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連載候補短編

推しのVtuverが隣の部屋に住んでる酔っ払いお姉さんのはずない……と思いたい

作者: 日之影ソラ

 俺には推しがいる。

 大人気Vtuver、「不知火コハク」。

 二年前に活動を始めた個人Vtuverで、ゲーム実況や音楽活動など、多芸に活躍し一躍人気者となった。

 そして今、ちょうど二周年記念生放送の最中だ。


「みんなの応援のおかげで二周年を迎えられたよー! ホントにありがとぉー!」

「相変わらずいい声だなぁ~」


 パソコン画面を見ながら惚れ惚れする。

 女性の平均より少し高いトーンのに、雑踏に紛れていてもよく通るハッキリとした声。

 楽しい時の笑い声は高らかで明るく。

 悲しい時はしょんぼりと涙を流すように。

 照れているときははにかんで、普段よりちょっぴり小さな声で囁くように話す。

 感情の起伏を声だけで表現してしまえる器用さと、単純に好みな外見も相まってより可愛い。

 まぁもっとも、外見が好みなのは当然だ。

 だって……。


「デザインしたの、俺だしな」


 と、誰も見ていないのに自慢げに俺は語る。

 これでも一応、イラストレーターとして活動していて、そこそこ有名だったりする。

 ほとんど彼女が人気者になってくれたおかげなのだけど。

 大学に通いながら空いた時間にイラストを描いていたら、ひょんとことからオファーが来て、彼女のデザインを担当することになった。

 今から思えば、あれは運命だったのかもしれない。

 なんて、自分でも気持ちが悪いことを考えて、苦笑いをする。


「ははっ……あ、コメントしないと」


 コハクちゃん! 

 二周年おめでとうございます!!


 生放送のコメント画面に投稿する。

 俺もメンバーの一人だから、特別な枠がついてコメントが流れる。

 彼女はすぐに気が付いてくれた。


「あ! パパからだ!」


 嬉しそうにぴょこんと画面上で跳ねる。

 彼女たちは自分をデザインしてくれたイラストレーターを「パパ」とか、「お父さん」とか呼んでくれる。

 文字通り、生みの親という意味合いで。

 彼女にそう呼んでもらえるのは俺だけの特権だ。


「えへへ……」


 気持ち悪い笑みがこぼれる。

 こんな顔、誰にも見せられない。

 大学の同期にはもちろん、一番見せたくないのは画面の向こうにいる彼女だ。

 自分をデザインした男が、こんなオタク丸出しの若造だと知ったら、きっと幻滅される。

 だから俺は、一度も彼女に会ったことがない。

 実は会う機会は何度かあったけど、俺のほうから断っている。

 彼女に幻滅されたら生きていけない。

 と同じくらい、彼女がどういう人なのか、知るのが怖かった。


「そうだそうだ! パパからお祝いイラスト貰ってるんだぁ! 最後に見せてあげるねぇ~ えへへ~」

「可愛いなぁ」


 同じような笑い方でも、彼女と俺とでは天と地だ。

 妖艶で天使のような見た目と声。

 こうして画面越しに見ているだけで心が癒されていく。

 何より、自分のことで喜んでくれているということが、一番の優越感を与えてくれる。

 俺にとって彼女が特別であるように、彼女にとってもそうなのだろうと。

 だからこそ、気になりはするんだ。


「どんな人……なのかな……」


 普段は考えないようにしている。

 Vtuverは一人の人間で、中身は存在しない。

 という考え方が主流だけど、現実はそうじゃない。

 彼女をデザインしたのは俺で、声を出しているのは生身の人間だ。

 今も、二次元の肉体の向こう側には、俺と同じようにパソコンに向かって語りかけている誰かがいる。

 それが誰なのか、気になってしまう。

 知りたい、会ってみたい。

 けれど、会ってしまえば何もかもが終わってしまう気がして……。


「今日はここまで! みんな遅い時間までありがとう! また次の放送でねぇ!」

「あ、もう終わりか」


 三時間にわたる放送も、午前一時を過ぎた頃に終了した。

 本来の予定より一時間オーバーした放送も、気が付けばあっという間だ。

 いつの間にか俺のイラストも公開されているし。

 考え事をしていたせいで、彼女が紹介する様子を見損ねてしまった。


「くそっ、やっちまった」


 ファンとして大事なシーンを見逃すなんてあるまじき行為だ。

 反省して次からもっと集中しないと。


「遅い時間だから、これ以上夜更かしせず寝るんだよ! それじゃ、バイバーイ!」

「バイバイ、コハクちゃん」


 画面の向こうで手を振る。

 それに応える様に俺も手を振るけど、誰にも見えていない。

 毎回、終わりがけには空しさがある。

 さっきまで賑やかだった部屋も、現実を見れば俺一人。


「はぁ……、あ、ゴミ出し」


 今日は燃えるごみの日だった。

 予めまとめておいたゴミ袋を手に取り、玄関へと向かう。

 現実の生活に戻ると、魔法が消えたようにいろいろと考えてしまう。

 例えばさっきの続き。

 不知火コハクの中身は誰なのか。

 ネット上でも憶測が飛び交っているけど、断定はされていない。

 有名な人ほど、各所で活躍する声優さんだったりするのだけど、イマイチ当てはまらない。

 俺もアニメは好きだし、声優の声は大体わかるけど、彼女の声とは一致しなかった。

 しいて言えば一人だけ、よく似ている人物は知っている。

 もっとも、絶対に彼女じゃないと思っているけど。


 俺は玄関の扉を開ける。

 ガチャリと音が、二つ聞こえた。


「あ……」


 ここはマンションの四階。

 当然、隣にも人が住んでいて、偶然顔を合わせることがある。

 今みたいに、ゴミ捨てのタイミングとかで。


「あー、こんばんは! シュージくん!」

「こ、こんばんは……」

「あれあれ、元気ないね~ もしかして寝起きだったぁ?」

「別に、違いますけど……なんて格好してるんですか!」


 彼女は部屋着だった。

 布地も薄くて、普段から着ていることが丸わかりなほどだらーんとしている。

 前かがみになると見えてしまいそうで、俺は思わず目を逸らす。


「えぇ? 部屋着だよぉ~」

「ここは外ですよ!」

「大丈夫だよ~ 誰も見てないし~」

「俺が見てますから!」

「それこそ大丈夫! シュージ君ならいいよ? 何見られても? ほらほら~」

 

 彼女はわかりやすく俺を誘惑する。

 自分の胸を持ち上げて、俺に見える様に前へ来る。


「ちょっ、セクハラですよ」

「とか言いつつ嬉しいくせに~ シュージ君はむっつりだな~」

「こいつ……」

「ふふっ、相変わらずいい反応してくれるねぇ」


 いつも俺のことをからかってくる。

 顔を合わせる度に、セクハラおやじみたいに。

 だから苦手なんだ。

 

 隣の部屋に住んでいる、たぶん年上のお姉さん。

 名前は白木静香。


 俺が大学に入り、ここに引っ越した時、同じタイミングで彼女も引っ越してきた。

 初めての挨拶を交わした時は……正直嬉しかった。

 見た目は綺麗だし、顔はいいし、スタイルも……抜群だし。

 男として興奮しないわけがない。

 ただ、時が経って慣れるにつれてわかった彼女の本性……。


 カランと、透明な袋に入った缶に目が行く。


「……そんなに飲んでたんですか」

「ん? あー、これ先週の分。まだあと二袋あるよ~」

「ど、どんだけ飲んでるんですか! 一人ですよね?」

「もちろんだよ~」


 袋に入っているのは全てお酒の缶ばかりだった。

 そう、この人、めちゃくちゃ酒好きなんだ。

 明らかに普通の人が飲むであろうお酒の量を五倍はオーバーしている。

 本人曰く、毎日飲んでいるらしい。

 どこが静香だ。

 名は体を表すなんて言葉を考えた奴、今すぐ謝ってくれ。


「よくそんなに飲めますね」

「だって美味しいし~ 私あんまり酔わないからさ。これくらい平気平気」

「酔わないって……限度はあるじゃないですか。この前だって……」


 大学の飲み会の終わり、日付が変わった頃に帰宅した俺の眼には、扉の前で寄って眠っている彼女がいた。

 しかも、なぜか俺の部屋の扉の前で。


「あの時は苦労したんですよ。呼びかけても全然起きないし」


 秋から冬に移り変わる頃だった。

 夜は寒い。

 放っておけば風邪を引いてしまうと思って、仕方なく家にいれた。

 

「初めてシュージ君のおうちでお泊りした日だよね~」

「変な言い方しないでくださいよ。一方的に寝床を貸してただけです」

「そうだね~ こんなきれいなお姉さんが寝てるのに、何もしてこなかったもんね~」

「す、するわけないでしょ」


 その日は一晩中、煩悩と理性が戦争していた。

 俺は心に決めた。

 もう二度と、この人を家に入れないと。


「ねぇねぇ、何してたの? 暇なら一緒に飲もうよ~」

「一応聞きますけど、どこで?」

「シュージ君の部屋!」

「絶対にダメです!」

 

 この人を部屋にいれたくない。

 しかも今は掃除もできていないし、仕事道具も出しっぱなしだ。

 今入れば確実に、俺がイラストレーターだということはバレる。

 別にこの人にばれても問題ない気はするけど、なんとなく恥ずかしいから嫌だ。


「えぇ~ じゃあ私の部屋に、する?」

「ぐ……」


 静香さんの部屋……。

 正直ちょっと興味はある。

 別にこの人に気があるわけじゃ断じてない。

 気になっているのは、この人の声だ。


 似ている。

 不知火コハクに。

 

 話し方は全然違うけど、声質はほぼ一緒だ。

 この人と話していると、目の前に不知火コハクがいるように錯覚してしまう。

 果たしてこれは錯覚なのか?

 実はこの人が不知火コハクの……。

 

 いや!

 それはない。

 絶対にありえない。


 あの不知火コハクの正体が、こんな飲んだくれお姉さんであるはずがない。

 不知火コハクは純真無垢で明るく、お酒よりオレンジジュースを好むような女の子、という設定だ。

 全然一致しないじゃないか。

 だから違う。

 違うに決まっている。


「シュージ君? どうかした?」

「――な、なんでもないです」


 彼女は俺の顔をぐっと覗き込んでくる。

 今日はお酒を飲んでいなかったのだろう。

 口からお酒の匂いはしない。

 むしろ甘くていい匂いがして、変な気分になりそうで……。


「顔赤いよ? もしかして風邪でも引いちゃった?」


 上目遣いで、身長差から視線を合わせれば、自然と胸の谷間が見えて……。

 健全な男子大学生なら、誰だってドキドキする。

 そう、俺が悪いわけじゃない。


「お姉さんが看病してあげようか?」

「け、結構です! 別に風邪とかじゃないんで!」

「そう? じゃあ一緒に飲もう!」

「嫌です! 静香さんのペースに付き合わされたら確実に潰される」

「大丈夫だよ~ 私はできるお姉さんだからね? 無理やり飲ませたりしないって~ 飲めない分は代わりに飲んじゃう!」


 いやいや、だから大丈夫とはならないでしょ。

 そもそもこの人は、恋人でもない男を平気で部屋に入れようとするのか?

 飲んだくれでも見た目はいいし、もう少し危機感を持ったほうがいいだろうに。


「ほどほどにしてくださいよ。お酒に強くても、身体が丈夫な今だけかもしれないんですから。酔った後のことも考えてください」

「お堅いな~ 大学生ならもっとはっちゃけていいのに」

「俺をその辺のイケイケ大学生と一緒にしないでください」

「ん? シュージ君格好いいよ? 私は結構タイプだけど」

「うっ、そういう冗談もやめてください」

「冗談じゃないのになぁ~」


 この人はまた俺のことをからかって……。

 もういいや。

 俺はため息をつく。


「また扉の前で寝てても助けませんからね」

「そんなこと言って~ シュージ君は助けてくれるでしょ?」

「知りませんよ。自分の身体をちゃんと大事にしない人は」

「ふふっ、なんだかお父さんみたいなこと言うね」


 お父さんって……絶対俺のほうが年下でしょ。

 正確な年齢は知らないけど、大学はもう卒業してるって前に話してたし。

 俺は呆れてゴミ捨てに向かおうとする。


「あー待って、まだあるから持ってくる。一緒に行こ?」

「……まぁそれくらいは」

「ふふっ、やっぱり優しいね」


 嬉しそうに笑いながら、静香さんは部屋に戻る。

 今の声とか、コハクちゃんにそっくりだった。

 あり得ないはずなのに、コハクちゃんと彼女の姿が重なって見えるほど。


「ない……絶対ない」


 イメージ違いもいいところだ。

 そもそも、推しのVtuverが隣に住んでるとかありえないし。

 そんなの漫画とかアニメの世界だけだろ。

 もしそんなことがあり得るなら……。


「運命だな」

「おまたせー!」


 扉が開いて、どさっとゴミ袋が積まれる。

 全部お酒。

 大きいゴミ袋五つ分ある。

 

「ど、どんだけ……」

「これでも先週よりは減ったんだよ?」

「……」


 やっぱり違うだろ。

 コハクちゃんが酒豪なはずないし。

 うん、違う。

 偶然声が似ていただけだ。


「うんしょっと……」

「……半分貸してください」

「え、いいの?」

「持てないでしょ? 一人じゃ」

「そうだけど、私のだよ?」

「別に静香さんのためじゃないです。一緒に歩いてて大量のごみ袋を女性に持たせてるって、端から見たら最低な男に見えるじゃないですか」


 と、自分にも言い訳をする。

 そんな俺を見て、静香さんはくすりと笑う。


「こんな時間だし、誰も見てないよ」

「み、見てるかもしれないじゃないですか」

「ふふっ、そうだね。じゃあお言葉に甘えよっかなぁ」


 ゴミ袋を彼女は俺に手渡す。

 わざと手と手が触れ合うように。


「ありがと、シュージ君」

「――! 軽いですから」


 頼むからやめてくれ。

 そのうっとりした声でお礼とか言わないでくれ。

 何度も妄想したよ。

 不知火コハクに名前を呼んでもらうシチュエーションとか。

 

 俺は平常心を保ちながら、ゴミ捨て場まで一緒に行った。

 夜遅い時間だし、誰も周りにはいない。

 何事もなく、ゴミを捨てる。


「はぁ」

「助かちゃった。本当は溜める前に捨てるつもりだったんだけど、最近忙しくてさ」

「……静香さんは普段……」

「ん?」


 何をしているのか。

 口に出そうになって、途中で止めた。


「なんでもないです」

「そう?」


 もし、これで彼女が本当に不知火コハクだったなら、俺はどう思うだろうか。

 今まで通り、推し続けられるだろうか。

 それとも……。

 不安になって、これ以上は踏み込めない。

 

「……寒いし戻りましょう」

「そうだね」


 まぁ、彼女が不知火コハクだってことはありえない。

 少なくとも俺はそう思っている。

 たとえ彼女が、自分がコハクだと名乗ったとしても――


「シュージ君」

「はい?」


 俺は振り返る。

 彼女は手を後ろで組んで、妖艶な笑顔で言う。


「ありがとう、()()」 

「――!」


 重なる。

 声と、姿が。


 この人が――


「し、し……」

「ん?」

「信じないぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 俺は逃げ出した。

 現実から目を背ける様に。

 

「あーシュージ君……行っちゃった」


 取り残された彼女は、小さく微笑む。


「また気づいてもらえなかったなぁ~」


 俺の推しが隣に住んでいるはずなない。

 その幻想が打ち砕かれるのも、時間の問題かもしれなかった。

最後まで読んで頂きありがとうございます!

楽しんで頂けたでしょうか?

一応こちら、連載候補の短編ではありますが、どうするかは未定です。

少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったのなら、ページ下部の評価欄☆☆☆☆☆から★を頂ければ幸いです!



新作第二弾投稿しました!

タイトルは――


『勇者の生まれ変わりだと豪語する隣の席の女子が、俺のことを魔王扱いしてくる ~まったく勘弁してくれよ……ガチだから~』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

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新作第二弾です!
勇者の生まれ変わりだと豪語する隣の席の女子が、俺のことを魔王扱いしてくる ~まったく勘弁してくれよ……ガチだから~
https://ncode.syosetu.com/n0678ib/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしよければ、

上記の☆☆☆☆☆評価欄に

★★★★★で、応援していただけるとすごく嬉しいです!


ブクマもありがとうございます!

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[良い点] 面白かったです! [一言] 続きが読みたいです!
[一言] 個人的に続きが読みたい!
[気になる点] 他の方も同じ感想出したけど、 vtuber界隈だと イラストデザイナー=ママ モデラー=パパ 男性イラストレーターでもママです(例:○じ○○じのセンシティブメイドのママは男性)
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