬間接敵】を使えばこうやって主様の背後を取ることも簡単なんですから、絶対に大人しくしててくださいね……?」
やっぱりそうか。ネトゲの頃より厄介なスキルになってるな。
瞬間接敵。それは暗殺者専用スキルであり、敵と瞬時に接敵できるという内容のスキルだ。
ネトゲのアルタスでは接敵箇所とスキルの発動タイミングを調整することで、敵の攻撃を回避するのに使えたりフェイントに使うことができたりと、多彩な使い方ができる優秀なスキルだった。
ただアレは三人称視点のゲームだったからこそ許された動きだった。例え背後に回られたとしても、三人称視点ならすぐ気付けるし。
「……スキル、か」
俺にもスキルが使えればなぁ、このくらいどうにでもなるはずなのに。
俺は心の中でそう独り愚痴る。
……なあクラリス教えてくれよ。
マウスもキーボードもないこの世界で、どうやってスキルを使っているんだ?
もしかして、ステータスの確認方法も知ってたりするのか?
「そうだ主様。私そろそろ浴場へ行きたいのですが、良ければ背中を流してもらえませんか?」
「何?」
は……?
何を言ってるんだクラリスは?
背中を流してくれって、常識的にそれはまずいだろ!
だって背中を流すってことはつまり、一緒に風呂に入るってことだぞ。
「大丈夫ですよ、青葉の宿は混浴の浴場がありますから」
「そんなことはどうでも良い。俺がクラリスの背中を洗うだと? ふざけるな」
「いいじゃないですか。私も主様の背中を流しますから、ね?」
はい?? クラリスが俺の背中を流すだって?
俺のことは嫌いだったんじゃないのか?
俺は男でクラリスは女、それがどういうことかは分かって言ってるんだよな?
俺は頭に浮かんだ様々な疑問を尋ねようとしたが、口を開いた時にはクラリスに手を引かれーー半ば強制的に浴場へと連行されていた。
「そこは優しく触ってください。くすぐったいです」
「文句言うな、静かにしろ」
「やん、ちょっとどこ触ってるんですかぁ」
和風の浴場に響き渡る、クラリスの甘い声。
俺はクラリスの声など気にも留めず、擦り続けた。
「あ、主様っ……これ以上は……!」
「すぐに終わらせる。静かにしてろ」
「んうっ」
俺の動きに合わせ、身体をほんの少し強張らせるクラリス。
だがそれでもクラリスの肌は柔らかく、強張っているはずなのにもちっとした弾力を保っていた。
くそ、結構可愛い反応をするじゃないか。それにこの柔肌……ってダメだダメだ! このままじゃ変な気分になってしまう。
「はぁぁっ、ぁるじ…ま」
顔を赤らめ、へなへなと前かがみになるクラリス。
俺は一刻も早くこの状況を終わらせるため、動きを速めた。そしてーー
「あ、主様っ!!」
クラリスは俺の動きに耐え切れなくなったのか、ぴくっと身体を硬直させた。
その直後、
「お前さん達、仲が良いのは結構じゃが……ちょっと静かにしてくれんかのう? 身体の洗いあいだけでそんな声を出されたら、たまったもんじゃないわい」
「あっ、すみません。主様に背中を洗われるのがくすぐったくて」
「はぁ、これだから最近の若いもんは……」
近くに身体を洗っている爺さんがいたらしく、俺達は静かにするよう注意を受けてしまった。
ハッと周りを見渡すと、他の人達からじーっとした視線を向けられている。
申し訳ないことをしたな。変なことを考えないよう背中を洗うことに集中していたから、クラリスが大きい声を出していたことに全く気付かなかった。
「小僧もじゃ。少しはおなごにそれとなく注意せんか」
「主様に何を!?」
いてっ!? っつ、頭がクラっとする。
そんなに強く叩くことないじゃないか。ひどい爺さんだ。
ほんとここ数日不幸続きだな。