08 世界の混乱
フィリウスが前世を思い出した日、とある時刻。
世界に混乱が起こった。
突如として何処からともなく数えきれない程の人形達が現れたのだ。
ある人形は地中から、ある人形は古びた廃墟から、ある人形は街中から。
何処からともなく現れた人形達は、驚く人間達を無視し、何処へかへと消え去った。
そしてその混乱はアルビオンでも起こっていた。
人形達が一斉に動きを止めた後、人間を模して精巧に造られた人形の幾体かが、突如こんな言葉を言いだしたのだ。
我等が主が永き雌伏から目覚められた。
祝福せよ。
歓喜せよ。
喝采せよ。
その人形達の輪唱は、王宮にも聞こえていた。
「ど、どうなっておる!!」
玉座で王が怒鳴った。
王が怒鳴るのも当然だ。
突然国中の人形達が言う事を聞かなくなったのだから。
「只今調査中でありますれば暫しお待ちを!」
臣下が慌てて駆け出すのを見て、王は玉座に座り直す。
”人形の国”であるこの国では、重労働等を人形達が担ってきた。
戦争の際にも人間ではなく人形達が戦うのだ。
「えぇい、一体何が起きておる!!」
今迄、こんな事が起きた事はない。
この国が建った当初からの歴史書を見ても、人形達が一斉に言う事を聞かなくなる事などの事例はなかった。
王にとっても臣下達にとっても、そして民衆にとっても、こんな事は初めての事だった。
「これからこの国を大きくするつもりだと言うのに、その労働力たる人形がいないではどうするのだ」
王の独り言を聞く者は背後に控える王自らが使役する人形以外いない。
王以外の全ての人間が、事の対処に奔走していたからだ。
だが、その独り言に答える者がいた。
「――そしたらこの国が亡ぶだけよ」
いつの間にか、玉座の前に少女が立っていた。
背中まで届く程の長い紅髪に、同色の眼。勝気そうな顔付き。
王は彼女に見覚えがあった。
壊れた人形の修復を担う宮廷人形技師の1人だ。
その腕は確かで、更に3体もの人形を操れる優れた才能もあるとの事で、王は彼女の事を覚えていた。
一方で、王自身は4体も人形を操れる為、『それなりの』で評価している程度であったが。
「――貴様、確かリアと言ったな。王に対してその口調、無礼であるぞ」
王の威圧的な言葉に、少女は口の端を吊り上げて鼻で笑った。
「フン、貴方の事を王だなんて思った事は一度もないもの」
「――なんだと?」
王は少女を――リアを睨みつける。
「王である我を愚弄するか、その罪万死に値するぞ! 人形達よ、あの娘を捕縛せよ!!」
後ろに控える人形達に命じる。
王が使役する人形は人間に似せて作られた精巧な騎士の人形2体とメイド型2体の計4体である。
だが、王の命令にも人形達はピクリとも動かず、少女は――
「フフ、ハハハハ――アハハハハハハハハハハハハ!!」
心の底から可笑しそうに笑った。