04 馬車組合
宮殿を出たフィリウスは、王都の大通りで途方に暮れていた。
衝動的に餞別と言って渡された麻袋に入れられた金だけ持って出て来てしまった為、何処に行けばよいのか、これからどうすれば良いのかもわからなかった。
とはいえ、今更自室に戻っても大した物は残っていないし、既に王宮内にはフィリウスが除名された事は伝わっているだろう。戻っても意味はない。
「……これからどうすれば」
少なくとも王都にはいられない。
ならば王都から離れた辺境にでも行こう。
そこで人目につかない様に質素に、地味に暮らそうか。
フィリウスはそう考え、馬車を探し始めた。
馬車を、そしてそれを操る御者を探すなら”馬車組合”だ。
「金さえ払えば大陸の何処でも連れていってくれる」
大衆に認知され、移動の際に使われているそういった手合いの仕事がある事は、王城内での生活ばかりのフィリウスでも知っていた。
その組合がある場所は知らなかったが、大通りの目立つ場所にあったので、直ぐに見つかった。
「――馬車はあるかな?」
組合の建物に入り、受付と書かれた場所に向かったフィリウスは、受付の人間――若い女性だ――に向けて開口一番そう言った。
「えぇ、ありますよ。ウチの馬車をご利用ですね? 距離によってはかなり金額の方が掛かって来ますが宜しいですか?」
「あぁ、構わないとも」
フィリウスの返答に、受付嬢は頷き、続けて尋ねた。
「ではどこまでご利用になりますか?」
受付嬢に尋ねられ、フィリウスは考えた。
暮らすならばグランベリーが良い。
あそこはのんびりした空気の流れた、穏やかな場所だ。
「グ……」
かつて視察で行った辺境の地を思い出し、フィリウスはそう答えようとして――止めた。
一瞬、婚約者のエレナの顔がよぎったからだ。
最後に、一目でも良いから彼女の顔を見たい。
そう思うや否や、
「リリーズの王都まで」
フィリウスはどれだけ金額が掛かるのか一切わからない儘、そう答えていた。
受付嬢は思った以上の遠い場所を言われた事に一瞬驚いた様な表情を浮かべるが、即座に笑みに戻し、
「リリーズの王都ですね。金額の方かなり掛かりますが、お持ちでしょうか?」
「これで足りるだろうか?」
フィリウスは金の入った麻袋を受付嬢の前に置いた。
「失礼します」
そう言って受付嬢は中を確認する為に麻袋を開き――
「ひぃっ?!」
素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「――? 何を驚いているのかな?」
受付嬢が驚くのも無理はない。
フィリウスは王族である為一般的な常識に欠けている為知らないが、王から渡された麻袋には恐らくそれなりの生活でも数年は生きていけるだろう程の金額に相当するだけの金貨がどっさり入っていたのである。
そもそも金貨など冒険者等の例外を除いて一般的に流通するものではなく、銅貨や銀貨等が一般的な為、受付嬢のこの反応は至極当然なのだ。
「どうだろう? これでリリーズまで行けるだろうか?」
リリーズまで行けるどころか、各地で豪遊出来るだろう。
受付嬢はこの金額を持って、そしてさも当たり前の様にしているフィリウスの反応を見て悟った。
彼は貴族である、と。それも相当高位の。
事実はそれより上の王族なのであるが、受付嬢は知らない。
受付嬢は恐る恐る麻袋をフィリウスに返却し、
「え……えぇ、これならばリリーズまで行けますよ。馬車の方、ご要望とあらば直ぐに容易出来ますが、如何なさいますか?」
「あぁ、宜しく頼むよ」
「は、はい! 分かりました!」
受付嬢は逃げる様にして立ち上がり、馬車を手配しに駆け出した。