3話 どうやらここは元いた世界じゃないらしい 改
全身がヒリヒリと痛み、恐怖のあまり心臓が破裂しそうな悲鳴を上げるという体験。
逃げたくても手足を縛られてて何もできず、迫りくるナイフを1秒1秒認識させられる体験。
そんな体験、したことあるか?
俺?ある訳ないだろそんなの。
……昨日まではな。
ダメだ、まだ身体がぶるぶると震えて治まらない。
俺が昨日、いや今朝まで何をされてたか分かるか?装備を脱がされナイフで切り刻まれ続け、一睡もできずに朝を迎えたんだよ。
ほんと今生きてるのが奇跡過ぎて、神がいるならこの幸運に感謝したいね。
俺はいるかも分からない神に皮肉を捧げ、自分の身体を鏡で見渡し今どういう状況に置かれているかを確信する。
鏡に映る短髪の黒髪に紫の瞳を持つ青年。
白を基調とした軽装をしている姿はまさに、俺の知るザックスそのものだ。
どうやらここはアルタス・オンラインの世界で、俺はメインキャラとして使っているザックスになっているらしい。
(しかし、あれだけ切り刻まれた傷が1つも見当たらないなんてどうなってるんだ? 痛みも感じないし、都合の良い夢の中みたいだな)
俺はゆっくりと深呼吸し、心を落ち着け頬をつねる。
う、普通に痛い。てことは『アレ』は本物だったんだな。
俺は懐からアレと呼んでる物、体力回復ポーションを取り出しまじまじと観察した。
容器は手のひらサイズのガラス瓶で出来ていて、中にはドロッとした緑色の液体が入っている。
この体力回復ポーションはその名の通り、使うことで対象者の体力を回復できるという代物だ。
アルタスではどんなプレイヤーでもお守り代わりに持っているアイテムで、察しの通りこのポーションをあの子に振りかけられてさ。そしたら全身にできていた傷口が消えたんだよ。
(それをいいことに、切ってはなかったことにしてを何度も何度も……だめだ本格的に気分が悪くなってきた。これ以上思い出すのはやめておこう)
「主様、考えごとですか? 何か用があればいつでもお呼びくださいね」
「……」
まるで昨日のことなど何もなかったかのように、丁寧な口調で声をかけてくるクラリス。
そう、あの子の名前はクラリス。俺がアルタスでサブキャラとして使っていたキャラクターで、長い白髪に良く似合う淡い赤の瞳が特徴的な女の子だ。
背は今の俺より頭1つ分小さいが、メイド服に身を包んでおりいかにも仕事ができそうな雰囲気を漂わせている。
昨日はメイド服を着ていなかったし、ここが俺の元いた世界だと思い込んでいたからてっきり外国人の子だと思っていたけどな。
だけどここがアルタスの世界だとすると、あの子はクラリス本人だとしか考えられない。
それほどまでに俺の知っているクラリスに姿が似ている、似すぎているんだ。
そこで俺は「ふぅ」と息を吐き、クラリスについて考えるのを一旦止める。
考えた所で現状が変わるわけじゃあるまいし、なぜ勝手に動いているんだとか魂はあるのかなんて考ても……ねぇ。
(考えたいことは山積みだが、まずはナイフで切り刻まれないようにするのが最優先だな)
下手したら死ぬというか、体力回復ポーションなんてものがなければ今頃死んでるからな。いやマジで。